曽根崎の日常
@suzusora
曽根崎の日常
よく誤解をされるが、風俗の仕事をしてれば金を持っている、金にルーズな女、金銭感覚のおかしい残念な人、というネガティブなイメージは、正しい点もあるが間違っている点もある。私に関して言えば、具体的に言えばダメ男に貢いではいないし着物のローンで苦しんでいるわけではない、普通にスーパーで生鮮食品を買い、自炊をし、休日にたまにスーパー銭湯でゆっくり身体を休めて普段は食べない1,000円ランチを奮発する、せいぜいその程度だ。
今の仕事を選んだことに特別な理由なんてない。面白そうなことがあればやってみる、それだけのことだ。たまたまその時にやっていた派遣の仕事が合わなくてなんとなく辞めて、それでも生活はしていかなきゃならないから手っ取り早く現金が手に入る仕事、「高収入 日払い」とかで検索して出てきたのが今の仕事の類いだったというだけ。そして、私がたまたま「身体を売るということにどうしても抵抗がある」女ではなかった、というだけ。
ところで風俗にもいくつか種類があり、面白いことにもらえる金額とサービス内容は比例し、それに伴って客の質も綺麗に比例する。分かりやすく言えば、ピンサロに来る客は学生や始発待ちのホストだったりするが、ソープに来る客は身なりも整った紳士(例外ももちろん多いが)だったりする―というのは、これまでにいろんな業種を渡り歩いてきた先輩お姉さんの話。ちなみに私が今いる業種はその中でも中途半端と言われがちな、ファッションヘルスである。今の店は大阪の中でも老舗と言われる有名店で、面接をしてくれた男性が物腰の柔らかい、優しい人だった。参考にしてみてね、と銀座のママの本なんかを貸してくれたりしてちょっと面倒だと思うこともあるけど、私は嫌いじゃない。
「柚花ちゃんはもうちょい髪、明るくてもいいと思うねん」
ある日、仕事が終わったあとにお店のママから声をかけられた。ママはこのお店の創業からいる方で、昔は店の女の子として働いていたこともあったとか、なかったとか。詳しいことは謎に包まれていて(多分聞いたらきっと話してくれるけど、何となく聞けない)ミステリアスな人だけど、ママはとても気さくで話しやすい。といっても、私は話を聞くほうが多いけれど。
「私はこの店で“ママ”って言われているとおり、柚花ちゃんのお母さんやで」
冗談めかしてママが言ってくれた一言は、思いの外、沁みた。私は、自分の生家を出てから一度も帰りたいと思ったことはない。両親のことは尊敬もしていないし感謝も特にしていない。そう思えないのだから仕方がない。高校も大学も、親が望んだから行っただけで、自分の意志ではない。結果、大学を出たところでやりたいことは何もなく、そのままフリーターになって適当に食いつないできた、それが現状だ。余程の事情がなければ風俗なんてやらない、と一般的には思われているようだけど、全然そんなことはない。普通に求人を見て、普通に応募して面接してそれが通ったから働いている。アパレルの店でバイトをしたこともあるが、服を売るか身体を売るかの違いなど、ほとんどないのだ。
梅田は面白い街だと思う。雑多な色で溢れていて、洗練された表通りも、いびつな裏通りもうまい具合に混ざりあって共存している。仕事が終わった後はいつもコンビニでコーヒーとデザートを買って食べるのが常だが、深夜のコンビニにも多くの人が訪れる。この夜の短い買い物の時間が好きだ。様々な職業の、様々な生活をしている人たちがほとんど直接関わることなく、同じ場所に集まっているということが面白く、不思議だ。そして、いつも同じ時間帯に来るせいかレジの人も顔を覚えてくれて、特に日常会話をするわけではないが、「このゼリー、今度新商品出るんですよ」とか教えてくれたりする。そういう些細なことが、心をほぐしてくれる。
店のママは多分、店のどの子にも同じように「お母ちゃんと思ってや」と言っているんだと思う。本当の母親に仕事のことを話すなんてことは考えられないから、ママの言うことはもうそれは、ファンタジーだ。でも、ママが店に居てくれるだけでそこには安心感があった。出前のおすすめを教えてくれたり、会話の内容は特別なことなんか何もないけど、それが何かと不安の多い風俗という仕事をやる中で、優しい力になる。良い客ばかりではない接客業をやっていて、どこまでも正しいだけの人間にはなれない。それでいいと思う。必要な時には嘘をつく。生きていくために、自分を守るために。その嘘が相手のささくれた心を柔らかくすることもある。別にこの仕事をしていなくても、その考えは変わらない。
どこに住んでも、どんな仕事をしていてもずっと安心し続けるなんてことはないと思う。漠然とした不安を誰もが抱えていて、その不安にどうにか押しつぶされないように今日を生きている。または、現実から全力で目をそらすことに必死で、そうなるために仕事に夢中になったり、趣味に没頭したり、そんな日々を自分らしく生きたい。願いはそれだけだ。
明日は給料日。そこからきちんと国民健康保険と国民年金と税金を払い、家賃と携帯電話代と光熱費、クレジットカードの支払いをする。風俗で得たお金を国に納めるってホントおかしいなって心で笑いながら、明日のお昼は少し贅沢なご飯を食べよう。
曽根崎の日常 @suzusora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます