第30話

女の子が殴られる瞬間を目の前でもろに体験しちゃうんだから、まあ普通の神経してればびびるよな。どうしたらいいかわからないって感じで、俺たちが抱きかかえる更紗の顔を心配そうにみつめて動けないままだ。

「だ、大丈夫か?俺がけしかけたから。け、怪我とかしてねぇかな」

 ツバサみたいにどもってるじゃん、タケ。

 心底悪いやつじゃないのかもね。まあ、まがりなりにもナオトが連れてきたやつだったしな。


「すまん、ほんとに、わりぃ!女の子がメンバーにいるなんて思ってなかったし。俺、一発殴られてもいいからリュウに思い出してもらいたかったって言うか。昔、ハブにされちゃったうらみつらみがつい出ちゃったっていうか」

 タケが口元に手を当てて驚いたままの顔で、申し訳なさそうに更紗に頭を下げた。


 ちょっと待て。ハブられた?

 俺、こいつのこと覚えてないけど、ハブっちゃってたっけ?

 そんな記憶はどこにもないんだが。

 俺は、記憶の糸を手繰り寄せた。

 ええと、あの頃。

 ツバサが俺らのいじめから立ち上がって独り立ちして、俺はみょうに自分の嫌な部分に自己嫌悪に陥ってた高校の時、ツバサとまともに話もできなくなってて。

 ナオトがギター持ってきてバンドを組んでツバサに声をかけた。

 ツバサを追い込んだ過去を一生懸命心のどこかにしまいこもうと俺は必死だった。

 ナオトがそんな二人の間のクッションになってくれてたんだ。

 俺とツバサの仲がようやく昔に戻った頃だ。

 バンドの中でようやく普通にツバサと笑えるようになった頃。

 そうだ、そんな頃タケは入ってきた。


「俺、ナオトの兄貴のファンで、リュウノスケとも一緒にやりたかったからさ」

 後から入ってきたこいつには居場所がなかったのか?

 俺の知らないところで傷つけてたのか。

 なんだか、なさけねぇな、俺。

 ああ、まだまだ修行がたりねぇよ。

 こいつにも悪いことしてたのかもしれないと思うと、悔しい思いで一杯になった。


「ハブられたって、文句言ったらナオトに殴られちまってよ。もう少し我慢してろって怒鳴られて、そんなら辞めるって言ったら出てけって言われたんだ。まだ、青かったよな俺さ」

 タケの言葉に苦い顔をしてナオト

「悪かったな、もう少ししたらお前の良さもわかりあえたのかもしれねぇのによ。俺あせってたんだ」

 結局、俺とツバサの事を思いやって起こったことだったって訳なのか?

 悪いのは俺なんじゃないのか?今まで、何一つそんなこと考えたことも無かった。

 自分の知らないところで、見守ってくれている気持ちがあるんだ。


 人は人の痛みがどれくらいわかるんだろう?

 痛いなって想うその想いに色づけられた肉片まで一緒に感じられることはないんだろうな。

 そう思うと、人を傷つけることの恐怖にとらわれてしまいそうになるよ。

 だけどさ、人は勝手なもので自分の痛みを他人にもわかってもらいたいって思うんだ。

 そうして、わかってくれないことを恨んだりする。所詮、人の痛みは自分のそれとは同じとは限らないのにね。

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