第203話 どエルフさんと狩猟民族

 北の大地を歩き始めて、はや二日目。

 雪で作った簡易テントで寒さをしのぎ、体力を回復した一行は、再び北限の谷へと向かって歩き始めた。


 降り積もった雪を切り出してレンガのように積み上げ、簡易テントを作ってみせたのは、何を隠そうワンコ教授である。


「よく知ってたわね、こんな方法」


「だぞ!! 北の大陸に住まう狗族の知恵なんだぞ。僕もこれでも狗族の一員だから、それくらいのことは知ってるんだぞ!!」


「そういえば、北の大陸には狗族の原住民が多く住んでいると聞くな」


「狗族は寒さに強いからな!! それでなくても、北の大陸は狗族の発祥の地と言われているんだぞ!! だから、当然なんだぞ!!」


 さも、自分のことのように一族のこと語るワンコ教授。

 狗族は今や全大陸に広く分布している亜人種族であり、ともすると、人間の次に栄えている種ではないかと言われている。


 ワンコ教授も、中央大陸で生まれて、中央大陸で育った。しかしながら、そのアイディンティティとして、彼らは北の大陸は永久凍土の地域より発祥、繁栄し、そして今日に至ったという認識を持っている。


 いわば、彼ら狗族にとって、この北の大陸は魂のふるさとなのである。


「なんだかケティがはしゃぐ気持ちがちょっとわかった感じ」


「ですねぇ」


「だぞ?」


「しかし、それならそれで、現地の狗族の者と接触したいものだな。現地の人間であれば、ある程度地理には詳しいだろうし――」


 と、男戦士がつぶやいた矢先、女エルフと女修道士シスターを押し倒した。

 その頭の先をかすめたのは、魚の骨から掘り出した矢じりのついた矢である。原始的なもので、まず、中央大陸では見かけない武器だ。


 こういう武器を使うということは、だいたい相場が決まっている。


 氷の家を出た矢先、延々と続く白い稜線の先から顔を出した、灰色の肌をした彼らは、ぎろりと殺意をむき出しにした眼で男戦士たちをにらんでいた。

 大きな口に大きな耳、そして牙と長い尻尾。


「アォオオオオオン!!」


 遠吠えが雪原にこだますれば、雪の稜線からさらにその影がいくつも出てくる。矢をつがえてこちらをにらみつける彼らは、どうやら、先ほど男戦士がふと会いたいものだと口にした者たちに違いなさそうだった。


「余所者よ、何をしにこの地へとやってきた。ここは我ら、狗族の土地なり!!」


「悪戯にこの地を荒らすというのならば、容赦はせぬぞ!!」


 物騒な物言いに男戦士たちが言葉をなくす。

 どうやら最悪の出会いという奴をしてしまったらしい。


 視線を、ワンコ教授に送る。

 同じ狗族――といっても相手は、ケティと違って全身毛むくじゃらだが――である彼女であれば、多少の交渉はできるかもしれない。

 事実、彼らはあからさま、彼女を攻撃対象から外すという行動をしてみせた。


 彼らがワンコ教授について、ある種の同族意識を向けているのはあきらかだ。


「ケティ、なんとか説得することはできないか」


「だぞ――やってみるんだぞ!!」


 待ってほしいんだぞ、と、男戦士たちの前に立ちふさがるワンコ教授。はたして、そんな彼女の姿を前に、二人の狗族の戦士が雪原を駆け下りてきた。


「何故、の味方をする、狗族の娘よ」


「だぞ!! 彼らは僕の大切な仲間なんだぞ!! まずは、話を聞いて欲しいんだぞ!!」


「話すことなど何もない。ここは我らの土地、我らの所有物だ、余所者にどうこうされる筋合いはない」


「どうこうする気もないんだぞ。僕たちは、北限の谷へと行きたい、ただそれだけなんだぞ」


 北限の谷だと、と、二人の狗族の男が顔を見合わせる。

 どうやら彼らにとっても、その場所は特別な意味を持つ場所らしい。


 そうだろう、もし、彼らも北限の地にたどり着くことができていたならば、ここまでワンコ教授が今回の冒険に躍起になるはずがないのだ。


「彼の地は伝説の場所。我らの一族の英雄が何人も挑み、そして帰ってこなかった、そのような場所にお前たちは向かうというのか」


「とてもお前のようなチビに務まるものではない。立ち去れ!!」


「だぞ!! チビとはなんなんだぞ!! 失礼なんだぞ!!」


 怒ってはいけない。周りに展開している狗族の者たちが自分たちを狙っているんだ。

 そう伝えようとして、男戦士が立ち上がった時だ。


 ざわり、と、男戦士たちを取り囲む狗族たちに、あからさまな動揺が走った。


 弓をつがえる手をほどき、驚きにその場に立ち尽くしている。

 いったいどうしたと、仲間たちの動揺に気付いた二人のリーダー格の狗族の男が、ふと男戦士たちのほうを見る。


 そのとき、女エルフが男戦士の背中で立ち上がった。


「いたたた、いきなり何するのよもう。びっくりしたじゃないのよ、ティト」


「「「「まさか、あれは、伝説の――淫乱ピンクの熊!!!」」」」


「――はい?」


 明らかに向けられた視線に女エルフが戸惑う。

 淫乱ピンクの熊。なるほどその言葉が似合う人物は、この場に彼女しかいなかった。

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