第100話 どエルフさんと100

「エルフ族にはお百度土下座なる奇妙な風習があると聞いたんだが」

「――まず私が奇妙な顔をした時点で、いろいろと察してほしいんだけれど」


 森での野営中、ふと、思い出したかのように男戦士が言ったセリフに、女エルフはいつものように嫌な顔をしてみせた。


「いや、エルフ族の男性は、女性と同衾するために百日土下座をするというもので、エルフはその儀式を経ないとそれができないという」

「まずそんなの百日間やられたとして、人間の感覚でそういう気分になるのか、というところをよく考えて物をいいたまえよ」

「なんだ違うのか。エルフ族の出生率の低さを裏付ける、有力な説だと思っていたんだけれど」

「そういうまどろっこしい儀式をしているから、エルフ族は個体数が少ないって奴ですね。まぁ、さすがに眉唾でしょう」


 よくわかんないんだぞ、と、首をかしげるワンコ教授。

 いいのよわからなくってとつぶやいて、女エルフはためいきを吐いた。


「だいたい、百日って期間が短いわよね。そんな程度の付き合いで、身体を許せるようになる訳ないじゃない。だいたいエルフなんて、百年くらいは付き合って、それでようやく結婚したり子供を作ったりするものよ」


 男戦士と女修道士シスターが、いつものショック顔をする。

 しかしながら、女エルフは今日はたじろがない。


 別に何もおかしなことは言っていないのだ、と、開き直って、彼女は火にくべていた鍋から豆の煮ものを取り出すと、それを自分の皿へとよそった。


「人間とはほら、生きてるスケールが違うから。それはしかたないじゃない」

「けれども――人間の寿命に換算しても10年くらい付き合ってるわけですよね」

「なかなかそこまで長い年月をかけて、お互いを理解しあうというのは、難しいような。というか10年付き合って、それでだめだったら大やけど」


 はっ、と、また、男戦士と女修道士が顔をこわばらせる。

 今日はおおいな、と、思いながら、女エルフはスプーンで皿の中の豆をすくって味を確認した。


 悲しいくらいにもう慣れっこである。


「モーラさん、今年で何歳だっけ?」

「え? まぁ、あんまり大声で言いたくないけど、三百二十四歳だけど」

「つまり、少なくとともこれまでに二回失恋しているということですね」

「つらい恋をしてきたのかモーラさん」


 勝手に想像して、勝手に憐れむな、と、モーラが皿に豆を盛る。

 それを男戦士たちの前へと突き出すと、彼女ははぁ、と、深いため息を吐いた。


「あのねぇ、前にも言ったと思うけど、私は村エルフよ。相手エルフもいないのに、いったいどうやって恋をしろっていうのよ」

「あぁ、それもそうですね」

「いや待てコーネリアさん。。もしかすると、村の若い男やおっさんとそういう――」

「人をまるで身体を持て余した未亡人みたいにいうな!!」


 べしり、と、鍋をかき回していたおたまの柄が男戦士の頭をたたく。

 なんだ違うのか、と、少しがっかりした様子で肩を落とした彼は、しぶしぶ、彼女ん作った豆の煮ものを口に運ぶのだった。


「しかし、モーラさんもだいぶ、この豆の煮ものを作るのうまくなった」

「まぁねぇ」

「だぞ? 昔はモーラは料理下手だったのか?」

「いやいや、昔から普通においしかったんだが、ここ最近はなんていうか、以前にもましておいしいというか。こう、俺好みな感じなんだよね」


 そりゃどうも、と、ため息を吐いて、彼女は少し離れた場所に座る。


「まぁけど、エルフも人間も、一目ぼれだけはどうにもならないけどね」

「うん? 何か言ったか、モーラさん」

「別にぃ、なんでもないわよ。ほら、早く食事済ませて、さっさと行きましょ」

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