第三部 攻略せよバビブの塔!!

第一章 淫乱ピンクの熊伝説

第200話 どエルフさんと凍える海風

 氷塊が漂う海を、その大きな帆で風をつかまえて、大型船が進んでいく。

 小さな氷塊は船首に打ち付けてある鋼の装甲ではじいて。

 大きなものは船首に待機している魔法使いが、都度、火炎魔法で溶かして、その進路を確保していく。


 船の速度は非常に遅い。

 しかしながらそれだけに揺れは小さく、船に乗りなれない者たちにとっても、船酔いについては心配がなかった。


 しかしながら――。


「さーむーいぃー」


 がちがちと歯を鳴らして耳を揺らすのは女エルフ。

 厚手のローブの上から、さらに寝具として用意した毛布を巻き付けて、彼女は甲板の上で歯を鳴らしていた。


 隣に立つのは女修道士シスターである。

 ちょっと外の様子を見に行こうと、二人して船室から出てきたのだが。さっそく、女エルフについてはこの体たらくである。

 困ったように女修道士が苦笑いを浮かべる。女エルフと違って肉付きのよい彼女は、毛布のような重装備は必要ないみたいだった。


「なにこれ、こんな寒いものなの!? 北の大陸ってまだまだ先なのよね!?」


「先ですけれど、氷海は広いですからねぇ。けど、これ以上寒くなることはないはずですよ」


「そりゃ助かるわ。これ以上寒くなられたら、こっちの血まで凍っちゃうわよ」


 と、言って両手の指先の腹を合わせると、すさすさとさする女エルフ。

 エルフ族は辺境の森の中に住むという。人間たちの生活圏から離れた場所――比較的辺鄙なところに住んでいるだろう、というイメージが女修道士の中にはあったのだが、こうして凍える女エルフの姿は少し意外だった。


「ダメ、これ以上外にいたら、本当に凍っちゃうわ。中に戻りましょう、コーネリア」


「えぇっ!? さっき出てきたばかりじゃないですか?」


「命と好奇心どっちが大切か、比べるまでもないでしょう!!」


 それはちょっと大げさなのでは。

 外気が低くなければ汗の一つでも頬を伝っていただろう、という感じに女修道士が視線をあきれた視線を女エルフに向けた。


 まぁ、外に様子を見に行こうと、言い出したのは女修道士の方である。

 あてがわれた船室で毛布にくるまってぼへぇとしていた女エルフを連れ出した手前、あまりどうこう言うのも気が引けた。


 と、その時だ。


「一、二!! 一、二!!」


 聞き覚えのある声がどこからともなく聞こえてくるではないか。

 これには、今すぐ帰ろうといきまいていた女エルフも、思わず足を止めてあたりを見渡した。


 船尾は交易の品である木材が山と積まれてロープで結わえ付けてある場所。

 その一角で、上半身裸になり、なにやら気合の入った声を上げている男の姿があった。


 女が経済活動を主に担っている白百合女王国の船にあって、男の船員はそうそういない。というか、そも、この海賊船の船長であるアンナは、どうやらその言動から察するに男が相当に苦手らしく、男戦士の他に男が乗っているはずもなかった。


「――なにやってるのよ?」


「――この寒いのに元気ですね、ティトさん」


「おぉ、モーラさんに、コーネリアさん!!」


 木材の陰からひょっこりと顔を出したのは男戦士である。

 驚いたことに、彼の上半身は裸。そんな状態で、布切れを一枚手に持っているという、薄着も薄着、思わず見ているこっちが凍り付きそうな格好であった。


 うへぇ、と、息を吐きだして女エルフが毛布をきつく自分の体に巻き付ける。そんな姿を笑い飛ばして男戦士は、手にしている布を背中に回すと、その端を両手で掴んで、背中をこすりあげはじめた。


「乾布摩擦と言ってな、寒い地方で行われている肉体の鍛錬方法だ。寒さに負けない強い体を作ることができるんだそうな」


「へぇ」


 そういって、どうでもいいような視線を向ける女エルフ。

 いつものように男戦士の奇行を鼻で笑う彼女だったが、ふとどうしたことか、思い立ったように目を細めた。


 その視線が向かった先――彼の脇腹には、鬼族の呪いを受けている象徴である、紫色の模様がありありと浮かび上がっていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「今まで、みんなに黙っていたが、俺は鬼族の呪いを受けている」


「――鬼族の!?」


「だぞ!? 本当なのかティト!!」


「あぁ、本当だ」


 白百合女王国でのクーデター鎮圧のあと。すぐに男戦士は、パーティのメンバー全員に自分の身に刻まれている呪いについて説明した。


 鬼族の呪いは世間的に忌み嫌われているものである。

 なにせ、理性の欠片もない、周囲すべてを破壊するような鬼に転じる呪いなのだ。

 そんな奴の近くにいたいなどと、どうして思うだろうか。


 博愛主義者の女修道士はぐっと男戦士の言葉を飲み込んだが、ワンコ教授はなんともいえぬ感じに声をあげて、どうして黙っていたのか、と、男戦士を問いただした。

 無理もない反応である。


「まだ進行が進んでないから、大丈夫そうだけど、いつ鬼になるかわかったもんじゃないんだぞ」


「――当面は大丈夫だと思う。それに、


「だぞ!! 何を意味の分からないことを!!」


「すまない、詳しい話はまた折をみてさせてもらう。とにかく、一緒に冒険するにあたって、みんなには迷惑はかけない。そして、もしかけるようなことになるなら、俺は自分で自分の始末をつける」


 だから、どうかまた俺に力を貸してくれないか、と、男戦士はパーティの仲間に頭を下げたのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 結果として、女エルフも、女修道士も、そして、なんやかんやと言ったワンコ教授も、男戦士を信じて彼とその呪いを受け入れた。


 そして今、こうしてその呪いを隠さずに――戦士曰く、唯一使える偽装魔法で、模様を隠していたのだそうな――活動しているあたりに、女エルフは何やら言葉にし難い安心感を覚えていた。


 と、そんな女エルフの視線を捕まえて、男戦士。

 ぽっとその頬が赤く染まったのは、寒さのせいではない。


「――そんな、情熱的に乳首を見なくてもいいじゃないか、モーラさん」


「見てないわよ!!」


「――えっ、じゃぁ。どんなに期待した視線を送っても、下半身を鍛えるのはちょっと。ここはほら、女性の多い船だし」


「期待してもないわよ!!」


 そしていつも通りの色ボケっぷりに、彼女の中の安心感は一瞬にして吹き飛んだのだった。

 馬鹿は死んでも治らない。何をやっても治らない。


「あ、擦るって言っても、お尻のほうだよ。前のほうは――って、何を言わせるんだい。流石だなどエルフさん、さすがだ」


「言うとらんがな!! 勝手に話を進めるな、この馬鹿ぁ!!」

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