第33話
家出 ~さらさ~
あたしたちの初めてのステージは、すごく熱かった。客席からあふれるほどの拍手や声援は胸の中に大きく響いて残った。
リハーサルとは全然違って大きなステージが、あたしたちを迎えてくれた。そして昼間たいしたことないな、なんて思った場所とは思えないほど人の熱気で熱くなっていた。
こんなにたくさんの人が入れるんだって驚いて心臓がどきどきした。
興奮して大きな声をあげるナオト、いつもと違ってまっすぐ前を向いてドラムを叩くツバサ。
いつもより強い気持ちを感じるリュウの艶のある声。
自分でも信じられないくらいに滑らかに鍵盤をすべってリズムにのったあたしの指先。
本当に最高だった。
最高のバンドだったよ、あたしたち。
そうして、最高の音を出し終えたあたしは楽屋に戻ったことさえ夢の中の出来事みたいだった。
みんな、エネルギー使い果たしたって感じで、なんだかぬけがらみたいだったよ。
そう、だから最後になにか大切な声を聞いた気がしたけどそれがなんだったのかあたし、わからなかったんだよね。
その瞬間、何かが稲妻みたいに走ったんだけどもう、すぐに頭の隅に追いやられちゃって。大切な何かだってわかってたくせに。
あたし達が帰る車の中でぐったりしてたのは、もう当然のことで、ただただ家に帰らなくっちゃって感じだったの。周りは、時間さえわからない夜の闇に包まれて静かだったし、土曜日だったから人も車も少なかった。
ナオトは何しゃべってるんだかちんぷんかんぷんだったし、ツバサはちっともどもったりしなかったし、リュウはまっすぐ前を見て運転するだけで一言もしゃべらなかった。
あたしは、思考回路がショートしちゃってるみたいでな~んにも考えられなかった。
でも、みんな気持ちいい顔してた。
そして、気がつくともう東京だった。
みんな、ぬけがらみたいに手を振って別れた。
だから、そんな事が起きるなんて想像してなかったんだよね。あたしは、ただ布団の中にもぐりこんでたっぷり眠りたかっただけだったんだもの。
家についてドアの鍵を開けて、そうっと中に入った。夜中じゅう車に座ってたから、腰が固まっちゃってるみたいだな、なんて思いながらパパとママを起こさないように階段を静かにあがっていって自分の部屋に入るとベッドにもぐりこんだ。
朝の七時くらいだったと思う。
遠くのほうで電話の音がしてた。うるさいなぁ、頼むから寝かしてくれよ、って思って布団をかぶった。
「さらさ!大変よ!」
ママがドアを開けた。なに?何だって言うの?
「休みなんだから寝かしてよ!」
あたしは、機嫌悪そうにもぐって顔を出さなかった。
「由梨花ちゃんが家出したって、あなたに会いに行くって置手紙残していなくなったって。今、由梨花ちゃんのお母様から電話があったの!」
うぅん、何言ってんだろう?ママおかしいんじゃないの?由梨花だったらさっき会ったばっかりじゃんか。だいたい福島って遠かったよ、思ったより。
「もう更紗ったら、寝てるなんて、仲良しだったじゃないの。だいたい、お家が大変だったようだけど引越し先だって教えてもらってなかったし、挨拶だってしないで行ったのに、いきなり家出したから連絡してくれなんて言われてもねぇ。うちに来られても困っちゃうわよね~」
ドアが閉まった音がそこら中に響いていた。ママのいらいらしたスリッパの音が遠くのほうに消えていった。
動かない頭が動き出した。何言ってんの?由梨花の家が金持ちだったから自慢そうにしてたじゃんか、いつも。由梨花の家と肩を並べるのがステータスみたいに思ってたくせに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます