第171話 ドエルフスキーさんとエルフメイト

【前回のあらすじ】


 男戦士は叫んだ。


「――エルフ垣死すとも、エルフは死せず!!」


 女王・ヨシヲ・民衆・仲間は混乱した。


 第一王女は目を覚ました。


 そして、ひっそりと、群衆の中にまぎれていたドワーフが、ついに声を上げた。


◇ ◇ ◇ ◇


 巨大な戦斧が宙を舞った。

 それはぐるりと処刑場の上でくの字に曲がると、地面に突き刺さっている男戦士の磔を、その根元から切断してみせた。


 同時に小さな影が、柵を踏み倒して処刑場の中へと乱入する。

 全身におびただしい傷跡を持ち、ずんぐりむっくりとした体躯を樽のようななめし皮の鎧へと押し込めて、飛び込んで来たそれは、副武装の手斧で女兵士たちを弾き飛ばすと、倒れる男戦士の磔の前へと急ぐ。


 燃え盛る炎にその身が落ちる前に、それを担いで脱出したその小男は、また、思いもよらぬ速さで、男戦士の縛り付けられた四肢の戒めを、斧で器用に解いてみせた。


「――まさか、なんで!!」


「くっくっく、まぁ、ちょっとした野暮用でな。この国に革命運動の兆しがあると聞いてかけつけたのよ!!」


「どうしてお前が――ここに居るのだ、ドエルフスキー!!」


 誰もが予想していなかった闖入者。しかして、その名前を叫んだのは、この場で最も彼と縁がなさそうな女王であった。


 どうしてもこうしてもないだろう、と、笑うドワーフことドエルフスキー。

 エルフさらいの一団の大親分にして、男戦士とも互角に戦うことのできる戦士であるこのドワーフ男は、片手間にヨシヲを助けながらも、女王の声に応えた。


「亡き先王にして我が朋友、シャルルことヒメエルフ・ド・チャシコスキーとの友誼によって参上した。女王陛下よ、お前が暴走した時には、友であるこの俺が、奴に代わってその不義を正せと託されているのだ」


「――おのれ、どこまでも忌々しい男!! シャルル!! 死してなおエルフを――いや、わらわを束縛しようとするのか!!」


「もっとも、それ以外にも目的はあるんだがな。まぁいい、今はそれよりスタコラサッサと逃げる時間よぉ!!」


 お前らぁ、と、どエルフスキーが声を上げる。

 ふと、広場を囲んでいる建物の屋根の上に人影――いや、モンスター影が見えた。


「だにぃ!! 親分はほんと人使い――いや、エルフ使いが荒いにぃ!!」


「んがぁっ!! けどけど、あの男さ確かにエルフメイトの鏡なんだなぁっ!! 見捨てたら、エルフメイトとして失格なんだなぁ!!」


 声を上げたのは、このドワーフ男の第一と第二の部下である、ダークエルフと、ハーフオークの男二人である。

 彼らが従う親分と同じく、こよなくエルフを愛する彼らは、手に、大きな煙球を持っていた。


「くらうにぃっ!!」


「んがぁっ!!」


 広場に放り込まれる煙球。ぼんとはじけたそれは、黙々とあたりに立ち込めて白煙で世界を染め上げた。

 ほれ、さっさと逃げるぞ、と、ドエルフスキーが男戦士とヨシヲの手を引く。


「待て、今こそ革命の絶好のチャンス。ここを逃しては」


「お前なぁ、パンツ一丁の銅像でも建てるつもりかよ。それに、武力革命こんなやり方で決着をつけるのがお前の主義なのか?」


「――それは」


 黙ったヨシヲを担ぎ上げて、ドエルフスキーが広場から走り出す。どけどけ、邪魔だと群衆を振り切ると、彼と男戦士は、人ごみの中へと姿を消したのだった。


 えっほえっほとえずきながらも女王が彼らの姿を目で追う。

 その指先が、微かに白煙の中にうごめく影を指した。


「待て、ドエルフスキー!! おのれ、誰か、奴を討ち取れ!! 早く――」


「お待ちください母上!! ドエルフスキーおじさまは、亡き父上の大切なご友人ではないですか!!」


「黙りなさいエリザベート!! 何が友人ですか、あの男は、あの男は――シャルルと同じく、わらわを辱めた大罪人!! 本来、生かしておいたのが間違いなのです!!」


「――それでも、いけません、母上!!」


 兵に任せていられないと、壇上から駆けだそうとした女王。しかし、それを後ろから羽交い絞めにして止める第一王女。

 はたしてそれは母の身を案じてか、それとも、男戦士のエルフメイトとしての類まれなる資質に、ドエルフスキーと同じく感銘を受けたからか。


 なんにせよ、かくして一連のスケベパンツ盗難事件については、下手人の逃亡という形で幕を閉じたのであった。

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