第191話 ど戦士さんとオーガを狩るものたち

【前回のあらすじ】


 見事、仮面の戦士を倒した――かに見えた男戦士。

 しかしながら、彼の者は、鬼の呪いをその身に受けた、半人半鬼のバケモノであった。


 二つに割られた体をひっつけて元に戻し、復活した仮面の戦士。

 彼は自らに施していた拘束具を外し、封印を解除すると、その身に飼っている鬼と同化してみせたのだった。


怨鬼降身おんきこうしん、我が身を焦がすは東天を焼き尽くした紅星の王!! 紅星武天シャザック!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 鬼。それはこの世界において、もっとも強く、そして、もっとも恐ろしい種族。

 この世界に存在しており生存が確認されている種族の中で、最も強い力を持ち、最も恐ろしい呪いを持つ者。


 殺戮のある場所にその姿を現し、その力の赴くままに暴威を振るう。たった一体の存在で国を成してしまうほどの強さを持った、亜人種の中でも別格の存在。


 しかしながら、そのあまりの特異性故に、彼らの生存権は思いの外狭い。

 暗黒大陸でこそ繁栄しているが、中央大陸では彼らは森の奥へと追いやられ、少数民族として僅かに生息しているだけである。


 どうしてこの世界で最強の力を持ちながら、そのような事態に陥るのか。

 それは鬼自身の生殖能力の薄さ、習性、あるいは、人類が神々の庇護を受けているなどさまざまな要因があるが――とどのつまり、人類という種の絶対数により押さえ込まれているのである。少なくとも、暗黒大陸を除く、主だった土地では、人間たちが鬼を定期的に狩ることで、その数を制限している。


 しかし、鬼たちもただでは死なぬ。


 神々から見放され、人間たちに住処を奪われ、大陸を彷徨う彼らは、一つの呪いを編み出した。


 自らを殺した者に乗り移り、その精神をむしばみ、やがて、同化するという恐ろしくも、見苦しい呪い。


「鬼族の呪い!!」


 女エルフがつぶやいたまさしくそれであった。


 赤鬼と化した仮面の戦士。彼の野太い腕が振るわれたかと思うと、突然、謁見の間の大理石の床が粉みじんに吹き飛んだ。

 ぽっかりと空いた空洞から、下の風景が覗けて見える。そこには破砕された岩の下敷きになり、訳のわからないうちに絶命した、侍女たちの死体が転がっていた。


 なんということだ。

 男戦士の目に怒りが宿る。


 しかしその目が赤鬼を射抜くより早く、跳躍した鬼の剛腕が、彼の頭上に迫っていた。剣で受けることなどできない。転がって、男戦士はそれを避ける。


 再び、大理石の床を崩して、ゲタゲタと笑う赤鬼。

 このままでは被害が増えるだけである――咄嗟、男戦士は知能1の頭で、やらなければならないことを考えた。


「モーラさん、この城の人たちの避難を!! もしくは、転移魔法で俺とこいつをどこかへ移動させてくれ!!」


「なに言ってるのよ!!」


「この調子でこいつが暴れ続ければ、被害は甚大なものなになる。こんな悪鬼の手によって、人死にが出るなどまっぴらな話だ」


「けど、ティト、あなたはどうするのよ!!」


 鬼を相手に戦えるというの、と、あえて視線で女エルフは訴えた。

 その視線をはぐらかすように、男戦士は剣を構えた。


 肝心なところで、肝心なことを答えてくれない。

 どうしてこの男はいつもこうなのだろう。そんな口惜しさが、女エルフの頭をよぎった。けれども、確かに彼が言った言葉は正しい。


 このままこの悪鬼を暴れさせれば、この国は再起不能の深刻なダメージを負うことになるだろう。


「分かったわ。この城に居る人間は、敵味方を問わず、全員私の魔法で転移させる」


「手伝いますよモーラさん」


 女修道士シスターが女エルフに申しでる。

 それは言葉以外――男戦士にはぐらかされたことを気遣うような感情を含んだ、そんなフォローであった。


 ありがとう、と、悲しく笑う女エルフに寂し気に女修道士も笑顔を返す。


「ティト!! 私は私の役目を果たすわ!!」


「頼んだ!!」


「だから、貴方もあなたの務めを果たしてちょうだい!!」


 決して死なないでくれ。

 人間の文化に長く触れ親しんだ女エルフは、そんな言葉をあえてつかわず、奥ゆかしい言葉で男戦士にそれを願った。


 任せろ。知力1の男戦士が、分かっていようが分かっていまいが、そんな言葉を返してくるだろうことは、彼女の想像の通りだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 城の中に取り残されていた、侍女、兵士、そしてレジスタンスたちは、女エルフの空間転移魔法により、先日男戦士たちの処刑が行われた、広場へと強制転移された。

 同時に、狂化バーサークの解除魔法を施した彼らは、自分の身に何が起こったのかと、きょとんとした顔をしてあたりを眺めていた。


「これはどういうことだにぃ!!」


「んがぁっ、城はどうなってるんだなぁっ!!」


 ゴブリンたちを率いて、街を鎮圧していたバブリーとチッチルがそこへと合流する。

 そんな言葉を、彼らの首領にではなく、女エルフに投げかけたのはほかでもない、ドワーフ男が男戦士への加勢を申し出てその場に残ったからだ。


 うまく説明する言葉が見つからない。

 いや、男戦士の身の上が心配で、それどころではない。


 答えられない女エルフに代わって、ワンコ教授が事情を説明した。


「そんな親分!!」


「んがぁっ!! 親分なら、そうするかもしれねぇ、けど、命知らずもいいところなんだなァ!!」


「こうしちゃいられないにぃ!! バブリー!!」


「んがあっ!!」


 城に向かって駆け出すダークエルフの男、ハーフゴブリンの男。

 その背中を追いかけたい。いや、転移魔法で今すぐ男戦士のもとへと向かいたい。そう願う女エルフの肩を、そっと女修道士が止めた。


「モーラさん。男の意地を聞き届けるのも、女というものです」


「――聖職者のあなたがそれをいうの?」


「君も逃げろと言ってくれた、ティトさんの気持ちに応えてあげましょう。鬼を相手には、ティトさんも、大事な貴方を守れる自信がないんです」


「それなら、私だって、あいつのことが大事だっての」


 涙ぐむ女エルフ。その時、遠くに見える王城の一角に大きくひびが入り、崩れ落ちる姿が見えた。


「――ティト」


 見守ることしかできぬ不甲斐なさに、女エルフはその桃色をした唇をぐっと噛んだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「残ってくれて頼もしいぞ、ドエルフスキー!!」


「ふははっ!! 鬼退治、久しぶりで腕が鳴るぜ!!」


「鬼を狩ったことがあるのか? その戦士技能といい、性格といい、ドエルフスキー、お前はいったい」


「細かいことは後でいいだろう!! 目の前のことをさっさと片づけちまおうぜ!!」


 ドワーフ男の斧が赤鬼の脛を砕き、男戦士の生み出す風の刃が、赤い鬼の四肢を痛めつける。

 うぉう、うぉう、と、吠える赤鬼。

 しかし、致命傷までは与え切れていない様子だ。


 あと一手、決定打となる技がほしい、スキがほしい、人材が欲しい。

 そんなことを考えるとついつい顔色が暗くなる。それは男戦士と肩を並べるドワーフ男も同じようだった。


「ないものをねだっても仕方ないな」


「そうだ。いつだって、困難な状況を打開するのは、てめぇの力だけだ。神って奴は、試練を与えるばかりで助けてなんかくれやしねえもんさ」


「ドワーフに神がいるのか」


「いねぇ、だが、知り合いに要るのさ、神様って奴がな!!」


 砕かれた脛が再生し、再び男戦士たちに向かってくる赤鬼。大きく手を開いて、抱きかかえるような感じでこちらに向かってくるそれに合わせて、男戦士たちはそれぞれの腕を狙う。


 男戦士が赤鬼の右腕を。

 ドワーフ男が赤鬼の左腕を。


 それぞれ肩の付け根から切り落とそうとしたその時だった。

 赤鬼の首が不意に伸びたかと思うと、男戦士のほうへと向いた。このまま食いつこう、という感じである。

 いけない、と、本能で回避行動に出ようとした男戦士。


 だが――。


「ブルスク!!」


【魔法 ブルスク: 対象の眼球内に電流を走らせて、青い光を見せる攪乱魔法。こうなってしまうともう再起動するしか復旧する方法はない。けっして、いやらしい意味でもないし、目が冴えるおかしとかには関係がない。本当に関係がない】


 目をつぶされたのか、鬼の首は男戦士の頭の上を掠めて、見事に外れた。

 いったい、誰がそんな魔法をかけたのか。


 女エルフは退避していて、この場には居ない。なにより、このようなふざけた魔法を、彼女が使わないことを、男戦士はよくよく知っている。


「――疼いたぜ、俺の胸の中の青い運命が!!」


「その声は!!」


 破壊された城。その倒れた柱の陰から姿を現したのは、青装束の戦士。

 青き運命に導かれて、レジスタンスを立ち上げて、裏切られ、今の今までいいところのなかった、雷魔法に能力全振りの男。


 なるほど彼ならば、その魔法を使えるのも納得である。


「ヨシヲ!!」


「ブルー・ディスティニーだ!! なんて、言っている場合じゃないな。ティト、それと、ドエルフスキーさん、助太刀する!!」


 それは青く未熟ながらも勇敢なる戦士。

 ブルー・ディスティニー・ヨシヲであった。

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