第143話 どエルフさんとスカウト

「君、なかなかいい魔法の腕をしているね。どうだい、よかったらうちのパーティに入らないか?」


 ゴージャスな装備で着飾った優男が女エルフに声をかける。

 冒険者ギルドにて、仕事の達成報酬を貰うかたわら、ふざけたことを言った男戦士を爆発魔法で吹き飛ばした直後のことであった。


 おそらくもなにも同業の冒険者パーティである。

 いわゆる、引き抜きスカウトという奴だ。


「お断りします。バカの相手をするのは一人で手一杯なので」


「おいおい、バカ呼ばわりはとはひどいな。僕は、君たちのリーダーなんかより、よっぽど優秀な人材だと自負しているけれど」


 随分と自意識過剰な奴に目をつけられたものである。

 どうしましょうか、と、女修道士シスターとワンコ教授が女エルフを心配な目でみつめる。


 こうした引き抜き行為自体は、何も珍しいものではない。

 多くの冒険者ギルドにおいて普通に行われていることである。


 女エルフほどの実力――魔術技能レベル5――であれば、声がかかるのはある意味で当然である。


 ここで、うまい冒険者などは、古巣とスカウト先を交渉のテーブルにつかせて、自分の冒険での取り分を大きくしたりするのだが――。


「とにかく、誘ってもらって悪いんだけれど、私は貴方たちのパーティに加わるつもりはないわ」


 女エルフはそもそも金が目的で冒険者をしている訳ではない。

 そういう、相手に対して、スカウトというのは、まま成立するものではない。


 冒険者のスカウトをしているものなら、その辺りは受け答えのニュアンスで分かる。

 最初から、すぐに否定で入る冒険者はどうやっても脈ナシと、すぐにあきらめるのが定石であった。


 そう、普通の冒険者なら。


「ふふっ、そんな風に邪険にしなくってもいいだろう。子猫ちゃん」


「子猫ちゃん!?」


「僕のような美形に話しかけられたものがないからびっくりしたんだろう。心配しなくていいさ。僕がわざわざ声をかけたんだ、君は十分魅力的な女性だよ」


 この冒険者、男戦士に負けじと劣らないバカであった。

 いや、男戦士が身をわきまえている分、さらにたちが悪いと言ってもいい。


 きらきらと目を輝かせて、というよりという感じで女エルフにそのベイビーフェイスを向ける男。

 げんなりとした顔をしてみせる女エルフだったが、どうやら、それは相手に対してあまり効果がないようだった。


 さて、どうしたものか。

 困って固まっている所に、ぬっと、黒い影が現れた。

 それは女エルフの爆裂魔法により、ほどよくこんがりとやけた男戦士である。


「やめないか。彼女はいかない、と、はっきり言っているじゃないか」


「ティト」


「へぇ、あの魔法を喰らって立ち上がれるんだ。たいしたタフネスじゃないか」


 からかうように言うスカウト男。

 普段は、どんなことを言われても、エロ方面以外については、ケロッとした顔をしている男戦士。だが、今日ばかりは少し顔に青筋を立てて、スカウト男を睨んでいる。


 もしかして、私を取られるのがそんなに嫌なのかしら、と、女エルフがときめいたその時だ――。


「俺がどういう思いで、この性獣を抑え込んでいると思っているんだ!! お前のような小童に、このどエルフのセクハラ攻撃が耐えられると思っているのか!?」


「せ、セクハラ!?」


「そうだ!! 口を開けば、やれ淫語が飛び出し、含みのある表現が交わされる――だいたいお前は、さっきの言葉の意味だってちゃんと理解していないじゃないか!!」


 さっきの言葉の意味、とは、と、スカウト男が首を傾げる。

 女エルフは首を傾げない、死んだ魚の様な目をして、チームリーダーの顔を見つめるだけだ。


 一人、訳知り顔の男が目をつぶる。

 意味ありげに腕を組むと、彼はくわとその両目を見開いて、スカウト男に言った。


「『お断りします。バカの相手をするのは一人で手一杯なので』この言葉に込められた真の意味を、お前は取り違えている」


「――い、いったいどういう意味なんだ」


「ずばり、バカはバカでも、『性欲バカ』だ!! それが手に余るというのが、どういうことか、お前、もう一度よく想像してみろ――」


大爆発エクスプロージョン!!」


 女エルフの放ったシンプルな爆裂魔法により、男戦士は吹き飛んだ。


「言葉以上の意味はないわよ!! なに変なこと言ってんのよ、このバカティト!!」


 容赦なく、そしてスカウト男に当たらないように正確に、魔法を炸裂させた女エルフ。その技量に度肝を抜かれると共に、スカウト男が畏怖したのは男戦士だ。


 すぐに、彼は吹き飛ばされた場所から身を起こすと、その身体が真黒焦げになっているのも気にせず話を続ける。


「おバカティン○だって!? なんてことを言うんだい、モーラさん!! こんな公衆の面前で!!」


「言ってるのはアンタじゃないのよ、もうっ!!」


 爆裂魔法を喰らって、すぐに立ち上がるそのタフネス。

 いやそれはタフネスだけで説明できるものではない。

 魔法の軌道を読み、そして、急所を確実に外し、ダメージを軽減しているからできることである。


 この男、頭はアホだが間違いなく、一級の戦士である。

 スカウト男は今もって初めて、この女エルフが今までこのパーティに身を置きながら、他のパーティから勧誘を受けなかった理由を思い知った。


 それは実際、駆け出し冒険者である彼では、すぐには分からないことだった――。


「すみません、僕が、ちょうしこいてました」


「ほら見ろ、君のエロさにあてられて、彼はしまったんだぞ!! どう責任をとるんだ!!」


「どうもとらないわよ!! あんたが言葉を変に受け取ってるだけでしょ!!」


 再び飛ぶ爆裂魔法。

 それをひょいひょいと避けながら男戦士は冒険者ギルドから出て行く。

 待ちなさいこら、と、その背中を追いかける女エルフ。


 まるで、嵐のようにギルドから去っていった二人。そんな二人を追いかけて、やれやれとその場を後にする女修道士とワンコ教授。

 加えてまたやらかしてという感じで、ため息をつくギルド職員。


 一人、その場に取り残されたスカウト男は、静かに決意した。


「僕、冒険者やめよう。むいてないわ、これ」


 装備はいっちょまえだが冒険童貞の田舎貴族のドラ息子には、いささか衝撃的な出来事であった。 

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