第21話 どエルフさんと回復魔法

「ぐわぁあああっ!!」

「ティト!?」


 藪から出てきたトカゲウォーリアに思いっきり脇腹を指された男戦士。

 すぐさま、女エルフが焔魔法でトカゲウォーリアを丸焼きにしたが、彼のどてっぱらには親指サイズの穴が開いていた。


 たいへん、すぐになんとかしなくては、と、エルフ。

 そんな彼女に駆け寄る一つの影があった。


「任せてください。こういう時こそ、女修道士シスターの出番です」

「コーネリア!!」


 女修道士は手馴れた手つきで男戦士の腹に布を巻き当てる。

 まずは止血です、と、強く彼の身体を抑える。


 歯を食いしばり、うめき声を上げる男戦士。

 歴戦の戦士である彼の苦痛に満ちた顔に、相棒であるエルフの顔が青ざめた。


「コーネリア!! もっと手っ取り早く治す方法はないの!!」

「なに言ってるんですか。傷の手当ては初動が肝心なんですよ」

「いや、そうかもしれないけれど。ほら、回復魔法とか、使えるんでしょう?」


 回復魔法。

 神々に祈り人間の生命力を一時的に高めて、傷の治癒を早める魔法である。


 神々の力を借りるゆえ、神を信奉しないエルフ族には使うことのできない、人類だけに許された神秘の一つである。

 この魔法を、多くの聖職者は身につけている。

 女修道士シスターもまたそれを使う代表的な職業の一人だ。


 しかし。


「回復魔法ですか。しかし、あれは」


 苦しい顔をしてそれを使うことを躊躇する女修道士。

 どうして、神に仕え、人の命を助けることを生業とする者が、それを躊躇うのか。


 神聖魔法も分からなければ、女修道士のその表情の意味も分からず、なに暢気なこと言ってるのよ、と、エルフは怒鳴りつけた。


「どういう理由だか知らないけれど、ティトの命が危ないのよ!! 早くして!!」

「分かりました。しかし、どうなっても、私は知りませんよ」


 どうやら相当に危険な魔法らしい。

 自然の摂理に反して、人の身体を回復させる魔法だ。更なる神秘、蘇生魔法と比べれば微々たる物かもしれないが、そう簡単に使えるものではないということか。

 女修道士が見せたその真剣な眼差しに、女エルフが息を呑んだ。


 しかし、このまま、男戦士を放っておくわけにもいかない。


「お願い」


 意を決して、女エルフが女修道士に向かって言った。

 分かりましたと頷いて、女修道士は、包帯を巻きつけた男戦士の傷口に、そっと、自らの手を置いた。


 ほう、と、淡い光に手が包まれ――ない。


「ティトくん、死んじゃだめ(はぁと) ほら、がんばれ、がんばれ(はぁと)」


 そのたわわなおっぱいをどすり、と、男戦士の顔の上に押し付けると、女修道士、やさしく、そしていやらしく、彼の身体にソフトタッチをかます。

 甘ったるく、そしてビブラートならぬ、を最大限に聞かせた声色で、彼女はそっと男戦士の耳元に呟いたのだった。


 かっ、と、男戦士の青白かった身体に血の色が戻る。

 怒張し、力を取り戻した筋肉が、傷口を締め上げて血を止める。

 同時にあれも大きく盛り上がる。


「ぼく!! がんばるッ!!!!」


【おめでとう、戦士は一命を取り留めた】


「って、なんじゃこりゃあっ!? なに、どういうこと、どういう訳なの!?」


「エッチな台詞とシチュエーションで、男性の生命力とヤル気を湧き上がらせる、これこそ教会の女修道士シスターに伝わる秘術【バブミ】です!!」

「【バブミ】!?」

「この神聖魔法をかけられた男は、体力が回復すると同時に、あまりの抱擁感と安堵感にわれを忘れて、しばらくの間幼児退行を起こしてしまうのです。なので、できれば、ティトさんにこれを使いたくなかったのですが――」


 なるほど、と、男戦士を見るエルフ娘。


「マンマー、マンマー。おっぱい、おっぱーい。マンマー、おっぱい、ちゅっちゅちゅしたいのー。マンマー」


 指をなにに見立ててしゃぶりつき、大股広げてのたまう戦士殿。

 とても三十代のいいおっさんが、やっていいポーズでもなければ、言っていい言葉でもない。

 こなんもん、人前でやったらちょっとした事件である。

 悲壮感よりも、よかった冒険中で、と、安堵感の方が勝ってしまうのが悩ましい。


 つまるところ、最悪の光景である。

 そりゃこの魔法使うのを戸惑うわと、エルフ娘は頭を抱えた。


「ちなみに、これ以外に、普通の回復魔法とかはなかったの?」

「いや、あるにはありますけど」

「アルンカァイ!!!!」


「普通に回復したら面白くないかなぁと思いまして」

「ナンデジャァイ!!!!!!!」 

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