第179話 どエルフさんと黒歴史

【前回のあらすじ】


 王都をホモホモヘブン武闘派たちが占拠していく。

 用心棒として雇われた男、紅い外套の魔法戦士による殺戮により、女王国側は狂乱へと陥っていた。


 副官サンチョも黙らせて、王都を恐怖へと引きずり込む魔法戦士。

 はたして彼は何者なのか。本当に、ただの用心棒なのか。


◇ ◇ ◇ ◇


 女エルフたちが王都に到着するころ、城からは煙が上がっていた。

 石造りでできているそれが燃えているということは、内装に火がついているということだろう。革命軍が中に侵入して火をつけて回っているのだ。


「エリィ!! はやく助けに行かないと!!」


「こりゃまた随分、えらいことになっちまったな」


「サンチョ――お前がやりたかった革命とは、こんな陰惨なものなのか!!」


 ヨシヲがその光景を前に拳を握りしめる。

 無血革命。国民を、そして女王さえも、深く思っていた彼にとって、この凄惨たる光景は堪えられないものだったのだろう。


 まさしく、そこは地獄絵図。

 罪なき市民たちが巻き込まれて倒れ、顔を知る仲間たちが血を流して路傍に転がり、兵士たちが鎧を脱がされ凌辱されて果てている。

 このような蛮行が許されるのかと、彼は奥歯をかみしめて言った。


 ティトがその肩に優しく手を添える。


「ブルー・ディスティニー・ヨシヲ。まだ、お前が居る。国が亡びるという最悪の自体にまでは至っていない」


「ティト」


「まずは二手に分かれよう。ドエルフスキー、そして、ヨシヲは、街を荒らしているレジスタンスたちと、それに応戦している兵士たちを鎮圧してくれ」


「分かったぜ!!」


「任せてくれ!! 俺の電マで、一人でも多くの人間をかしてみせる!!」


「俺とモーラさん、コーネリアさんとケティは、王城へ。その第一王女と合流するのを優先しよう」


 分かったわ、と、頷く女エルフ。

 かくして男戦士パーティは二手に分かれると、それぞれの目的のために動き出したのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 城の中には、略奪・凌辱を行うレジスタンスの兵たちであふれていた。

 彼らは、女エルフを見るや、まるで吸い寄せられるように、次々に襲い掛かって来るという、頭の悪い展開を見せた。


 そこを、男戦士が剣で斬り伏せ。

 女エルフが火炎魔法で焼き。

 女修道士シスターが逆に神の愛をぶっこみ。

 ワンコ教授がとどめをさして経験値を稼いだ。


 どうやら、思った以上に侵略されているらしい。


「エリィ、大丈夫かしら」


「人の心配より自分の心配だ、モーラさん」


「なんだか彼ら、妙な感じでしたね。理性が感じられないというか、どこか、狂乱しているような」


「――だぞ!! おそらく、狂化魔法バーサークをかけられているんだぞ!!」


【魔法 狂化魔法バーサーク: 人間の理性を飛ばし本能のみに準じるようにする精神強化魔法。激しい戦争の際に、低士気の兵を無理やり戦わせるために使われたりするが、そもそも術者に負荷が高い魔法であり、あまり多用することができない】


「この数の人間に狂化魔法をかけるなんて、並の術者じゃないわよ」


 そう言いながらも、女エルフの脳裏をよぎったのは、ダークエルフの存在だ。

 もし彼女がこの一件になんらかの形で関与をしているのだとしたら。


 彼女の魔法の腕前は、前に、ドエルフスキーと戦った際に垣間見ている。

 十分に考えられる話である。

 そもそも妙なのだ、どうして彼女がこんな街に居たのか。あの場所に居たのか。


 そんな葛藤が、一瞬、女エルフの思考を鈍らせた。


「あぶない!! モーラさん!!」


 横から飛び出して来た人影。女エルフに襲い掛かろうとしたそれを、男戦士が咄嗟に間に入って止めた。

 すぐに反撃しようと杖を構えた女エルフ。しかし、その表情が固まる――。


「――エリィ!?」


 目を充血させて、細身の剣を手にして荒い息をはきだすのは、この国の第一王女。

 あきらかな狂化魔法の兆候。しかも、これは重度のモノだ。


 違う。狂化魔法をかけられたレジスタンスが、城に忍び混んだのではない。誰かが、この城全体に、狂化魔法を仕掛けたのだ。


「うぁあああああっ!!」


 細身の剣を振り上げて、男戦士に襲い掛かる第一王女。

 流石に警察権を任されただけあって、その身のこなしは堂に入っている。加えて、狂化により迷いと無駄のなくなったその素早い身のこなしに、男戦士の反応も少し遅れてしまった。


