第201話 どエルフさんと防寒装備
海賊船は、幾つかの港に寄稿して荷物を交換すると、ようやく北の大陸最奥の港町へと到着した。
港町といっても小さな村があるだけで、僅かな砂地の上に十件にも満たない家が並んでいるという、いかにも辺鄙な土地であった。
当然、交易の品などもある訳がない。
「国を救ってくれた英雄だ、できるだけ、北の大エルフが住んでいる、北限の谷へと近い場所に降ろしてやってくれと頼まれていてな」
「――エリィ。気を使ってくれたのね」
わざわざ航路の予定にないところを、無理に寄ってくれたらしい。
道理で家から出てくる人々の顔も驚きに満ちているわけである。
今は遠い、白百合女王国の王女――妹分の気遣いを思って、女エルフは涙ぐんだ。
港町の住人たちが日用品を交換しようと船へとやってくる中、男戦士たちは船を下りた。降りるなり、びゅうと強い北風が吹きつけて、四人が全員体を震わせる。
「思った以上に寒い土地だな」
「だぞ。僕の居た大学も、寒い所だったけれど、比べ物にならないんだぞ」
「装備も気を付けたほうがいいかもしれませんね。寒冷地用のものに変えたほうがいいかもしれません」
「もっこもっこのふっかふっかの奴ね」
どこかにいい道具屋はないかしら、と、女エルフがあたりを見渡す。小さな村だが、一応は港町。道具屋はすぐに彼女の視界に入った。
◇ ◇ ◇ ◇
男戦士はプレートメイルとレザーメイルを適度に織り交ぜて使っている。
しかし、今度の旅は雪の中を行くわけで、鉄のように熱伝導率の良いものを着ていれば、たちまちのうちに凍傷にかかってしまう。
と言う訳で、ぶつぶつ交換。
男戦士はプレイトメイルを惜しげもなく売ると、代わりにクマの毛皮で作った防寒対策のしっかりとした獣の鎧を装備した。
「なんか、あんたが着ると野蛮人みたいね」
「ひどいなモーラさん!! 仕方ないだろう、防寒対策はしっかりとしないと!! 目的の半ばで倒れるなど本末転倒だ!!」
男戦士の言うとおりである。
対して、女修道士はといえば。いつも着ているローブの中に、海獣の皮をなめして作ったコートをもう一枚着込んだ。絶妙に熱く、熱伝導率の低い怪獣の皮は、一枚着るだけで随分と寒さを凌いでくれる。
ただし、はち切れんばかりの女修道士の体を包み込むだけのそれは、なかなかなく、一回り小さいサイズのものになってしまった。
「うぅっ、ちょっと、これは、きついですね」
「仕方ない。こう小さい村じゃ、装備なんてそうそう選べないからな」
「胸のところは肉がありますから、少し前を切り抜いて楽になるように修繕しましょう」
ギリリ、と、女エルフが唇を噛む音が道具屋に響いた。
さて、ワンコ教授はといえば――。
「だぞ!! 狗族は人間やエルフと違って、温度差には強いんだぞ!! だから、装備変更しなくても大丈夫なんだぞ!!」
「本当に、その装備――白衣と黒インナー――で大丈夫なの?」
「大丈夫なんだぞ!! それに、いざとなったら冬毛を生やして乗り切るんだぞ!!」
と、装備変更を拒否した。
冬毛という、なかなかにパンチの効いた言葉に、ついつい想像をかきたてられながらも、女エルフたちは納得した。
さて、最後は肝心の女エルフである。
「確か、エルフは身軽なのが一番なんだよな、モーラさん」
「――さすがにこんな場所まで来て、軽装でなんて軽々しく言える訳ないじゃないのよ。ただでさえ、こっちは寒くてたまらないってのに」
むき出しになった肘を擦りあげながら言うとなかなかに説得力がある。
彼女は周囲を見渡して、適当そうな装備が見当たらないのを確かめると、店主に向かってこうたずねた。
「こう、何かないかしら。どれだけ不格好でもいいから、もこもこで温かい感じの装備品は?」
◇ ◇ ◇ ◇
「よし、それじゃぁみんな、装備は万全だな!!」
「はい!!」
「だぞ!!」
「……」
「これから北の大エルフが住んでいるという、【北限の谷】へと向かう。おそらく三日から五日くらいかかる旅になるだろう。こんな場所だが、水分補給と体温管理には十分注意するように」
「わかっています!!」
「今更なんだぞ!!」
「……」
「よし、最後に点呼をとるぞ。いちっ!!」
「にっ!!」
「さんっ、だぞ!!」
「……」
「どうしたモーラさん。なんでしゃべってくれないんだ」
男戦士はそう言って、ピンク色をした熊の着ぐるみを装備した、女エルフに話しかけた。
黙って、女エルフは着ぐるみの頭の部分を外す。
「……よん」
「元気がないぞ!! もう一度だ!! いちっ!!」
「にっ!!」
「さんっ!! だぞ!!」
「……そりゃ、確かに、もこもこで防寒対策ばっちりの装備をって言ったけれど。いくらなんでも、これはないんじゃないの。このピンクの熊の着ぐるみは」
【モーラは熊の着ぐるみ(ピンク・パーティー用)を装備した】
【防御力が5下がった】
【防寒力が10上がった】
【魅力が3上がった】
装備妖精のささやきに、どんよりと、顔色を曇らせる女エルフ。
しかしその表情は、ゆかいな熊の被り物によって、仲間に伝わることはなかった。
そんな女エルフに、以心伝心、男戦士はがっしりと肩を掴んで語り掛けた。
「とても似合ってるよモーラさん!!」
「うれしくないわよ!!」
「まさか、こんな僻地にまできて、淫乱どピンクな熊の着ぐるみを装備することになるなんて、とんだミラクルもあったものだ!! 流石だなどエルフさん、さすがだ!!」
「ほんともう勘弁して!!」
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