第175話 第一王女さまと赤毛のエルフ

【前回のあらすじ】


 ドエルフスキーたちの力を借りて、革命軍を再結成した男戦士とヨシヲ。

 一方、王都側に残った女エルフたちは、第一王女と相談の上、革命軍の力を借りて女王の横暴をいさめようという企てを建てたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、方針は立てたはいいが、動き出すにはもう夜も遅い。


「今日はおつかれのことでしょう。どうぞ城の中にお部屋を用意しましたので、お姉さまたちはそちらにお泊りください」


 第一王女の好意に甘える形で、女エルフたちは城で一泊することとなった。

 といっても、魔女ペペロペの影響下にあるかもしれない女王のいる城である。

 反逆の意思など示していないが、少しその状況に緊張しない訳でもなかった。


「大丈夫です。母上がお姉さまたちに手を出さないよう、私が眠らずに見張っておりますから」


「――ありがとうエリィ。けど、その寝間着姿はなんなのかしら」


 この母親にして、この娘あり。

 寝ずの番を称して女エルフたちの部屋へと押し掛けた第一王女。その寝間着姿は、とってもドスケベなピンクのネグリジェであった。


 あー、困ります、困ります。

 これでは本当にエッチな感じのスケベ小説になってしまいます。

 この小説は、エロ系と思わせてガッチガッチのライトファンタジーなのに、そんなドスケベ困ります、挿絵とか入れられたらP○Aから文句言われます。


 という感じの姿である。


「おばあさんが着けてるスケベ下着と、二十代後半のお姉さんが身に着けているスケベ下着では、文化的な重みが違いますね」


「なに冷静に分析してるのよコーネリア」


「だぞ……。みんな、静かにしてほしいんだぞ……」


 広場をかけずり回ったためか、既に夢心地のワンコ教授。彼女が寝てくれていてよかったと、ほっと安堵する女修道士シスター

 そんな彼女の横をするりと抜けると、第一王女は姉と慕う女エルフへと近寄り、彼女をベッドへと押し倒した。


「さぁお姉さま!! このエリィが、この国の警察権を司る第一王女が、その身も心もずずずいと守って差し上げますわ!! 私に体を預けて、どうか安心してお眠りください!!」


