第142話 どエルフさんとほんとのきもち

 冒険がひと段落しての休暇。

 女エルフは女修道士シスターと連れ立って、町はずれにある料理屋へとやって来ていた。


「まぁ、せっかく体張ってお仕事してるんだもの。たまには稼いだお金で、美味しいものでも食べないとね」


「私は、ちょっと贅沢というのは。できればこのお金を修道院に寄付したいのですが」


「ダメよコーネリア。たまには自分にご褒美をあげないと」


 なんだかんだでそういう方面は禁欲的な女修道士。

 そんな彼女を見かねてというのも半分、ここ数日というもの激しい冒険に疲れたというのも半分。とにかく、今日は仕事のことなど忘れてリフレッシュしようと、女エルフは彼女を誘って食事に出てきたのだ。


 ちなみにワンコ教授を誘わなかったのは、、積もる話もあるからだ。


「今日は無礼講よ、私達しかいないことだし、本音で話しましょう」


「まぁ、たまにはそういうのもいいですかね」


 そう言って、女エルフは店員に葡萄酒を頼んだ。


 グラスを受け取るや、深い紫色をした液体を一息に飲み干す女冒険者たち。

 これこれ、これよねぇ、と、女エルフがオヤジ臭い感想を述べると、そうですねぇ、と、笑って女修道士が応えた。


 そこからは、やはり女同士ということもあって、あれよこれよと話が弾む。

 主に男戦士、次に某いきつけの店の店主の愚痴から始まり、最近の冒険であったトラブルなど、彼女たちは思いのたけを思うさまぶつけ合った。


 半刻も過ぎて、月が煌々と夜空に輝くころには、もう二人は完全に出来上がっていた。


「だいたいねぇ、ティトの奴は、もうちょっと私に感謝するべきなのよ。なにさ、ちょっとくらい戦士技能のレベルが高いからって、気取っちゃってさ」


「まぁまぁ、モーラさんのことを、きっとティトさんも頼りにしてると思いますよ」


「そりゃ何かあればお礼は言うけどさ、もっとこう、節目節目にプレゼントを贈るとか、そいういうのがあってもいいと思うの、私は」


「――それは、相棒パートナーというより伴侶コンパニオンのような」


「思いやりが足りないのよ、アイツは。やれ、何かあれば、流石だなどエルフさん、さすがだって、そればっかり」


 ふん、と、拗ねたように鼻を鳴らす女エルフ。


 扱いに困って苦笑いするしかない女修道士であった。

 と、ここでふと、彼女が神妙な顔をする。


「そういえば、前から二人の関係で気にはなっていたのですが」


「なに? あいつとのなれそめは、だいぶ前に話したわよね?」


「えぇ、それは――」


 女エルフの住んでいた村に、エルフ狩りの一団が訪れ、それを助けたのがなれそめだ、とは、以前に彼女が語った話である。

 その話をすると、蜂蜜酒が飲めなくなるので、彼女は食事の場ではしないようにしているのだが――と、どうも今日はその話ではないらしい。


 あらたまって、女修道士が女エルフの顔をまっすぐに見つめる。

 無礼講と言ったてまえ、ちょっと砕けた感じだった二人だが、女修道士の真剣な表情に、思わず女エルフも居住まいを正していた。


 女エルフが持っていたグラスがテーブルへと置かれる。


「ティトさんのこと、モーラさんとしては、どう思われていらっしゃるんですか?」


「どうって――頼りになるリーダーだと、思ってるわよ。あれでも」


 散々愚痴は言ったけれども、そこはちゃんと信頼しているわ、と、女エルフがいう。

 しかし、そうじゃありません、と、女修道士の首が横へとゆれる。


 必然、女エルフの顔がこわばり、そして紅潮した。


「異性として、どう思っているのでしょうか。よく、口喧嘩をお二人がされているのを見ていますが、どうにも二人の間にはときどき特別な感情があるように私は感じるのです」


 もっとも、私の気のせいかもしれませんが、と、女修道士は予防線を張って、口にワインを運んだ。

 むむ、と、難しい顔をするのは女エルフだ。

 もうその沈黙が、いろんなことを物語っていると言って差し支えなかった。


 別に、意地悪をしようとして、言ったわけではないのだが、思わぬ女エルフの沈黙に、ちょっと女修道士が困った顔をした。


「いいんですよ、モーラさん。その、言いづらいなら、忘れてください」


「――聞いといてそれはないでしょ。コーネリア」


 好きよ。普通に、と、女エルフは答える。

 それから少し、なんとも言えない沈黙が続いた。


 先に口火を切ったのは女エルフだ。


「ティトの奴がどう思ってるかは知らないけれど、少なくとも、私はあいつのことが好きよ」


「頭がお花畑のセクハラ男なのに?」


「そこは一考の価値はあるけれど――それを差し引いても、私はあいつが好き」


 言わせないでよね、こんなの、恥ずかしいんだから、と、女エルフが誤魔化すようにワインを飲む。


「人の気持ちって理屈じゃないのよ。そりゃ、誰から見てもあんな男――最低オブ最低、クズの中のクズ、セクハラ大魔王かもしれないけど」


「それはさすがに言い過ぎでは」


「――けど、長く一緒に旅して来ると、湧いちゃうのよ、どうしても。愛着が」


 エルフだから、口にはしないけれど、と、少し寂し気に彼女は言う。

 エルフ族と人間族ではあまりに寿命が違い過ぎる。かたや、千年以上の寿命を誇るエルフに対して、人間の寿命は百年しかない。


 姿かたちが似ていることから、恋に落ちる者もそう珍しくないエルフと人間。

 しかしながら、その恋そして愛が、悲劇に終わることは、もはや多くの先達たちが証明してくれていた。


 女エルフとしても、それはよく知っている。

 そして、女修道士も、その気持ちは理解できるものだった。


「ほんと、厄介よね、種族の壁って」


「けれども、それでも好きならば、添い遂げるべきだと思いますよ。少なくとも、私は祝福します」


「そう言ってくれると嬉しいわ、シスターコーネリア」

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