第122話 ど戦士さんと経歴

 三人も野盗を仕留めると、彼らは算を乱して逃げ出しはじめた。

 その背後を狙ってさらに男戦士は四人を仕留める。


 盗賊にも家族は居るだろう、止むをえぬ事情があってのことだろう。

 しかし、男戦士はだからと言って容赦ようしゃをする男ではない。


 草原に無造作むぞうさに横たわる屍。

 再び、小高い丘の上へと戻って来た男戦士。

 すぐに彼は剣の血溝ちみぞまった赤黒い液体を払って落とし、ふところから取り出した獣の皮で刃をぬぐった。


「おう、上首尾じょうしゅびだな。怪我けがはないかい」

「――あぁ」

「お前さんやっぱりすごいな。その様子じゃ戦士ファイター技能は6くらいだろ?」

「――さぁ、最近はすっかりと数えてないからな、分からんよ」


 男戦士の戦士技能のレベルは現在7。

 これは、それなりの地位さえあれば、世に知られた名人、となるほどのレベルである。

 冒険者はおろか騎士団に所属する人間でも、このいきに達している者は数が限られる。


「俺も昔は冒険者をしてたんだがな、ついに、戦士ファイター技能は5より上にあげられなかった。センスがなかったんだよ、根本的に」

「それで商隊の隊長に鞍替くらがえしたのか?」


 そういうところだ、と、笑う商隊の隊長。

 湾曲わんきょくした剣――砂漠の民が使うものでシミターなどと呼ばれる――は、日中、彼が腰にさしているものとは違うものだ。


 それが意味するところを考えながら、男戦士はふと背後の商隊を眺めた。

 こちらの戦いなどまったく気づいていない感じに、さわがしい笑い声が聞こえてくる。


「いいパーティだな。エルフの魔法使い、戦闘もこなせる女修道士シスター、そして――かわいいロリ獣人」

「最後のは聞かなかったことにしよう」

「俺も久しぶりに冒険者としての血がさわいだよ」


 そのうえで、忠告したいことがある、と、商隊の隊長が男戦士を見た。


「お前さん、根っからの冒険者じゃないだろう」

「……」

「何かしらの事情じじょうでしかたなく冒険者になった口だ。剣の腕前うでまえも、戦士としての才能も、ちゃんとした修練しゅうれんの上に成り立っている、そういう感じだ」


 どうしてそう思うんだ、と、男戦士が言葉を返す。

 肯定も否定もしていない。はぐらかすような台詞だ。


 しかし、商隊の隊長はそんな男戦士の台詞にあえて乗った。

 彼の視線は男戦士がにぎっている剣へと注がれる。


「その剣が証拠しょうこさ」

「これが? なんの変哲へんてつもないただの剣だぞ?」

「一定のレベルに到達した冒険者で、ロングソードやショートソードなんてのを好んで使う奴はそういねえ。骨のずいまでそいつの使い方がみついちまってる奴くらいだ。たいていの冒険者は、そんな普通の剣を使わねえ――」


 戦士技能は何も剣士としての技能ではない。

 武器全般を使っての戦闘能力を示す技能である。


 別に得物えものは、ナイフでも、斧でも、槍でも構わない。


 そんな中で剣――とりわけてこちらでいうところの西洋剣――を使って、戦士技能をきわめるというのは、なによりも難しいのだ。


 ショート・ロングを問わず、諸刃もろはの剣は武器としては非常に扱いにくい。

 騎士団の正規装備品せいきそうびひんということで供給量きょうきゅうりょうこそ多いが、使える人材は限られる。

 扱い方を知らない人間が使っても、せいぜい、たたいた衝撃しょうげきでダメージを与えるのが関の山なのだ。


 『叩き切る』レベルまで使い込めるようになるには、修練しゅうれん必須ひっす


 そのため、剣を使う冒険者は、剣の師匠に指示して扱い方を心得こころえているものでなければならない。

 あるいは騎士団などに所属して扱い方を叩き込まれたもの。

 このいずれかになる。


 価格が安く、安定供給されているという点から、剣には確かに需要じゅようがある。

 冒険を前に、剣の扱い方について師事を受けるのも、冒険者にとっては一般的だ。


 だが、軍隊と違って、装備を強制されることのない冒険者稼業ぼうけんしゃかぎょうである――。


 冒険の資金に余裕がでてくれば、おのずと、自分の戦闘スタイルに合わせた武器に、持ち替えていく。


「軍隊でみっちりとしごかれて、どう斬りかかられても反応できるように仕上がってなくちゃ。そんな剣、二年もしたら道具屋に売り払うもんだ」


 そう言って商隊の隊長は自分のシミターを叩いた。

 彼にとって、最適な武器というのはそれだったのだろう。

 商隊という性質上、昼間は隊内で統一とういつした装備をぶら下げている。

 だが、いざという時にはもっとも得意とする武器を使う。


 だからこそ男戦士のそれに気がついた。


「たまたまだよ。貧乏でね、安価な剣しか使えないんだ」

「人を斬るのにも躊躇ちゅうちょがねえ。モンスター相手に剣は振れても、人相手に容赦ようしゃなく振れる冒険者はそうそういねえよ」

「――まいったな」


 男戦士はあきらめたように、そして認めたようにつぶやく。


「見たとこ、あんたのパーティ連中は、お前さんの事情について関心がないみたいだ」

「話していないからな」

「騎士団を追い出されるなんて、やんごとない事情じゃないか、説明しなくていいのかよ」


 それが問題化してからでは、遅いんだぜ、と、商隊の隊長。

 彼の片方しかないひとみは、まったく笑っていなかった。


 流石に、【見守る眼】を習得しているだけの、ベテラン冒険者の目は力強い。

 男戦士のことを、後輩として心配しているようだった。


 しかし。


「――説明する必要はない。俺はもう、冒険者のティトだ。過去を話したところで、どうなるものでもないさ」


 男戦士は、商隊の隊長の心配を、あえて否定したのだった。


====


「あら、ティト。だいぶ遅かったじゃないの」

「大にしても時間かかりすぎなんだぞ。何してたんだぞ」

「――あっ、分かりました。ダメですよティトさん。そういうのはもっとさりげなく処理してくださらないと」

「って、こら、コーネリア!! だから小さい子がいるんだからって言ってるじゃない!! そういうのやめて!!」


 戻って来た男戦士をパーティの仲間たちは温かく迎え入れた。


 ほら、これ、デザートよと、ゼリーを差し出す女エルフ。

 彼女からゼリーを受け取った男戦士は、いつもの調子でそれをつつく。


 やめなさい手つきがいやらしい、と、女エルフが男戦士の背中を叩く。

 別になにもやらしいことなんてしてないじゃないか、と、彼はいつもの決め台詞を彼女に放った。


 商隊の隊長の物言いたげな視線を感じながら。

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