第四章 おいでませエルフ専門店よりどりみどり

第47話 どエルフさんと砂漠の掃除屋

「はぁ、はぁ。しかし、やっぱり砂漠を移動するのは骨が折れるわね」

「だらしないんだぞ、モーラさん。まだ半分も歩いてないんだぞ」


「行きと逆だから、オアシスを出ると次に水分補給できるのは街になりますね」

「それまで持ちそうか、モーラさん?」

「なんとかぁ。たぶん。なんとかぁ――」


 オアシスを出てから数刻。


 天頂まで昇りきった日の光に体力を奪われたエルフ娘は、はぁはぁ、と、だらしなく息を上げて、うつろな目をしていた。


 熱に弱いのはエルフの宿命しかたなし。

 真っ赤になったとがった耳を振りながら、エルフ娘が進む。


 その背後にそっと寄り添って、心配そうに見つめる男戦士。


 女修道士も似たようなものだったが、唯一違うのはワンコ教授。

 意外と暑さに強いのか、平気な顔をして彼らの先陣を切っていた。


「教授という肩書きの割にはタフね、ケティってば」

「あぁ、頼もしい限りだ」

「頼もしすぎるかもしれないですねぇ。流石は教授といっても獣人種」


「みんな、どうしたんだぞ!! ペースが遅いんだぞ!!」


 獣人族は、基本的に体格や反射神経など、身体的な素質に恵まれたものが多い。

 ケティについては、そこに加えて頭もよいときた。

 天は二物を与えずとはよく言うが、獣人は例外、ということのようだ。


 すると、そんな彼らの前に、ころりころりと、なにやら人の頭大の丸い物体が、どこからともなく転がってきた。


 回転草タンブル・ウィードにしては少し小さい。

 おまけに草にしては目が詰まっている。どちらかというと、これは――。


 戦士が近づいたそのときだ。


 しゃぁ、という鳴き声。


 それと共に、その丸い球体が二つに割れた。


 咄嗟に後ずさって避けた戦士。

 回避には成功したが、そこには、前足をもたげてこちらを睨みつける、大きい昆虫型モンスターの姿があった。


「こいつは大フンころがし!! 哺乳類が出した排泄物を食料とする、砂漠の掃除屋だ!!」

「うぇ、なにそれ、汚いなぁ――」

「モーラさん。一般的には価値がなくっても、一部の人に価値があるというのは、よくあることですよ」

「そんな特殊な性癖をした人みたいに言うのやめてあげなさいよ」


 エルフ娘と女修道士が言いあっているうちに、男戦士は抜刀する。


 剣を構えて昆虫と相対する男戦士。


 先に仕掛けたのは、昆虫の方であった。

 閉じていた羽を羽ばたかせ、男戦士に向かって飛ぶそれ。


 軌道は一直線。

 斬ることは容易、しかし――。


「うわぁ、汚い!! えんがちょ!!」


 男戦士は情けなく、その昆虫を避けた。

 何を避けているのよ、と、同じように昆虫を避け、彼の背中にエルフが隠れる。


「逃げちゃだめでしょ。ちゃんと倒さないと」

「だって、もし、アレがついていたら、俺の大事な愛剣マリリンが」

「そういうこと言ってる場合!?」


 あと、なんでそんな名前を剣につけたのよ、と、女エルフ。

 怒りに任せて声を荒げていると、そんな彼女に向かって、また、モンスターが突撃してきた。


 これを、まったく見向きもせず、本能で避ける女エルフ。


「君も人の事いえないじゃないか、モーラさん」

「だって、焼いて、匂ってきたら嫌じゃない、アレが」


 もはや手詰まりかと思ったそのときだ、任せるんだぞ、と、ワンコ教授が妙に得意げな声をあげた。

 手にはどこから取り出したのか、白い饅頭が握られている。


「ケティ、どうするの、なにする気なの!?」

「大フンころがしは、別に、フンでなくても、転がせるものを与えてやれば、それを持って去っていくものなんだぞ。だから、この饅頭を与えてやれば――」


 とう、と、饅頭を虫に向かって投げつけたワンコ教授。

 途端、虫モンスターは、男戦士やエルフのことなど眼中にないという感じにそれに飛びついた。

 すぐさま、ころりころりと転がして、地平の果てへと消えていく大フンころがし。


 助かった、と、息をついた女エルフ。

 しかし。


 どうしたことか、久しぶりに男戦士と女修道士が、あの顔をしていた。


「そんな、まさか」

「あんなものまでころがすなんて。しかし、あれでは」


「どうしたのよ、何がそんなにおかしいのよ」

「モーラさん、よく、考えるんだ。今、あの、昆虫が転がしているのは?」

「饅頭よね?」

「じゃぁ、饅頭を転がすフンころがしは、フンころがしと言えるのか?」


 ふむ、と、エルフ娘。

 いつもの、下ネタにおののく顔をしている割には、どうにも哲学的なことをいう男戦士に、彼女はすっかりと油断していた。


 なので。


「饅頭ころがしかしら?」


 迂闊にそんな答えをいってしまったのだ。


「饅頭を縮めて!!」

「マンころがし?」

「あれはモンスターの大フンころがしですから!?」

「大マンころがし、おおまんころがし、おま――」


 そこまで言って、はっと、女エルフは自分が何を言わされているか気がついた。


「まさか咄嗟にそんなスケベ駄洒落を思いつくとは。流石だなどエルフさん、さすがだ!!」

「いやいやいや!! あんたらが言わせたんでしょうが!!」

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