第20話
そうして、あたしはこの間の変わったお兄さんたちのバンドに会いに行ってみる事にするの。自分でもびっくりしちゃう行動だった。
初めてレンタルスタジオってところに行った。入り口は狭くて暗い感じでここに人がいるんだろうかと不安で階段を降りていったんだ。
だけど、不思議なことに入り口のカウンターのおじさんはめちゃめちゃ愛想良くあたしを案内してくれた。
「リュウちゃんに聞いてたよ。中学生の女の子が来たらまっすぐに何にも聞かないで連れてきてってね」
あたしは、ニコニコ顔のおじさんについて行った。不思議にやさしさのオーラがにじみ出てるみたいで、不安はなくなっちゃってたの。
ドアを開けたとこからは、もうあたしはこのバンドのメンバーになっちゃってた。
中の部屋は防音の壁に囲まれて機材と人四人入ったら一杯一杯で、はじっこにあるソファーと荷物を置くためのスペースだけしかなかった。
不思議な気持ちで、キーボードの前に立った。そこいらじゅうにコードがうにゃうにゃとあってふんずけないで歩くのは無理そうだなぁなんて考えて見ていた。
バンドのお兄さんたちはそれぞれ、自分の音をチューニングしてるみたいでぶつぶつつぶやいたりしてた。
それから、ギターのお兄さんは振り向くとウィンクして右手を振り下ろした。それを合図にあたしの周りは音の洪水になった。耳からだけじゃなく身体全体が耳になったみたいに響いてくる音。あ、でもこの曲は知ってる。そう思うと同時にあたしの指が鍵盤の上で歌いだした。
耳の中までわぁ~んと音が流れ込む。
それは、ものすごい快感だった。何て気持ちいいんだろう。音の洪水、そうその中を泳いでいるみたいだ。
そうして、あたしはバンドのメンバーになった。っていうかメンバーみたいになった。
本当はバンドのメンバーになっちゃってもいいなって思ったんだけど、頭の片隅に由梨花と一緒に演奏しようって言葉が引っかかって残ってたから。
それでも、みんな嬉しそうに奇声をあげたりして喜んでくれたのが、くやしいけど嬉しかった。
あたしの仲間?
そんな言葉もあたしのどこかに生まれてきているのを感じた。
あたしの頬の筋肉が自然と緩んでくるのを、一生懸命に力をいれてブスっとした表情をつくって見せた。
何回かバンドの練習に顔を出すようになったあたしは、心の均整が取れてくるのを感じていた。
どんなことがあったって、平気。音の洪水の中に浸って泳ぐだけで、あたしはあたしを取り戻したから。
そうしているうちに由梨花の気持ちを、本当のことを知りたいって思うようになった。
あの時、由梨花に何があったのか。あたしにはしてあげられる事はなかったのか。ううん、きっとあの頃のあたしには、なかったのかも知れない。大好きだったのに、何にもしてあげられないあたし。謝りたいな。気づいてあげられなかったあの頃のあたしを許して欲しい。
そんな願いがかなうかもしれない。由梨花に会えるかもしれない。
そう思ったのは、バンドのメンバーに由梨花へのあたしの気持ちを伝えてから。
バンドのナオトってベースギターは、ちゃらちゃらして目つきも悪いけど思ったより優しいのかもしれない。
由梨花の家が引っ越した理由とか引越し先の住所とか調べてくれちゃって、あたしに仕方なさそうに教えてくれた。他のメンバーを見てるとナオトは、そういう態度がフェイクだってわかっちゃったんだけどさ。そんな中身まで見えてくると、心のどこかであったかい何かが生まれてきたみたいだったの。
さらに、由梨花の引越し先の福島にライブにいく事になった。
あたしの心の中は、おもいっきり嬉しさとわくわくで一杯になった。
由梨花に会える。由梨花に会って話そう。少しでもいいから由梨花の気持ちを理解したい。
そうして、このメンバーと一緒にライブを成功させたい。
みんなで喜んで充実感を味わいたい。
あたしは親にうそまでついて、福島に向かう車に乗り込んだんだ。
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