第104話 どエルフさんとハチミツ

「そういえば、犬猫って玉ねぎがたべられないのよね」


 キャンプでの野営中。

 謹製きんせいのほうれん草カレーをもしゃもしゃ食べるワンコ教授を眺めながら、ふと女エルフがそんなことを口走った。


 ほっぺたに黄色いカレーをべったりとつけたワンコ教授は、それを膝に置いていた黄色いナプキンでぬぐう。

 さきほどまでのにこにことした上機嫌じょうきげんな笑顔から、一転、彼女はスプーンを振り上げて女エルフに抗議した。


「だぞ!! 犬と獣人を一緒にしないで欲しいんだぞ!!」

「えっ、あぁ、ごめん」

「体の構造は人間と変わらないんだぞ。カレーだって食べれるし、イカを食べても腰を抜かしたりしないんだぞ。耳と尻尾が生えてるだけなんだぞ」

「そういうものなんですね、もっといろいろと違うのかと思ってました」


 そう言って、隣に座るワンコ教授のほっぺたに、残っているカレーを拭う女修道士シスター

 そんなものなのねと自分で聞いておいてそっけなく言いながら、女エルフは水っぽいカレーにライスをひたすと、鶏肉とりにくを一緒にせて自分の口へと運んだ。


「エルフ族は、そういうものはないんですか」

「ないわね。強いて言うならあんまり肉を食べないくらいかしらね。基本、サラダとかの野菜料理が中心だわ」

「健康的ですねぇ」

「そういうコーネリアこそ、教会の戒律とかそういうのはいいの? 前にお世話になった修道士から結構厳しいって聞いたけれど?」


 まったく何も気にせず、肉でも酒でもバンバンと食べるコーネリア。

 普通こういう聖職者はそういうものを慎むものだが、そういうそぶりもまるで見せない彼女に、正直なところ女エルフはだいぶ前から疑問を持っていたのだ。


「えぇ、厳しいですよ」

「だったらなんでそんな躊躇なく」

「神はあまねく人々を見守るのにお忙しいですから、私がちょっとものぐさしたくらいで、お怒りにはなりませんよ」


 生臭なまぐさなことを言って、女修道士はカレーを口へと運ぶ。

 うぅん、辛くておいしいです、と、彼女は骨つきの鶏肉とりにくをしゃぶりながら言った。


 なんとも彼女らしい回答だなと女エルフがため息を吐く。


「で、あんたは食べられないものはないのかね、ティトくん」

「――そうだな、俺も人の子だからな。辛い料理はちょっと抵抗があるというか。基本、カレーは甘口じゃないと食べられないというか」


 ちろり、ちろり、と、スプーンですくったカレーに舌を伸ばすティト。

 から、辛い、と、ダメだ、と、彼は言うなり皿とスプーンを膝の上に置いた。


 どんよりと絶望に顔を歪ませる彼。

 そんな彼を、まるで汚いものでも見るような目で、女エルフは睨み付けたのだった。


「モーラさん。どうしてだ、いつもならカレーははちみつを入れて、甘く作ってくれるのに。今日はよりによって辛口なんだ」

「あんたがアホなことしてハチミツ使いきるからでしょうが」

「――あれはほんの出来心で」

「黙れ変態」


 杖の先を男戦士に向ける女エルフ。

 はい、すみません、変態で、と、男戦士は言われるままにその場に正座した。


「だぞ、ティトの奴もそれなりに考えたうえでの行動だったんだぞ。アホなりに」

「そうですよ。キラーベアーの好物であるハチミツを頭からかぶって、みんなのおとりになろうとしただけじゃないですか。バカっぽいですけど」


 森に発生した巨大熊、キラーベアーの退治に際して、男戦士がとった行動。

 それは女所帯おんなじょたいな仲間たちを守るために、仕方なくとった行動であった。


 しかし。


「そのあと、ぬるぬる気持ちいいいとか言って、一時間近く転がってたバカに、同情する余地なんてあると思う?」

「だって、せっかくかぶったんだから、有効に使わないともったいないじゃないか」

「全身にかぶる時点でもったいないのよ。もっと他にこう――あったでしょ!!」


 そして有効な使い方がなんでそんななのか。

 たまらず、女エルフが杖で男戦士を小突くと、うぅっ、と、男戦士は涙ぐんだ。


「こんなことなら、ハチミツで遊ぶんじゃなかった」

「やっぱり遊んでんじゃないのよ」

「すぐに瓶に集めておけば、こんなことには」

「使わないからね。アンタのアホアホエキスが染み出たハチミツなんて、死んでも使わないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る