第32話

   ステージへ


 開演時間が来た。

 小さなステージに出て行く。

 オレンジ色に照らされたその場所はさっきまで見ていた小さなステージとは思えないほどにでかかった。

 ステージ中央にあるスタンドまでどれ位あるのか、遠い場所まで長い距離を何歩も歩いた気がした。

 がやがやという人の気配とわぁといううなり声みたいに聞こえる歓声。すぐ目の前に人がいて俺らを見ている。

 息を大きく吸い込んでナオトを見る。硬直した表情のイケメンのナオトがいて瞳が輝いている。『オーケー、いつでも来いよ!』と言っている。

 振り返ってツバサを見た。下唇を噛みしめてやる気まんまんだ、ツバサいい顔してる。

 右後ろに身体をひねらせて更紗に視線を移す。

 いままでで一番のいい顔。曇りひとつないまっすぐな瞳がきらきら光ってる。

 俺を落ち着かせるように、にっと口元が笑って親指を立てた。

 ナオトとツバサも親指をたてて笑った。

「よし!」

 心の中で俺はつぶやいた。全員がすっと自分のパートと同化するのがわかった。


 ツバサのスティックの音が軽快に響く。胸の奥に大きく響いてわくわくする。

 俺らの音が小さな粒子に乗って飛び散って行く。四方八方に、生きて意志を持って自由に気ままに、はじけて絡まって重なって。


 ゆれるよ、ゆれる、north wind

 待ってるよ、待ってspring wind

 きっと来るよ、きっとsouth wind


 俺らの音を聞いている音がしているようだった。目の前に立っている大勢の人たちが耳を澄ませている音が。そんな音ってあるのかなって気がして、不思議だったけどたしかに聞いてくれている音がしている。

 響いているのがわかる気がして、身体中が熱くなる。俺らみんな一つになって音が巡って弾けている。


 飛ばされないよ

 迷わないよ

 立ち止まらないよ 


 ここにいるよ

 手をのばしてsweet wind


 曲が終わると、ものすごい音がした。わ~んという意思のある響く音。拍手の音と一緒にピィピィという音、何か叫んでいる声も聞こえた。


 それが、俺たちが初めてステージに立った瞬間だった。

 俺たちの忘れられない一瞬になった。自分らで飛ばした音が弾けて膨らんで俺らの元に返ってきた瞬間だった。

 俺もナオトもツバサも、そして更紗も瞳がダイヤモンドみたいに輝いて笑った。

 自分で出した音は、何かに跳ね返ってちゃんと自分のもとに戻って来るんだ。その大きさに気づいた瞬間でもあった。



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