第118話 どエルフさんと交渉

「なるほどなるほど。オークの嫁探よめさがしねぇ」

「あぁ、それでちょうど南国との境にある森まで行けたらと思っていたんだ」

「ちょうどいい感じにあなた方の商隊が通りかかって。悪いんだけれど、途中とちゅうまで乗せていってくれないかしら」


「いやもうあんたら馬車に乗ってるんだけどな」


 ここはキャラバンの先頭車両、隊長が乗る馬車の中。

 男戦士たち一行は、街から出て荒野を行くその一隊の中にあった。


 というのも、街の門前での騒動そうどうで男戦士が気絶きぜつしたからである。

 パーティーのリーダーである、彼の意識いしきが戻るまで――ついでに次の拠点まで――という約束で、キャラバンに乗せてもらうことになったのだ。


 そんなわけで、目を覚ました男戦士と女エルフは、あらためて、隊長にことの経緯けいいを隊長に説明していた。

 ちなみに、荷台のスペースの問題から、依頼主いらいぬしのオークと女修道士シスター、そしてワンコ教授は、彼らが乗っている先頭車両からひとつ後ろの馬車に乗っていた。


「ふむ。まぁ、見たとこあんたら相当に腕のたつ冒険者と見た。護衛ごえいを手伝ってくれるってんなら、乗せてやらんことはないが」

「本当!!」

「ありがたい、恩に着る」


 髭面ひげづらの隊長の手を取って礼を述べる男戦士。しかしながら、彼はすぐさまそれを気が早いとばかりに振り払った。


「ちょいちょい、ちょっと待てよ。まだ話は終わりじゃないぜ」

「えっ、なに、どういうこと? 乗せてくれるんじゃないの?」

「きっちりと旅の終わりまで護衛ごえいをしてくれるのなら、って条件がある。目的地についたらはいさよならってんじゃ、ちょっとなぁ」


 なに、こっちも急ぎの仕事じゃないんだ、と、髭面の隊長。

 嫁探しなんて二・三日もすれば方がつくだろう。どうせ関所で二・三日は足止め食らうんだから、その間に終わらせて、そのあとキャラバンに合流してほしい、というのだ。


 これには、男戦士と女エルフも顔を見合わせた。


「どうする、ティト?」

「うぅん。嫁探よめさがしの仕事としては割りのいい仕事なんだが、隣国まで商隊護衛キャラバンごえいとなると――」


 正直なところ足がでる、とは、口には出さない。

 そんなことは頭のいいエルフのほうがよくわかっていることであった。


 しかしながらパーティーのリーダーは男戦士である。

 方針の決定については、彼が決めなくてはいけない。


「ちなみに、このキャラバンは南の国の高山地帯こうざんちたいを抜けた後、南海なんかい商業都市しょうぎょうとしまで行く予定だ。折り返しも込みで、だいたい二カ月くらいの行程だな」

「――そんなに」

「まぁ、オークたちの新婚旅行ハネムーンには、ちと贅沢ぜいたくなんじゃないかね」


 二カ月のタダ働きはさすがに許容きょようできない。

 はぁ、とため息を吐くと、男戦士は決断けつだんした。


「分かった。次の拠点きょてんで降ろしてくれないか。そこからは俺たちは歩いて南の森へと向かう」

「なんだい残念だな。せっかく頼りになる奴とお知り合いになれたと思ったのに」


 少しも残念ではなさそうに言う髭面ひげづらの隊長。

 まぁ、これは仕方ないわね、と、女エルフがあきらめてため息を吐いたその時だ。


 くいくい、と、男戦士が女エルフの服を引っ張った。


「――なによ、ティト」

「――モーラさん。そうは言ったが、やはりこの商隊から降りるのはもったいない」

「――けど、どうしろっていうのよ」

「――なんとかならないかな、君のどエルフ力で」


 またその話か、と、女エルフ。

 あきれた顔をして男戦士を見るが、彼の表情は真剣しんけんそのものであった。


 君ならできる。

 ユー・キャン・ドゥー・イット。

 そんな強い意志が伝わって来る表情に、女エルフはえられなかった。


 はぁ、と、深いため息が彼女の口かられる。


「ねぇ、けど、それじゃ貴方あなたは退屈なんじゃないの」


 少しだけ胸元をはだけさせて、女エルフが髭面ひげづらの隊長へと迫る。

 おん、と、目を剥いて隊長が彼女を見ると、すかさずつつと、彼女はその身体を隊長へと密着みっちゃくさせた。


「お話しの通り、こいつと私はあくまでパーティーのメンバー。男と女の関係じゃないわ」

「へぇ、するってえと」

「ちょっとくらい、遊んでサービスしてあげても構わないわよ」


 もちろん、そんな経験などない女エルフ。

 自分の頭の中にある知識――ちょっとエッチな女性向け小説やBL小説できたえた――で、隊長を誘惑ゆうわくしてみせたのだ。


 なに、いざとなったら、魔法でなんとでもだまくらかすことはできる。

 しかし――。


「なーに言ってんだよお前、そんな揉むところもないような胸しておいて」


 誘惑ゆうわくしようにも、さそうう要素がなければやるだけ無駄むだ

 ゼロに何をかけてもゼロとはよくいうが、ゼロをけても帰って来る結果はゼロであった。


 いや、マイナスか。


「――揉むところもない胸」

「そ、そんなことはないぞ、モーラさん!! ほら、さっき触ったとき、ちょっとくらいはその、ボリュームがあったような、なかったような!!」


 ずんと暗い顔をして落ち込む女エルフ。

 そんな彼女を必死にフォローする男戦士であったが、今となっては焼け石に水であった。


「そんなあるのかないのか分からないもんで誘われてもなぁ」

「あるのかないのか分からない」

「モーラさん!! どうしたんだモーラさん!! いつもの君らしくないじゃないか!! 帰ってこい、君はできるエルフ、どエルフじゃないか!! モーラさぁーん!!」

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