とぎれるメロディ

第29話

        トラブル


 楽屋には機材を運び込む人やらギターを下げた人がたくさんいた。

 ナオトが奥のスタッフらしい人と話をして、俺らは三階のスタッフルームと書かれている部屋に入っていった。ドアには『竜の翼』と書かれた紙が貼られてぺらぺらとゆれていた。もうひとつ貼られている紙には『ブラッククロウ』とあって、メインの他ということがわかった。

 入っていくと、ごちゃごちゃと物置のように奥に物が積み上げられていてテーブルと椅子がいくつか置いてあった。ソファーがはじに置いてあって、そこには黒い皮のパンツ姿の男が横になっていてそばの椅子には黒いティーシャツとジーンズの男が二人いた。

「ちぃ~す」

「ここ、こんにちわ」

「うっす」

 ギターを抱えて入っていく。横になった男がサングラスをちょっとはずしてこっちをみながら手を振った。他の二人も「おぅ~す」とか言葉にならない声を上げて頭を下げた。

 と、突然横になっていた男が身体を起こすと

「あぁ~~?」

と、声を上げながら黒いサングラスをはずした。

「ナオトじゃんか」

 ナオトが椅子に腰掛けようとしていたが、びっくりした顔で立ち上がって振り返った。ナオトの顔が引きつっている。

 誰だっけ?この声、聞いたことがあったけどナオトの友だちだったかな。俺は腰掛けてそいつの顔をよくみてみた。

「おお、リュウノスケにツバサね。『竜の翼』ってお前たちだったんだ。まんまじゃねぇか」

 そうだ、こいつは俺らのバンドの元キーボード。名前は、なんっつったかね?ナオトがつれてきてナオトが追い出したやつだ。何回か一緒にやった。悪くなかったんだがいつのまにか消えてたから、名前も覚えてないな。向こうは良く覚えてるもんだ。感心だね。

「今、俺たち『ブラッククロウ』は『DIGGIY ZOON』にメッチャかわいがってもらってるのよ」

 なんて偉そうに言う。けっこう鼻にかけたタイプだったのね、こいつ。他のやつは小さくなっててこのバンドしきってるのがこいつだってのは明白だった。

「た竹本くん、だったよね、よね」

 ツバサが俺にささやいた。ツバサ名前おぼえてるんだ。俺はどうも人の名前覚えらんなくってやばいよ。

「あ~らら、ツバサまだ、どもっちゃってるの?歌うときはどもんないのになんででしょうね~」

 こいつは、かなりうざいって事も判明しちまったな、まだまだ時間あるのに一緒にいるのはやばいっすね。出てってもいいけど、更紗が来るまではここにいてやんないとな。

 ふと更紗の顔がちらついて、気持ちが遠くのほうに飛んだ。

 あいつ、友だちに会えたかな。すっきりするといいんだけどな。

 ほかの事に思考回路を使おうと試みた訳じゃなかったんだけどね。

 だけどやっぱり、こいつは思った以上にうざかったのよ。まずいな。

「リュウ様は、今日はお付の者もなしにさびしくないですかぁ?」

 黙ってギターを出してチューニングをしてみる。

「だいたい、いじめっ子といじめられっ子が一緒にバンド組んじゃうなんて誰も想像してないからね~」

「おい!タケ!」

 ナオトが怒りに震えてる。なんだか、車の中で散々人の過去ほじくりだして言ってたのと変わんない事言ってるのにね。このくらいだったら俺はオーケーだよ、タケ。

「どもってても、りっぱだったよな。ツバサの演説『僕は一人でも立っていられます~』ってな」

 俺の身体が跳ねた。空を切って右手がタケの顔めがけた。横でナオトの手がタケの胸ぐらを掴みにかかっていた。

「のやろぅ~」

 殴った。気がしたがタケの顔には当たらなかった。大切な声が聞こえた気がした。柔らかい髪の毛がふわんと俺の顔をなでてすぅっと落ちていった。タケの胸ぐらをつかんだナオトが大声を上げた。

「さらさ!ばかか、おまえ!なにやってんだ!」

 ツバサがくずれおちる更紗の身体を抱いた。更紗の頭を俺は殴っていたんだ。どうしてこんなところに割って入ってくるんだ。

「だいじょうぶかっ!」

 こぶしを振りぬく最後にちがうと思ったからか、腕は伸ばしきっていない。力も思いっきり入ってはいないと思う。だけど、男のパンチを頭に食らってかよわい女の子が倒れない訳がない。

 更紗はゆっくりと目を開けた。

「いたいよぉ~、リュウ。何やってるのよ、もう!」

 更紗が自分の頭を痛そうにさすって、びっくりした顔をする。

「ひどいよ!たんこぶができちゃったじゃんか!どうしてくれるのよ!」

 いつもみたいに、キッとにらみつける俺の大好きな表情。大丈夫みたいだ。俺もナオトもツバサもへなへなとそこに座り込んだ。


 突然の惨事に、さっきまでふてぶてしい表情だったタケが真っ青になっていた。

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