第32話 どエルフさんと酒場の扉

「のじゃのじゃ。遠路はるばるおつかれさまなのじゃ。お荷物確かにお預かり。これが今回の報酬なのじゃ」


 ギルドの受付娘に麻袋を渡される男戦士。


 通常の依頼料に加えて、行き帰りの路銀やらなにやらで、相当な額となった報酬。

 ずっしりとした重みにほくほくとした顔をしたのは、持っている男戦士だけではなかった。


「すごいわね。ここ最近じゃ一番の報酬じゃない?」

「まぁ、砂漠を越えた訳だからな。キャラバン雇うことを考えたら安いものさ」

「これだけあると、装備とか色々充実できますね」


 冒険者ギルドを出るなりこの調子であった。


「いつも通り、半額は当面のパーティの生活費。あとは三人で等分だ」

「私、そろそろ新しいローブを買おうと思ってたのよね」

「戦闘もできるように、ロッドをもっと太くて堅いものに」

「俺は鎧をメンテに出そうかな」


 しかし、なにより先に、と、エルフ娘が言って溜める。

 見計らったように、ぐぅ、と、三人のお腹が鳴って音が重なった。


 ご飯、と、三人の台詞が次に重なる。

 砂漠の行軍の前からここ数日旅に次ぐ旅の繰り返し。食事といっても、干し肉くらいしか食べていなかった彼らは、今、手の込んだ料理に飢えていたのだ。


「この辺りはいったい何が美味しいのかしら」

「サボテンマンのステーキが名物らしいぞ。あと、デスワームのランチョンミート」

「どっちもあまり食べたくないわね」


「あ、モーラさん、ティトさん、あちらの酒場なんかいいんじゃないですか?」


 指をさした先にあるのは賑わっている酒場。

 小さな町である。食事を取れる場所は限られる。ギルドからほど近い場所にある酒場に人が集まるのは自明の理である。


 できればちょっとした小料理屋がよかったんだけど、と、田舎町に難しい要求をするエルフ娘。しかし、腹の音色には彼女も適わない。

 ぐぅ、と、もう一度それが鳴ると、しぶしぶ、あそこにしましょうと笑った。


「お、両開きの扉。いいわね、酒場って感じで」

「入ろうとした瞬間に開いてこう、股間が」

「おっぱいが」

「大喜利じゃないんだか――ら?」


 と、言うエルフ娘に向かって、酒場の中から人が出てくる。

 不意打ちに、勢いよく扉を開けて出てきたそいつは、そのまま女エルフの身体にぶつかった。


 それは狗族の獣人――しかも、身長の低い子供であった。

 どうしてこんな酒場に、と、エルフ娘が驚く。

 くらりくらりと頭を回す獣人の肩を掴むと、大丈夫、と、彼女は声をかけた。


「どうしたの、君みたいな子がこんな場所で。しかもそんなに慌てて」

「なっ、なんでもないぞ!! そっちこそボーっと歩いてるんじゃないぞ!!」

「あら口の減らない子ね。ちょっとティトどう思――」


 振り返ったエルフが眼にしたもの。

 それは、男泣きする男戦士と女修道士シスターの顔であった。


「うっ、まさか、まさかの空振りとは。普通であれば、ハプニング必至のこの状況でもこのザマとは」

「哀れです。あんな見事な空振りが、今まであったでしょうか」

「なんのこと言ってるのよ」

「身軽なことが取り得のエルフ族。まさか酒場の扉までかわすとは。流石だなどエルフさん、さすがだ」

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