銀翼記

@icchi

第1話

「こんにちは」


高校からの帰り道で声を掛けてきたのは、不思議な男性だった。流暢な日本語とは裏腹に、真っ白な髪と薄い緑のような青のような瞳。


「...はい...?」


今まで出会った男性の中で1番イケメンだと断言できる。思わず、見とれてしまった。

彼は慌てて「怪しい者ではありません!」と付け足した。


「探していたのですよ!」


ああなんだ、優しそうだから落し物でも拾ってくれたのかな?と考え鞄の中身を確認するが、落としたと思われる物は思いつかない。


彩が鞄を漁る間に、私ケントと申します、と丁寧な口調で自己紹介を進めた彼が言い出したのは_______


「実は、貴女様のお父様から遣わされまして。貴女をお連れするようにと」


鞄を漁る手が止まった。

彩の父はIT系の会社に勤めるごくごく普通のサラリーマンで、3週間程前から中国に出張中である。そもそも父が、人を指先(?)で遣えるほど偉い人ではないと思う。

人違いか...。悔しくも、彩の淡い恋心は打ち砕かれた。


「...あの、人違いでは...?」


「そんなはずは。...小野沢 彩様で、間違いありませんよね?」


打ち砕かれた。ように、思われた。


「...そうですけど...」


さらに彼はポケットに入っていた物を差し出した。


「お父様が、分かっていただくには1番だということで、これをお見せしろ、と」


「あっ、それは...」


それは、私が小さい頃に父にプレゼントした、折り紙と四葉のクローバーだった。一生懸命作ってプレゼントしたのをよく覚えている。


「ね、怪しい者ではないですから」


「は、はぁ...」


折り紙とクローバーを丁寧にポケットへ戻す。そんな仕草も様になる。


いやそうではない。大事なのは父の身に何かあったのかということである。そうであれば、小野沢家の一大事である。


「お連れする...ってことは、父のところに行くということですよね?父に何かあったんですか?」


「そうでございます」


「私本当に海外に行くんですか?」


「...ええ、まあ、そんなところです。とにかく、お父様の大事ですので、今すぐ参りたいのです。」


「どういうこと?父に何があったんですか?!」


「細かいことは、後ほど説明いたします。...では、お家へ参りましょう。必要なものがあれば準備をお願い致します。」


「え?でも...」


「...とにかく、今はお家に参りましょう。お父様がお待ちかねですので」


全く状況が分からないし、「お父様がお呼びです!」でホイホイついていこうとする今の私の脳ミソは正常に働いていないことは確かである。


もしかしたら父は誘拐されて、家族まで人質に取って身代金要求とか。まあそんな家柄でも無いから、あるわけないのだが。

家に上がり込んで、金目のものを奪うとか?

だがそれでは彼が折り紙とクローバーを持っていた理由が分からない。そもそも家に金目の物などない。(と思う)


そんな事を考えて下を向くと、彼が口を開いた。


「私は、貴女様をお守りする為にやって参りました。

どうか、信じてください。突然初対面の男に信じろと言われても無理な話というのは承知しております。...ですが、」


...どうしても、お父様は貴女様にいらっしゃって欲しいのです、と彼が呟いた。


真剣な瞳は、真っ直ぐに彩を射抜いた。


「...じゃあ、これから出す質問に答えていただきます」


「質問、ですか?」


ケントが目を丸くする。彼の言っているお父様を判別する質問は、これしかない。


「...父の好きな動物は?」


彼は即答だった。


父は猫でも狐でも狸でも犬でもなく、狼が好きなのだ。小さい頃、犬じゃだめなの、と聞いたら、絶対だめ、俺は狼なんだ、とだけ返ってきた。

好きな動物を聞かれて、即答で狼と答えるならば、ケントの言うお父様は彩の父のことだろう。彩は覚悟を決めたようにケントの目を見つめ返した。


「...分かりました。信じましょう」


「ありがとうございます...!それでは、参りましょう」


「はい...!」


とりあえず、学校の物は置いていきたい。あとは携帯の充電器、着替え諸々、海外に行くのだから、準備するものはたくさんある。


「...すみません、お待たせるかも知れません」


「いえお構いなく。あと生活用品等は持っていただかなくても大丈夫ですよ。こちらで準備しておりますので」


「あ...そうなんですか?それは御丁寧にありがとうございます...。...じゃあ、携帯と財布...」


なんで着替え諸々まで準備してくれるんだろう?滞在時間が長いということだろうか?


「あの、どのくらい滞在するのとか、分かりますか?」


「そうですね...、ざっとこちらの時間で2週間ほど...」


「えっそんなに?!」


「ええ...この時期色んな事が立て込んでいますので...」


「そんな...!じゃあ、学校にも連絡しなきゃ...」


「学校、というものにはお父様がご連絡しておりました。ご心配なく。ちなみに、お母様にも連絡してあります」


「え?...そう、ですか...?」



良かった生きてた______!



ビリビリと張り詰めた糸が、急に緩んだ心地だ。勝手に死んだと思ってすまない父よ。

だが意識不明とか重々しいものを想像していたから、父直々に電話とは、ますます意味が分からない。


「お父様と直接お話していただければ、わかります。お怪我などではないですから、ご安心ください。」


そんな話をしている間に、家に着く。母が帰るのは1週間後程だろうか。それまで、何事もありませんように.....。


「...あの、何を持っていけば...」


「着替えなどは既に用意がありますので、お荷物は無くても大丈夫です」


「何か、特別な物とか...保険証とか、通帳的な?」


「いえ、特には」


彼が、王子様のようにニコリと笑う。

何の確証もないが、何となく彼なら信用出来そうだった。


彩の部屋は、家の二階にある。部屋に入り、制服を脱ぎ捨て意識してちょっと洒落た服に袖を通し、鏡を見て確認する。良しOK。彼と並んでも、恥ずかしくはないだろう。

ドアを開けると、すぐ階段がある。


「...準備できました。すみません、お待たせしてしまって」


階段を降りると、玄関の段差に座っていたケントと目が合った。


「とんでもございません。貴女様を守るのが私の役目ですから」


「そ、そうですか...。」


不意な甘い言葉で耳まで真っ赤になった彩に、これまた不意打ちのようにケントが近づいた。


「では、参りましょう」


「わっ!」


ケントは彩の手を取ってそのまま廊下の奥へ直行する。


「え?!ど、どこへ?!」


ケントは父の部屋の前で立ち止まると、彩を振り返った。


「お父様がいらっしゃる場所へ、です」


ニコリと笑って父の部屋をガチャリと開ける。この部屋は滅多に入ったことがない。覚えている範囲でこれが3回目くらいの訪問である。


「し、失礼します...」


「おや、お父様のお部屋は慣れないのですか?」


「はい。この部屋重々しい雰囲気で、入りづらくて...アハハ、自分の家なのに、変ですよね!」


間が空いた。


ケントの返事がない。


横目でチラリと彼の様子を伺った。



苦しそうに顔を歪める彼の白い手が、


白い毛並みの獣の手に変わっていく。



「...何これっ...どうしたんですか?!」


「王女様...行きましょう...っ」


「えっ?」


その瞬間、視界が揺らいだ。


ケントが何かを叫んだ。


「何、を...っ」


伸ばした手が空を切り、そのまま、彩の意識はフェードアウトしていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀翼記 @icchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