第170話 ど戦士さんとエルフ垣

【前回のあらすじ】


 男戦士たちの足元に火がくべられる。そんな中、女エルフは暗黒騎士の従者に、男戦士救出を願い出るのだが、彼女はにべもなくそれを断るのだった。


 かわいそうな少女エルフたちのために体を張る男戦士。

 そんな彼の行いに対してダークエルフの彼女は、「そんなことは、変わりのないこと」だと、言ってのけたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「――ダークエルフ」


「あら、そんな顔をしなくってもいいじゃないですか。薄々、貴方も勘づいてはいたのでしょう」


「それは!!」


 知らなかった、考えなかった、気づかなかったとなれば嘘になる。

 フードをかぶっているといっても、ところどころから覗けるその姿は、まさしく、ダークエルフの特徴であった。


【種族 ダークエルフ: 黒い肌をしたエルフ族。暗黒神に仕えているだとか、人類に仇を成す存在であるだとか、五秒で即落ちのどスケベエルフとか、さんざんな言われようをしているが、基本的には陽気で愉快な性質の気のいい奴らである。現在ではそのような偏見はほぼほぼ失われているが、一部の地域では今でも差別され奴隷化されることがある】


「ダークエルフの私たちに、普通のエルフである貴方たちを憐れめと。そう、おっしゃりたいのですね、貴方は」


「別に、そういう意味では」


「口減らしに売られたエルフ娘がどうなるか、少女たちのその境遇には素直に同情しましょう。しかし、比較して考えれば、私たちダークエルフの方が、少女たちよりも、いえ、貴方たちよりもよほどひどい目にあっている」


「けれどもそれは昔の話!!」


「今もです、モーラ。ダークエルフへの被差別意識は、今もなお続いている。確かにこの大陸では、自由に生きるダークエルフも多い。けれど――」


 彼女が言葉を濁した。

 きっとそれは、その故郷について、思い出してのことなのだろう。


 醜悪でこそないが、どこか妖艶な雰囲気のあるダークエルフである。そんな彼らの存在を、人類も、また、広義には同族であるエルフたちも忌避してきたのは、覆ることのない事実である。そしてそれが未だに、この世界のどこかで、続いていることもまた否定のできないことであった――。

 暗黒大陸ではいまだに、多くの奴隷ダークエルフがその支配者層の間でやり取りされ、家畜のような扱いを受けているという。

 もっとも、暗黒大陸はそもそも無法の地である。ダークエルフだけが、という訳ではないが、それでも、被差別対象であった彼らが被っている被害は大きい。


 身分を明かし、ねめつけるようにこちらを見る女ダークエルフの姿に、思わず女エルフが口を閉ざしてしまった。

 その悲しみを知った目に、表情に、返す言葉を彼女は知らない。


 彼女の瞳には、その言葉に対する深い憎しみがあった。

 実感を伴ったのだろう、そう感じさせる、感情の棘が見て取れた。


 冒険者稼業に身をやつしながらも、そのような状況には、陥ることはなかった女エルフである。そんな彼女に、女ダークエルフに対して、それでもと縋るような権利がはたしてあるだろうか。

 考えてしまった、躊躇してしまった、その間に、彼女は何も言わず雑踏の中へとその姿を消してしまった。


「残念ですがモーラ、貴方の相方のことはあきらめてください。これも運命」


「――そんな」


「人もエルフも神ではない。どうにもならないことがこの世の中にはあるのです」


◇ ◇ ◇ ◇


 火がいよいよ無視できないほどに大きくなってきた。

 男戦士と、ヨシヲ――もとい厨二戦士の足裏を焼く。


 しかし――。


「だいたいだな、会った時から怪しいと思っていたんだ!! 本当に異世界から転生してきた勇者なのならば、担当女神をはべらせているはずだと!!」


「彼女はちょっと、産休で実家に帰っているんだ――しかたないだろう!! 産休なんだから!!」


「誰の子なんだよ!!」


「それは――女神だからあれだよ、男の神のあれだろ!!」


「お前の子じゃないのかよ!! ハーレムの基本はまず女神からだろう!!」


「なんでそんなに異世界転生に詳しいんだよ!! お前!!」


「そんなもん、モーラさんの趣味が『異世界から転生してきたはいいけれど、右も左もわからないところを、現地のお姉さんや女神に救ってもらって、一緒に童○も貰われちゃう』系の小説だからに決まってるだろうが!!」


