第28話
良く見てみると、由梨花のさらさらヘアーはピンク色の綿菓子みたいにウェーブがかかって天辺はツンツンと立っている。大きな瞳の周りにはアイシャドーがこれもピンク色にぬられていてマスカラで黒くカールしたまつ毛がお人形さんみたいに見える。
薄紫色の唇は、なつかしそうに微笑んだ。
「あ、私あんまり時間無いんだ。こっち来るんなら連絡してくれれば良かったのに。あ、連絡先おしえてなかったっけね」
微笑んだその顔の向こうには昔のままの由梨花がいた。すごくなつかしい大好きな由梨花が。
由梨花が指差した先にはマンションの中庭の公園とベンチが、ここだよと言っていた。
二人でベンチに座ると、ついこの間が遠い遠い昔の事のように思えて悲しかった。
「あたしね、こっちに来たついでにね。由梨花に聞きたいなと思って」
「ごめん!忘れて欲しくなかったんだ、私のこと」
「え?」
良く意味が飲み込めなくて聞きかえしたあたしの顔をじっと見つめて
「だってさ、柳美奈が離れたらきっと更沙は私の事忘れちゃうって言うからさ」
まだ、何を言いたいのかわからない。
「私ってさ、八方美人だったじゃない?みんなに気を使ってみんなが喜ぶ事言ってね」
八方美人、そんな事ないのに、由梨花はそんな風に感じてたのかな。
「自分を殺すって言うの?そんな生き方してきたの、小さい頃から。いい子ちゃん演じてきたの。自分の意見なんて言ったことないの」
黒いスリムのジーンズをぱたぱたと叩いた。ピンクのサンダルを脱いで両足を前に伸ばして大きく伸びをすると白いジャケットがふわりとめくれた。ラメの入った黒のタンクトップが中からのぞいた。
おとなしいかわいいファッションの由梨花しか知らないあたしには、今のほうが演じてるように感じちゃうのにな。
「ずっとずっと、更沙は私の理想だったんだ、考えた事ないでしょう?」
いつでもどんな時も自信に満ち溢れて誰からも好かれていた由梨花の言ってる事を、あたしの頭は理解できなかったの。うなずかないまま、じっと前を見ていた。
「自分の肌で感じた事を信じてて、人にへつらう事もおべっか使う事もなかったよね、更紗は。それに比べて私は人の目が気になって気になって、相手が私のことどう思ってるのか嫌われやしないか、そんな事ばっかりが気になっちゃってたの。おかしいでしょ?」
あたしは、唇をかんで首を振った。そんな事ない。
「柳美奈は更沙に似てる気がしてた。あ、もう知ってるだろうけど私の家って破産ってやつで大変だったのよ。で、いろいろと少しでも生活できるようにしてくれたのが柳美奈のお父さんでさ。娘と同級生がいるんで人事に思えないって。まあ、感謝はしてる。でも、柳美奈は言ったのよ。『八方美人のあなたの事はすぐにみんな忘れてしまうよ』って。でも、私は更沙に覚えていてもらえればそれでいいって思った」
やっぱりあたしの頭は、ついていけないで困っていた。
「柳美奈はもう一つ言ったの『桐嶋更沙は私に似たものを持ってる。好きだな』って。転校する事が決まった私はどうしても更沙に忘れて欲しくなかったの、わたしの事」
忘れるはずないのに。
「怒ってもいい、恨んでもいいって思ったんだ。ひどい事しちゃったのにね。でも謝らなくていいかな?だって、こうしてここまで来てくれて、本当に信じられないくらいうれしいもん」
由梨花の目から涙がこぼれた。我慢してたから大粒になっちゃって、マスカラがとけて黒い涙。
あたしの中からも熱いものがこぼれてきちゃったよ。胸の中まで熱くなっちゃった。
「あ、もうこんな時間。私行かなくっちゃ。わぁ~化粧し直しだなこりゃあ」
ピンクのバックの中から鏡を取り出して眺めて、あたしにウィンクをした由梨花は昔と何かが違っていた。化粧した顔の奥のほうで何かが変わってるのがわかった。
「じゃ、今日はすっごくいい日になりそうだよ、更紗に会えたから!私、昔の八方美人はもう捨てちゃったから今だったら更沙の本当の親友になれると思う!」
そう言うと、大きく手を振ってピンク色の頭を揺らして町の方に走っていった。
なんだか、嵐が去ったみたい。でも、いろんなものを連れて行ってくれた。引っかかっていた何か、わかんなかった何か、会いたかった熱い気持ち。
良かったな来てみて。ナオトに感謝しなきゃな。
ああ、そうだ。あたしも時間そんなになかったんだった。
あたしは急いでライブハウスに続く道を走った。
路地から通りに出て角を曲がる。曲がった先のきれいなビルの入り口には、まだ開場には三時間前だって言うのに人が並んでいた。急いで手前の路地からビルの裏手にまわった。非常用の地下入り口があってあたしは駆け下りた。
午前中に通された楽屋は人も物もいっぱいで、あたしたちのバンドのメンバーはいなかった。
そういえば、あたしたちのバンド名ってなんなんだろう?誰かに聞いてみようとしてあたしは呆然としていた。入ってきたお兄さんがあたしの顔を見て
「ああ、あんた『竜の翼』のキーボードね、まだこの上の階でのんびりしてていいよ。メンバーもそこにいるよ」
知らなかった。『竜の翼』ってそのまんまじゃんか。一度も聞いたことなかった。ふぅ~ん、竜の翼ねぇ~。
あたしは、階段を上がって三階のスタッフルームと書かれている部屋に入ろうとした。
中から、聞こえてきたのはナオトの怒鳴り声だった。
どうしたの?あたしは急いでドアを開けた。
ナオトが知らない人の胸ぐらをつかんでいて、リュウが右手を振り上げて殴るとこで、何がなんだかわかんないままあたしは叫んでいた。
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