 剣の先が、男戦士の肩を裂く。


 女エルフと共に一歩後ろに下がった男戦士。

 その後ろに隠れながら、女エルフは、すっかりと変わり果ててしまった第一王女を顔を悲痛な色合いに染めた。


「なんとか狂化魔法を解除しなくちゃ――コーネリア!!」


「任せてください!! それなら私も心得ています!!」


 回復系の魔法と言ったら修道士の出番である。

 コーネリアは前に出ると、神の愛を注ぎ過ぎて、ちょっと汚れたワンドを前に、呪文を唱え始めた。


 そんな彼女の気配に気づいて、第一王女が視線を変える。

 まさしく女修道士に、彼女が襲い掛かろうとしたその時――女修道士が魔法発動の言葉を発した。


黒歴史ブラック・ブラック・ダイアリー!!」


【魔法 黒歴史ブラック・ブラック・ダイアリー: かけた相手の脳内に、過去のちょっと勘違いしていた頃の自分を思い起こさせて、冷静にさせる魔法。あまりの恥ずかしさに、狂化魔法が悪化する場合もあるが、高確率で死にたくなるのでだいたい大丈夫】


「おっ、おぁあああっ!!」


「効いてる!?」


 切りかかる姿勢のまま動作を止めた第一王女。その手の中から、ぽろりと、剣がこぼれおちたかと思うと、彼女はその場にうずくまって頭を抱えだした。

 うぅん、うぅん、と、うめき声がその口から漏れる。


「うぅっ、エルフ耳合同誌、エルフコスプレ撮影会、エルフフェス実行委員会」


「――子供のころから相当こじらせてたのね、この娘」


「エルフ夢小説!! ぐ、ぐぁぁあああっ!! もうっ、だめっ、堪えられないわ!!」


 漏れてくるのは後悔の言葉である。

 いや、まぁ、今も大して変わらないのだが、やはり、若いころの行いというのは、歳が行って思い返すときついモノがあるのもまた事実。


 ばたり、その場に倒れこんだ第一王女。

 どうやら狂化魔法は無事に解除されたようであった。


「ふぅ、たまには役に立つ魔法を持ってるじゃない、コーネリア」


「酷いですモーラさん。私だって、一応、これでも聖職者なんですよ」


「だぞ。けど、今までで一番役に立ったんだぞ」


「ケティさんまで。もしかして、皆さんもちょっと、狂化魔法かかってるんじゃないですか」


 不穏なことを言いだす女修道士。

 はっ、と、気が付いた時には、ワンドの先が男戦士たちの方を向いていた。


黒歴史ブラック・ブラック・ダイアリー!!」


「「「ぐっ、ぐわぁああああっ!!」」」


 一刻も争う事態だというのに、そんな魔法をかける女修道士。はたして、男戦士たちもその場にうずくまると、おのおのの過去を懺悔し出した。


「うっ、うぅっ、エルフの女騎士団長に、優しく童貞を奪われる妄想を、毎日もんもんと夜に抱いていた日々よ」


「中性的な顔立ちの美魔法使いが弟子にしてくれってやってきて、いろいろ手ほどきしている内にそういう関係になって――という、小説を書いていて青春時代」


「だぞ、ダンゴムシをいっぱい集めて持って帰ったはいいけど、餌に何をあげていいか分からず、死なせちゃったんだぞ。悲しいんだぞ」


 ワンコ教授だけピュアな黒歴史だなぁ。

 思わず、男戦士たちは、トラウマのことなども忘れてなごむのであった。


「って、ちょっと、何を味方に魔法かけてるのよコーネリア!!」


「まぁまぁ、みなさん、ちょっと、気が張り詰めてらっしゃいましたから、ちょっとしたら息抜きですよ、息抜き」


「うむ。まぁ、人間、ちょっとくらい抜かないと、詰まるしな」


「主語を抜くな主語を!!」


 若いころのことを思い出したのだろうか、股間に二つ目の剣を構えながら、男戦士が答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る