 誤解があります。


 女エルフの趣味と男戦士は言いましたが、これは彼の趣味です。

 どちらかというとモーラは異世界転生モノよりも、ごりごりのハイファンタジー現地純愛ものが好きです。あと、普通にお嬢様主人公モノとかが好み。


 とまぁ、そんなことはさておいて。


 火の勢いもいよいよ絶好調という絶体絶命の状況にも関わらず、男戦士とヨシヲはなぜだか口汚くののしりあいを続けていたのであった。

 この二人、処刑されているというのに余裕である。

 そのあまりのやりとりのあほらしさに、すっかりと毒気とやる気をそがれて、女王もそして観衆もあきれ顔である。


「なんでこやつら、今から○されるっていうのに平然としているの」


「○頭滅却すれば火もまた涼し!! つまり、亀○をないものと思えば、火などなんともないのだ!! いや、ないのよ!!」


「そうなのよ!!」


「馬鹿じゃこいつら」


 オカマ口調の男戦士とヨシヲにあきれる女王と第一王女。

 みかねて、女王が兵士にもっと薪をくべろと命令を下した。


 次々に投げ込まれる、男戦士の腕ほどある枯れ木たち。ようやく、膝くらいまで炎が上がり始めると、流石に男戦士もアホなことをいう余裕がなくなって来た。


「――無念、まさか、こんなところで死んでしまうとは」


「――俺の青い運命もここまでということか」


「ほっほっほ、悔いるがよい、嘆くがよい。それが何よりもわらわの法悦」


「――ママエルフにいっぱい甘えたいだけの人生だった」


「――獣人の女の子にうみゃうみゃされたいだけの人生だった」


「まだ余裕があるな――よし、もっと薪をくべてやれ!! この変態どもの痕跡をこの地上に一つとして残すな!!」


 いっそやけになってそんなことを命じる女王に、後ろに控えた第一王女がまぁまぁとなだめすかす。

 そんな男戦士たちのパンツに今、火がつこうとした時だ。


「皆!! 本当にこんなことでいいと思っているのか!! こんなことで――この国の歪な政治を由としてかまわないのか!!」


 渾身の言葉でもって叫んだのはヨシヲであった。


 革命の戦士ヨシヲ。

 確かに、彼はブルー・ディスティニー・ヨシヲという偽名を名乗り、転生者を語った偽りの勇者だったかもしれない。

 しかし、国を憂い、男たちがないがしろにされる窮状を嘆き、そして、女王の孤独な心を察して立ち上がった、そういう男には違いなかった。


「俺はここで死ぬかもしれない!! しかし、どうか覚えておいてほしい!! この世の大地に生きる者に、種族や性別、産まれによる差など決してあるものか!!」


「――ブルー・ディスティニー・ヨシヲ!!」


「男に生まれたから、ただそれだけで、この国ではまともな発言権を与えられない。そして、今、こうしてくだらない理由で処刑されようとしている。確かに俺はパンツを盗もうとしたパンツ泥棒だが、それは革命を行うための手段であって目的ではない」


 そうだ。

 確かに二人はパンツ泥棒だが、それは、理由あってのこと。

 この女王国を、スケベパンツの力によって、無血革命しようとしてのことである。


 そのことを考えずに、彼らのことをただの変態と揶揄することはできない。

 改めて、男戦士の顔に真剣みが戻る。


 その出自や性癖はともあれ、目の前で革命を叫んでいる男は、ここで命を失っていいような男ではない。それは間違いのない事実である。


「それによく考えてみてくれ!! どうしてあんなババアのパンツを、好き好んで盗まなくっちゃならないんだ!!」


「よーし!! 一番搾りの油をもってこい!! 火力アップだこの野郎!!」


「母上、落ち着いてください、お体に触ります!!」


 しかし、今は彼の言動も、女王の怒りの炎に油を注ぐだけである。

 ここは自分がなんとかしなければ。


 男戦士が拳を握りしめた。


「女王陛下、そして、白百合女王国の臣民たちに申し上げる」


 男戦士が叫んだ。

 そのヨシヲよりも通る、騎士の名乗りのような堂々とした声に、炎以外のその場に居たなにもかもが静まり返った。


 遠く、広場の者たちを見下ろして、男戦士は瞳を閉じた。


「もはや、進退きわまって、ブルー・ディスティニー・ヨシヲはまともな言葉が出てこないとみえる。代わりに、この私が、彼の今の心境を代弁しよう――」


 男戦士の方を向いて目を剥くヨシヲ。

 そんな彼に微笑みかけてから、男戦士は、熱気たつその空気を肺腑に吸い込んで、そして言葉と共にそれを吐き出した。


「――エルフ垣死すとも、エルフは死せず!!」


【名言 エルフ垣死すとも、エルフは死せず: エルフ民権運動の立役者であるエルフ垣・タイスーケ(人間)が、その死に際して発した言葉。エルフを愛する者たちの間では、エルフ垣のこの言葉は自由とエルフ愛の象徴として使われているが、一般人にはニッチ過ぎてなんのことやらさっぱりである。ちなみにエルフ垣・タイスーケは、愛人エルフたちに囲まれて大往生を遂げている】


 何を言っているんだこの男は。

 ヨシヲ、女王陛下、臣民、果ては仲間の女エルフたちまでが、呆れかえって口をあける中、男戦士は言ってやったというどや顔を披露してみせてみた。


 今回ばかりは、流石だなど戦士さん、さすがだ、という感じである。


「エルフ垣・タイスーケの名言。まさか、あの男戦士もまたエルフメイトなの」


 一人、その言葉に瞳を潤ませたのは、同じく、ニッチなエルフの世界を理解している、第一王女であった。


 いや、一人ではなかった――。


「よくぞ言ったぜ!! この土壇場で、その言葉が出てくるとは――流石は俺が見込んだ男だ!! いや、女だぜ、エルフィンガー・ティト子!!」


 広場の中から、その叫びに、応えるように上がった大音声。

 はたしてその主は、樽のような巨体をしていた。

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