第190話 仮面戦士と鬼の呪い

【前回のあらすじ】


 エルフソードを手にして、今、男戦士の必殺の剣技が炸裂する。


「喰らえっ!! ハイパー・バイスラッシュ!!」


 なんとダサい必殺名だろうか。

 しかたない。だって、男戦士の知力は1――キャラメイクでファンブルしてもなるはずのない値――なのだから。


◇ ◇ ◇ ◇


 上昇気流により高く舞い上がった男戦士。

 位置エネルギーをそのまま破壊力に変えるかと思いきや、いつもより早く、彼は剣を下に向かって振り下げた。


 今度はつむじ風ではない。

 はっきりとした緑色をした剣閃が女エルフたちの目にも見えた。風の太刀が、仮面の戦士の額に向かって――ちょうど正中をなぞるようにして押しあたる。


「ヅァッ!?」


 みしり、と、仮面の戦士が被っている銀色の仮面にひびが入った。それだけの強烈な風圧ということだろう。

 それだけの力がかかれば、そよ風でも起きようものだが、そんな風は女エルフたちの方へと漂ってこなかった。それだけ、剣から放出されている魔力が、優れた指向性を持っているということの証拠である。


 はたして、それが、男戦士の技量によるものか、それとも、彼が手にしている魔法剣の性能によるものかは定かではない。

 しかし――。


「すごいなティト。見事にあのじゃじゃ馬を使いこなしてやがる」


 ドワーフ男は素直に、男戦士がしてみせたその絶技を称賛したのだった。


 落下軌道というのは読みやすい。

 当然、超高度からの不意打ちでもない限り、飛び斬りというのは悪手中の悪手である。しかして、上から仮面の戦士へと吹き付ける風が、迎撃態勢を取らせない。


 そのまま、男戦士の手にした剣の先が仮面を貫く。

 真っ二つ。見事、唐竹割の名に相応しい、そんな状態で、仮面の剣士の体は二つに割れて、その場に倒れたのだった。


 いつになく、容赦のない男戦士のその一撃。

 勝利の余韻を味わうのも忘れて、ぽかりと女エルフたちはその光景を眺めていた。


 ふぅ、と、一人ため息を吐いて、黄金色をした模様に溜まった血を払った男戦士。


「手ごわい相手だった。ドエルフスキーがこれを貸してくれなければ、勝てていたかどうか分からないな」


 こと切れた仮面の戦士の姿を見て、ぽつりと呟いた男戦士。

 彼のその言葉が本心から出たものかどうかはともかく、女エルフがいやいやいやいやと顔を横に振った。


「終わってみれば圧勝だったじゃないの。なに言ってんの」


「モーラさん。戦士には、彼らにしかわからない世界というものがあるんですよ、きっと」


「そういうものかしら」


「なんにしても、流石はティト、僕たちのリーダーなんだぞ」


「いっそすがすがしいくらいにバシッと決めてくれやがったな。流石は俺が認めたエルフメイトだけはある」


「ティトさま――」


 三者三様、それぞれに男戦士を称賛するパーティ、そして、ドワーフ男と第一王女。

 そんな彼らに視線を戻そうと男戦士が振り返った時だ――。


「まだだよ、なに、勝手に終わらそうとしてやがるんだ」


「――嘘でしょ」


 地獄の底から聞こえてくるような、怨嗟のこもった声がその場に響いた。

 それは男戦士の背中側、切り捨てたはずの仮面の戦士の死体から聞こえてくる。


 びくり、と、その鋼の拘束具につつまれた腕が動く。

 死後硬直の動きではない。あきらかに当人の意思でもってそれは動いている。そんな様子に驚いているうちに、仮面の戦士はその場に、体を真っ二つにされた状態で立ち上がっていた。


「ひでぇ、ひでぇ、容赦がねえぜ。もうちょっと、優しくしてくれてもいいんじゃないのか。こいつはちょっと、お子様には見せられないような酷い必殺技だぜ」


「――貴様、どうしてそんな」


「どうしてだぁ? 知りたいか、知りたいよな? まぁ、そうだろうな?」


 けれども、それを知ってしまうと、お前たちは生きて帰れねえぜ。

 そう宣言して、彼は自分の体を左右から押して引っ付ける。ぴったりと、まるでそもそも斬られてなぞいなかったようにくっついた仮面の戦士は、怪しく笑って、その体中に巻き付けられている拘束具を解いた。


 どうだろうか。

 そこから現れたのは、人間の体とは異なる紅色をした体。


「鬼族の呪い。お前らも、冒険者だったら、名前くらいは知っているだろう」


 まさしく、それはオーガの肉体と言ってよかった。

 荒々しい筋肉と、骨が拘束具の戒めを解かれて、はち切れんばかりに躍動する。


 そう、彼はそのフルプレートメイルに見える拘束具を、伊達や酔狂でつけていた訳ではない。その力を抑えるために、あえて着用していたのだ。


「二本程度じゃ問題にならない。しかしな、一本角の呪いってのは格別よぉ。もう、こっち、俺は自分の人間らしい部分を探すほうが難しい」


 脱ぎ捨てた銀色の仮面。

 その中から現れたのは、煌々と赤く輝く狂気の瞳であった。


 鬼族の呪いに侵された者は、結果、その鬼に成り果てる。

 その末期の姿であった。


「やってくれるじゃねえか!! こうなっちまったら仕方がねえ、見苦しかろうが、意地が悪かろうが、関係ねぇ!! やられっぱなしは性じゃねえんだ!!」


「くっ、貴様、そんな力を隠していたのか」


「鬼の力って奴を見せてやるよ――怨鬼降身おんきこうしん、我が身を焦がすは東天を焼き尽くした紅星の王!! 紅星武天シャザック!!」


 最後に繋ぎ止めていた理性さえも開放してそう叫んだ仮面の戦士。

 金色の髪が後ろに伸び、口から天と地に向かって巨大な牙が生える。


 そして、大きく野太い、腕のような一本角が額から伸びると、その体を三倍ほどに膨張させ、そして、咆哮した。


「グォオオォオオゥオ!!!」

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