「安心できるか!! 寝てる私に何する気よ!!」


「エルフの神秘、そして、お姉さまのすべてを、エリィは知りたいんです!!」


「実の姉妹でも知らないことなんていくらでもあるでしょ!! この――離れなさい、こらぁっ!!」


 王女に対して、どこかそういう気があるなとは、思ってはいた女エルフ。

 急に情熱的に迫られたとて、そこは想定の範囲内。男戦士にこれでもかと弄り倒されている彼女である、その反応は思った以上に淡泊であった。


 ちぇっと舌打ちをして、女エルフから離れた第一王女。

 しぶしぶと彼女はネグリジェの上からガウンを羽織ると、改めて姉と慕う女エルフの隣に座った。


「仕方ありません。お姉さまにその気がないというのなら、私も素直に諦めます」


「そう、助かるわ」


「けれどもいつでもエリィはウェルカムですからね。気が変わったら言ってくださいお姉さま。たとえ地の果てに居ようと、海の果てに居ようと、お姉さまが望まれるなら私は」


「絶対に望まないから安心してちょうだい」


 あぁん、いけずぅと身をよじるエルフ好きの第一王女。

 どうしてそんなに好きなのかとばかりに、女修道士がいぶかしげに顔をゆがめた。それを見て、同じことを女エルフも思う。


 どうしてこの王女は、ここまでエルフを愛しているのか。


「エリィ、ひとつちょっと個人的なことを聞いてもいいかしら」


「なんですか!? エリィのことでよければ、なんでも聞いてください!! むしろ、もっと知ってほしいです、エリィのすべてをお姉さまにお教えしたいくらいです!!」


「はいはい、ちょっと、テンション上げ過ぎ。下げて下げて」


 主人に遊んでもらえて喜ぶ犬がごとく、ちょっと食い気味に女エルフに詰め寄る第一王女。黙っていれば綺麗なお姫様なのに、どうしてこうも残念なのか。


 その理由について、女エルフはおずおずとした調子で彼女に尋ねた。


「なんでそんなにエルフが好きなの。いや、うちの男戦士バカもたいがいだけれど、貴方のそれもたいがい行き過ぎてるように私には思えるわ」


「――あぁ、そのことですか。たいした理由じゃないですよ」


「たいした理由じゃない割には、たいした反応だと思うのは私だけかしら」


「モーラさん。人の性的嗜好に、たいした理由なんてそうそうないものですよ」


「性的嗜好とか言うな、ガチになるじゃないのそれじゃ――」


 女修道士の合いの手を軽くたしなめる女エルフ。

 そんな彼女たちを残して、ちょっと失礼と第一王女は部屋を出ると、しばらくして腕に何かを抱えて戻って来たのだった。


 それは茶色い革の装丁が施された本。

 背表紙には、赤毛のエルフと金色の文字が彫られており、ナンバリングが、1から5まで振られていた。


 上等な本であることに間違いはないが、どうにも、馴染みのないものに、おもわず女エルフたちが首を傾げる。

 いやしかし、その背表紙に書かれている名前には、女エルフたちにもなじみがあった。


「赤毛のエルフ。有名な道化師のエルフよね」


「けれどもその本はいったい」


「亡きお父さまが、生涯を通して収集された赤毛のエルフの伝説をまとめあげた本になります」


 そんなものがとあんぐりと、口を広げた女エルフと女修道士。

 赤毛のエルフのエピソードはそれこそとても有名なものであり、口頭伝承の者を二人ともいくつか知っている。だが、それをまとめた書籍などがあるとは――いや、それをまとめている人が居るなどとは、思いもしなかったからだ。


「先王シャルルは、若いころは冒険者をしていまして、赤毛のエルフの伝説と、実在するかもしれない彼を探して、大陸を巡っておられたんです」


「その時に聞いた話を、全てまとめて本にしたっていうの?」


「それは凄いことですよ!! ケティさんが聞いたら、その場で三回くるりと回ってワンと鳴いて倒れてしまいます!!」


 おべっかでもなんでもなく、それはまさしく称賛される偉業だった。

 しかし、それを知るのはどうやら彼女――第一王女だけらしい。いかにも、女尊男卑のこの国では、彼のこの偉業を正しく評価する人間は、いないことだろう。

 それでなくても、先王をあのように憎んでいる女王陛下がおさめる国である。


 その歴史的価値の高い文献を前に言葉を失くす女エルフたち。

 ふふふと、第一王女が笑ったのは、この資料の価値を、自分しか知らない父の偉業を正しく評価されたのが、望外にうれしかったからに他ならなかった。


 彼女は、その一冊を手に取り広げると、活版印刷ではなく、手書きされたそれに目を落として話を続ける。


「この物語を、私は夜寝る前に聞かされて育ったのです。エルフとは、なんと機知に富みすばらしい種族なのだろうと、敬慕の念を抱いたのは当然の成り行きというものですよ」


「――はぁ、なるほどねぇ」


「それは確かに、そうなってしまうのも分からなくもないような」


 エルフの話を子守歌に育った王女。

 それならば、そのエルフ好きは仕方ないのかもしれない。


 そして――。


「赤毛のエルフの話にはその、ブラックだったりスケベな話も多いですからねぇ。王女様がこんななのも、その影響でしょうか」


「そうなのよねぇ。エルフの里でも、場所によっては赤毛のエルフの話はタブーにされてたりするからね。刺激的すぎて」


 面白いのは間違いないのだけれど、なにせ民間の童話である。

 俗っぽい話になってしまうのはしょうがない。


 特に、髪の毛だけでなく、いろんなところの毛も赤いのかと無礼な王様に問われ、魔法で色を変えてけむに巻く話などは有名である。その逸話から、赤毛のエルフの毛あてなどというゲームなどが、酒場などではやられるほどに――。


「決め台詞の、正常○の反対シックス○インの反対なのだは、名言ですよね」


「名言というかただのセクハラ――」


「流石です元祖平成どエルフさん、さすがです」


「ほんと、私よりそっちのが、よっぽどどエルフって感じなのよね」


 偉大なる伝説のエルフの逸話にため息を漏らす女エルフ。

 いつの時代でも、どんな世界でも、面白いものというのは、他にない毒を持っているものである。

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