第180話 どエルフさんと今日から貴方は

【前回のあらすじ】


 城へと向かった男戦士たちは、さっそく狂化魔法バーサークによって自我を失ったエリィと遭遇した。王女の剣が男戦士の肩を裂く。

 その時、女修道士シスターの浄化魔法が発動した。


黒歴史ブラック・ブラック・ダイアリー!!」


 人にもエルフにも歴史あり。

 そして歴史あるところに黒あり。


 黒い歴史はそれだけで失った自我を取り戻させる効果があるのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「はっ!! 私はいったい何を!!」


「よかったエリィ、意識が戻ったのね!!」


 金色の髪がはらりと揺れて、王女がその場に起き上がる。左右に首を振って状況を確認する彼女に、こっちだとばかりに抱き着く女エルフ。

 たまらずエルフ好きの王女がぱちくりと目をしばたたかせた。


「お、お姉さま!?」


「よかった、本当によかった――」


 姉妹の契りは義理のものである。二人の間には、特別な利害関係がある訳でもない。

 しかし、女エルフは義妹である王女のことを本気で心配していたのだ。


「あぁ、お姉さま、そんなにひっつかれたら、鎖骨がぁ――」


 恍惚の表情をして顔をとろけさせる王女。

 こちらはこちらで呑気な反応である。やっぴー役得とばかりにその髪をくんかくんかと堪能する姿は、正直、一国の王女のしぐさではなかった。


 そのあまりの痴態に、同じくエルフ好きである男戦士も呆れかえっていた。


「こほん。とにかく、意識が戻られてよかったです、エリザベート王女」


「ありがとう。どうやら自分を見失っていたみたいね。何かとてつもなくショッキングな過去を振り返った気もするけれど、おかげで正気に戻ることができたわ」


 ショッキングだという自覚はあるのか。

 いろいろと言ってやりたいことはあるが、まずはとりあえず、無事に意識を取り戻せてなによりという奴である。


 あのまま暴れ続けていたら、双方どんな被害が出ていたか。

 と、そんな時、第一王女の視線に男戦士の肩が目に留まった。


 鋼の鎧で覆われているが、その隙間からぽたりぽたりと血が滴っている。自分がやってしまったことに違いないと気づいた彼女は、顔を引きつらせて叫んだ。


 すぐさまドレスの中から綿のハンカチを取り出す王女。

 まさかの手ずから、男戦士の肩を滴る血を王女は拭った。


「申しわけございません!! 私としたことが、自分を見失って人に危害を加えてしまうだなんて!!」


「いや、大丈夫だ。そんなに気にしなくっていい」


「そうよそうよ、こんなのこいつ、いつも慣れっこだから。コーネリアがバブミかければすぐ治るわよ」


 そんな軽口を叩く女エルフをよそに、王女の手は止まらない。

 罪の意識故だろうか。そんな彼女のか細い手を、男戦士が握り返して止めた。


「大丈夫。心配ない」


「あっ、けれども」


「女性のために傷を負うのは男の誉れだ。また、それが女エルフであれば、格別というもの」


「――あ、もしかして、貴方はエルフ垣の!!」


 エルフ垣死すともなんとやら。

 処刑の際に、男らしく叫んでいた男戦士の姿を思い出した王女が顔をときめかせる。


 うむ、と、答えた男戦士との間に、なにやら百合の花とはまた違う、フローラルな何かがながれた気がした。


「あぁっ、そのような立派なお方に、私はなんということを」


「気にしなくていいと言っているだろう。それに、どうやら君もエルフを深く愛してやまない者と見た。ならば、その同志を救えたことも、俺にとっては嬉しいことだ」


「素晴らしい。まさしく理想のエルフメイト。ぜひ、お名前をお聞かせください」


 ティトだが、と、男戦士はなんでもない感じに言う。

 うっとりとその名前の響きに酔うように王女の顔が歪んだかと思うと、ぎゅっと手の中にハンカチを握りしめた。


「――ティト、さま」


 ほの字である。

 こういう国で育ったから男に免疫がないのか、それとも単に趣味が悪いのか、なんにせよ、王女さまはティトに惚れてしまわれたようであった。


 そして、そんな光景を目の当たりにして、女エルフの顔から先ほどまでの憂いが飛んだ。


「ティトさま。私のことはどうぞエリィと呼んでくださいまし」


「うん? 分かった、エリィ」


「はぁあぁん!! と、殿方に、名前を呼ばれるだけで、こんなにも奥ゆかしい気持になるなんて――これが、これがこ」


「違うから」


 ずいと女エルフが二人の間に割って入った。

 いきなりの乱入に王女がまた驚いた顔をする。


「――えっ、どういうことです、お姉さま」


「エリィ。貴方が今抱いている感情はまやかしのものよ。悪いことは言わない、この男だけはやめておきなさい」


「けどお姉さま、この胸の高鳴りは――」


「うるさい、それ以上言うなら、今日から貴方は私の敵よ!!」


 意味が分からない。

 困った顔をする男戦士、そして敵と言われてショックを受ける第一王女。

 その後ろで、女修道士が仕方ないですねという感じで頷いていた。


「どうして、どうしてなんですか!! お姉さま!!」


「黙れエリィ!! いいか、この男はエルフ好きという名の下に、何をやっても許されると思っているような、たいそうな変態野郎なのよ!! そんな奴に、大事な妹分をくれてやってたまるか!!」


「――そんな、褒められても困るよ、モーラさん」


「アンタもアンタよ!! なにちょっと若い子に言い寄られていい気になってんのよ、このバカティト!!」

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