第101話 どエルフさんと出納帳

「ティト。最近だけれど、ちょっとあんたの武器のメンテ代高くない?」


 拠点の街にある馴染みの宿屋。

 そこの一室を三日ほど借り上げて、男戦士パーティはここ一か月の収支について整理していた。


 この手のことを取り仕切るのは、やはり細かい女エルフである。

 いや、その、としどろもどろに視線を逸らす男戦士を、じろりと彼女はにらみあげたのだった。


「もしかしてだけど、私に黙って何か装備買い足してないわよね?」

「いや、それはその」

「ちょっと鎧を改めさせてもらうわね」


 あぁ、ちょっと、待ってくれ、と、止めようとする男戦士。

 それを押し除けて、部屋の隅にあるのっぺらぼうのマネキンにかけてあった、男戦士愛用の鎧の裏へと回ると、女エルフはその腰のあたりをにらんだ。


 むっ、と、彼女の眉が吊り上がる。

 その視線の先にあったのはホルダーに入っている小さな手斧。

 しかしながら、今まで、彼が使っていたのと違う。


 過去に彼女が見た彼愛用のそれは、もう少し小ぶりだったし、紋章が描かれてなどいなかった。


 ホルダーからそれを取り出して、振り返った女エルフ。

 むっ、と、男戦士をにらみつける。


「どういうことかしら、これは?」

「いや、これは、その――道具屋のおやじに良いものだからと言われて」

「そうでしょうね、こんな立派な補助魔法がかかってたら。メンテも少しばかりお値段が張るでしょうこと」

「――すみません」


 男戦士はおずおずと頭を下げた。

 そんな彼に向って、しょうがないわねぇ、と、女エルフがため息を吐く。


「まぁ、あんたが自分の取り分でやってることだから、私は構わないけれど。生活レベル上げると、戻すの大変なんだからそこは折り合いつけなさいよ」

「なんだかモーラ、お母さんみたいなんだぞ」

「出納帳をまとめてるだけなのにぐいぐい行きますね。これは将来、結婚相手をお尻に敷くタイプですねぇ」


 そことは別のテーブルで、自分たちの出納帳をまとめている女修道士シスターとワンコ教授が声をかけた。

 嫌なら自分でつければいいのよ、と、女エルフがジト目を男戦士に向ける。

 いや、どうにも数字には弱くってと頭をかいてごまかすと、くすりくすりと女修道士たちが笑った。


 そんなやり取りを無視して、女エルフは帳簿に筆を走らせる。

 ふと、そのとき、妙な領収書を見つけて、彼女は筆を止めた。


「書房の領収書? ティト、本なんて買ったの?」

「あぁっ!? いや、それはその――」

「しかも馬鹿みたいに高い。どんな本ならこんな値段になるのよ」

「い、いや、俺もそのなんだ、生命の神秘というか、この世の不思議というか、営みというものに興味が出てその」


 あんたが。

 いつも、しょうもないことばっかやってる。

 あんたが。

 そんなたいそうなことを思って本を買うと。


 無言なれどもそんな思考が感じ取れる視線が飛んだ。

 うっ、と、視線をまたそらしてティトが苦い顔をする。そっと後ろ手に隠したのは彼が使っている背嚢だ。おそらく、その中に本が入っているのだろう。


 しかし――。


「まぁ、本読んで勉強しようってんなら、あんたにしては殊勝なこころがけよね」

「モーラさん!!」

「どんな本かは知らないけれど、せいぜい頑張って勉強しなさいな」


 あっさりと、それを認めた女エルフは、出納帳にその領収書を記載したのだった。

 認められたのがうれしかったのか、それとも深く問い詰められなかったのがうれしかったのか、男戦士が興奮した様子で言う。


「ありがとうモーラさん!! 俺はこの本で勉強して、しっかりと君のことをサポートできるど戦士さんになるよ!!」

「なによど戦士さんって――」


 はたして男戦士がどんな本を買ったのか。

 知らぬは、女エルフばかりという感じに、女修道士とワンコ教授は暗い顔をしたのだった。


「男性のデリケートな問題に関して寛容とは、流石だなどエルフさん、さすがだ」

「あんたにデリケートな部分なんて少しでもあるなら見てみたいわよ。まったく」

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