第111話 どエルフさんと弓

 男戦士によるスパルタな修業の甲斐かいもあって、なんとか戦士ファイター技能のレベルを1(初心者レベル)まで上げたワンコ教授きょうじゅ

 しかしながら、まだそれだけでは心もとないということで、女エルフから弓を習い狩人ハンター技能のレベルも上げることになった。


 という訳で、ここは街から少し外れたところにある森の中。

 冒険者たちが共用で使っている、弓の練習場に、男戦士たちはやって来ていた。


「まぁ、近接戦闘きんせつせんとう遠距離戦闘えんきょりせんとう、両方できるようになれば、まず安心だ」

「だぞぉ。こっちだけのが気が楽だったんだぞ」

「こらこらケティ。弓の扱いをめちゃいけないわよ。これで結構、弓を扱うのは難しいんだから」


 そうなんだぞ、と、教官役の女エルフに問うワンコ教授。

 そうなんだよ、と、いつになく偉そうに女エルフは腕を組んで答えた。


 事実、弓の扱いは難しい。


 一般的な戦闘能力をつかさどる戦士ファイター技能があるというのに、わざわざ狩人ハンター技能として弓を使った遠距離戦闘えんきょりせんとうが技能として分かれているのはそのためだ。

 弓の扱いというのは、実は簡単なように見えて剣にも匹敵するほど難易度が高く、扱うにはそれなりの専門性を要するのだ。


 また、遠くから一方的に相手を攻撃する弓は、戦闘における優位性もすこぶる高い。

 それだけに、弓を得意とするエルフ族も、人間に数で劣りながらこうして亜人種の筆頭として大陸に存在感を示すことができる。


 前置きはいいとして、さっそく、女エルフはワンコ教授の身体に合わせた弓を彼女に渡してみせた。


「まずはそのつるを引いてみなさいな」

「だぞ。こんなの簡単なんだぞ――ぐ、ぐぎ、ぐぎぎぎっ!!」


 簡単、と、言った割には、まったくつるが後ろに動かない。

 これ、硬すぎなんだぞ、と、すぐにそれを女エルフへとワンコ教授は返した。


 しかし、そんなことないわ、と、彼女はそれを手にして簡単に腕いっぱい引いてみせた。

 びくとも動かなかったそれを、簡単に引いてみせた女エルフの姿に、ぽかんと、ワンコ教授が口をあける。


「弓のつるひとつ引くのにも、コツと力が必要なのよね」

「だぞ、びっくりなんだぞ。てっきりもっと簡単だと思ってたんだぞ」

「今日は弓のつるをひけるようになるところまでくらいかしら。これからしばらくビシバシ教えるから覚悟しなさいよ」


 だぞぉ、と、肩と尻尾を震わせるワンコ教授。


 そんな二人を後ろからほほえましく見つめるのは、男戦士と女修道士シスターだった。


「モーラさんも鬼教官ですね」

「彼女の弓の腕と魔法の腕は確かだ。任せておけば問題ないだろう」

「――しかし、なんであれだけ弓が使えるのに、普段は弓を装備そうびしてらっしゃらないんですか?」

「単純に弓と矢を買う金がもったいないんだよ。道具屋で買うと、結構な値段になってしまうからな」


 それに、女エルフは弓よりも魔法の方が得意である。

 寝てれば自然に回復する魔力があるのに、わざわざ使う必要もないだろう、と、装備していないのが実情じつじょうであった。


 いろいろですね、と、ひとりごちにつぶやく女修道士シスター


「それに、別に道具屋で買わなくても、必要に応じて自分で作るからな。エルフ族は、弓も矢も自前で作ることができてはじめて一人前だから」

「そういえば、ケティさんの弓も、なんだか見ないかんじのモノですね」


 当然のように、それは女エルフが今日のために、自作した弓であった。

 現代文明と離れて森で暮らすエルフ族である。装備でもなんでも、基本、自分で作るのが彼らの習性なのだ。


「弓だけじゃないぞ。モーラさんの着ている、あの服。あれも実は自作だ」

「そうだったんですか。すると、下着も」

「もちろん自作だ」


「どうりで道具屋で売っていないサイズだと思ったんですよ」

「つけなくてもいいのにけなげに作るんだぞ。流石だなどエルフさん、さすがだ」

「流石ですねどエルフさん、さすがです」


 ひゅん、と、二人の間を矢が飛んだ。

 にっこりとこちらを向いて冷たい笑みを向ける女エルフを見るや、二人はすぐに口をつぐんだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る