リュウたちの楽譜

第13話


 俺がスタジオのドアを開けると、もう二人は来ていた。駅から一本道を入った路地裏にある古いビルの地下。昔からあるこのスタジオは、その昔は、ここいらからメジャーデビューしたバンドなんかが良く使ってたらしい。

 今朝、外は冷たい雨が降っていたのでベッドから外にでるのが、ちょっと億劫だった。

 俺っていつも、楽しみにしているイベント前日とか、な~んかいやだなぁって思っちゃったりするんだよね、なんでだろう。行けば、やっぱ良かったって思うし楽しいんだけど、寸前やだなって思うの、変なやつ、俺って。

 ドアを開けてこいつらの顔見た俺は、もう今はやる気満々って感じなんだけどね。

「おお~、今日は汗かくぜ~!」

 ナオトはにやついて「あったりまえじゃん」と親指を立てた。

 ツバサは「わ~い!」っと大きな声をだした。お前は小学生かっつうの。

 俺たちが自分が生きてるって実感できる、いつもの空間が広がっている。空気がピンと張りつめてる。


 弦をはじくと、ギャギャギャ~~って生きてる音が響いてくる。

 初めてつくった自分らの曲を演奏する。

 幼さだけの簡単なコードしか使ってないばかみたいな曲。だけど、いつも俺たちはこの曲から始める。俺たちが、バンド結成したきっかけになった曲だから。

 俺たちが俺たちになった曲だから。


 高校の文化祭。文化委員になっちまった俺は、バンド一つも出ない文化祭になりそうでいい加減やる気もなくしていた。進学校だからか文化部はたくさんあって出し物も多いけどバンドの一つもなくてさ、その頃ギターにはまってた俺は、文化祭って感じしないじゃんって思ってた。

 ポスター貼っても誰も見向きもしなくて、ああ、つまんねぇのって思ってたのね。

 そこにナオトが兄貴からベースギターをもらったってやってきた訳。ナオトの兄貴は何とかってバンドのベースやっててそれが自慢の種だったから、そりゃもううれしそうでさ。

 年季の入ったベースギターは、めっちゃいい音で鳴いた。

 そんな有頂天になってるやつがそばにいりゃ、とりあえずバンドでもやるかって話になるよな。

 小さい時から一緒のツバサが、バンドやるなら一度でいいからドラム叩いてみたいって言ってたの思い出してさ、声かけたら二つ返事が返ってきた。まあ、興奮してどもっちゃったんだけど。


 高校三年の文化祭。俺たちは、へたくそすぎるくらいへたくそなバンドを結成した。

 

 少しずつさまになってきたこの頃、けっこうアップテンポの曲が増えた。

 ナオトが兄貴のベースのまねして作った曲を弾きだした。

「お、いいね!」

 先行するベースに合わせてつばさがドラムを叩き、俺のギターがかぶさっていく。

 足でステップ踏んで、ギャ~ンとわめく。

 三人はそのまま、曲の中にのめりこんで行く。テンポが弾んでからまって一つの音になるころ、俺たちは身体中で音を感じていた。

「さいこう~~!」

 ナオトが汗を流しながら、目をキラキラさせる。きつい目つきはどこにもなくて、少女漫画の主人公かって感じ。

「き、もちいいね~、ぼくこの曲だいすきだ~」

 ツバサがうっすらと赤い顔をこっちにむけた。

「おう!」

 俺は答えた。いいね、三人が一つになるって感じ。ほんと、最高。


 ちょっと水分補給するのにギターを置いた。耳がわ~んとなっている。空中に浮いてるみたい。夢の中にいるようだ。

 ふと、髪を風になびかせた更沙の顔を思い出した。やはり来ないのだろうか。

 ナオトも同じ事を思ったのか

「そうそう、この間のさ、焼肉屋行ったとき話に出た更沙の友だちの家さ。結構この辺では知られててさ。事業に失敗して夜逃げ同然で引っ越してったんだってさ」

 ふ~ん、なるほど。ナオトのうちは、手広くいろんな事をやってるらしいから、そんな情報も入ってくるのかもね。

「こ、こないのかな、やっぱり」

 ツバサがつぶやいた。

 言いだした俺だけじゃなく、みんな期待しちゃってるわけ?

「来るよ」

 ふと、俺の口からそんな言葉が出た。

「そうか」

「そうだね」

 なぜだろう、二人とも当たり前のようにうなずいている。

 何かが、俺たちを結び付けているのだろうか。不思議な確信が胸の中に広がっている。

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