煙を吐いて
山芋娘
第1話
お題【花札/煙管/英国】より【煙管】
目を開けると、どこかの室内にいた。ーー矢澤保奈美は、ぼーっとした状態で室内を眺めていた。
周りにあるのは細長い何か。テレビで見たことある程度のもので、名前は分からない様子の保奈美。
「いらっしゃい」
と、奥の方から着物姿の男性が現れた。口には、細長い何かを咥えている。
「あの、すいません……。なんかいつの間にか、ここに立ってて」
「あぁ、そういうことかい。気にしなくていいよ」
「はぁ……」
男性は奥から出てきてすぐの所にある椅子に座る。
保奈美は、ゆっくりと室内を歩く。
「あの、」
「なに?」
「この、周りにあるのはなんですか?」
「煙管だよ」
「きせる?」
「そう。昔のタバコって言えば分かるかな?」
「あぁ、なんか、見たことだけは……」
「ここは、その人に合った煙管を売る店なのさ」
「店……」
ロウソクで灯りが灯る店内は少し暗い印象を与えるが、柔らかい灯りのため心地はいい。煙管を見渡すと、色とりどり、形も様々なものがある。
「お嬢ちゃんはいくつだい?」
「16です」
「あぁ、だから制服ね」
「……あまり気に入ってません」
一度、ブレザー型の制服に目を落とすと、表情が曇り出す。
「そうか……」
「あの、タバコってことは、私は買えませんよね」
「そうだね……。あ、良いものを作ってあげよう」
「いいもの?」
「お嬢ちゃんは、着物とか浴衣着るかい?」
「夏祭りの時に、浴衣とかなら」
「なら、いいな」
男性はそういうと、保奈美の方へ出てくる。そして、保奈美のことを間近で見つめると、一つ優しく微笑む。
「あ、の、」
と、顔を赤くしながら、目をそらす。「なに、か」
「お嬢ちゃんは、笑うと可愛いだろうね」
「え?」
男性は顔を離し、店内を見回す。
「お花、好きかい?」
「え、あ、はい……」
「ひまわりは?」
「好きです」
「なら、これだな」
雁首にひまわりの花が彫ってある煙管を手に取る。
椅子に座ると、煙管を分解し新たなものを作るために、気合いを入れ始める。
「お嬢ちゃんは、吐き出したりする方かい?」
「え?」
「弱音を誰かに吐いたりするかい?」
「……いえ」
「やっぱりね」
男性は、咥えている煙管を口から離すと、一度煙を吐き出す。
「人は、内側に色んなことを溜めすぎると、疲れちゃうんだ」
「……でも、」
「いいんだよ。弱音が嫌なら、溜息でもいい。誰が言ったか知らないけど、『溜息を吐くと幸せが逃げる』って、俺はそんなこと思わないな」
「どうして、ですか?」
「だって、内側にドロドロが溜まってたら幸せなんか入って来ないから。だったら先に吐いて幸せを入れられるスペース作らなきゃ」
そう言うと、再び口から煙管を離し、フーっと煙を吐き出す。
「煙を入れるために、まず吐かなきゃ」
「まず、吐く」
「そうさ」
優しく微笑むと、男性は出来上がった物を保奈美の前に置く。出来上がったものは簪。
「綺麗……」
「夏だけでもいいから、着けてくれると嬉しいな」
「お金は」
「頂くから大丈夫」
「え?」
「さぁ、帰りな」
フーっと、煙を保奈美に向けて吐き出す。
顔に煙が掛かり、目を瞑る。
ゆっくりと目を開けると、目の前は見知らぬ天井。口には呼吸器が付けられていた。
「ここ……」
首を動かすと、ベッドの脇で母親が眠っていた。泣き疲れている様で、顔には涙のあとがあった。
「おかあ、さん」
「ん……。保奈美? 保奈美!?」
「お母さん、なんで……?」
「良かった……。生きてて、本当にありがとう」
「……あぁ」
保奈美は、ゆっくりと思い出してきた。通い始めた高校で、イジメに遭い、自宅で自殺をした事を。しかし、それは未遂に終わったらしい。
「お母さん、ごめんなさい」
「ううん……。良かった、目を覚ましてくれて」
「……お母さん、」
「なに?」
「私、イジメられてる……。ずっと言えなくて、ずっと辛くて……」
「うん、うん……。いいよ、今はいいよ……」
「うん……」
ずっと溜まっていたドロドロが流れるように、涙がどんどん溢れてくる。吐き出して、やっと幸せが手に入れられる。
保奈美の人生はこれから。あの優しく微笑んでくれたように、簪がキラリと光る。
「なにかを吸うために、吐き出そう。ここは煙管屋。あなたに合った煙管を売りますよ。お代はあなたの吐き出した不幸」
了
煙を吐いて 山芋娘 @yamaimomusume
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