第3話

駅からまっすぐにのびたこの大通りはまだその先が通行止めになっていて、行き交う車もまばらだった。そして、何もなかったところに突然、真新しい歩道橋が現れた。

 だから、通る人もほとんどいないし、あの子に気づく人もない。

 ロータリーに人が降りてきた。急行が着いたのか。さっきよりもたくさんの人が通り抜けていく。彼女のいる場所は、別世界の向こう側みたいに見える。

「つぎ、いくぞ」

 俺は、二人に合図した。ドラムのツバサが落ち着きをとりもどしてうなずいた。まっすぐ前をむくと息を吸い込んで、スティックを上げた。

 チッ、チッ、チッ、というツバサの音を合図に俺のギターが歌いだす。ナオトのベースが腹に響く。心地いい音が重なり合って、自分らのまわりに充満する。空気にふれてとけだすように、散ってゆく。

 

 春の風に気がついてよ

 君のそばに吹く風に気づいてよ

 その頬をなでるやわらかい嵐

 

 春の風に気がついてよ

 君のそのうでにからまるよ

 その瞳にうつるあたたかい嵐


 俺は歌いだした。まるで彼女に選んだような歌のような気がして、その歩道橋に向かって声をあげた。別世界の向こう側まで届くように。


 音っていうのは、どのくらい遠くの方まで飛んでいくんだろう?

 音と一緒にどこまで発信したやつの気持ちを、連れて行ってくれるのかな?

 音が弾けて飛んでいく。だだっぴろい空間でどんな風に広がってどんな風に弾けるんだ

 ろう?

 そして俺の音は、誰かの心に弾いて届くんだろうか?


 空に向かった手が固まって動かなくなり、少女は俺の歌を見つめているように思えた。音は彼女に届いたのだろうか。彼女の何かを弾いて響いたのだろうか。


 今日の俺らの路上ライブは、この曲が最後だった。


 片づけをしながらナオトが、こそこそと俺につぶやく。

「リュウノスケ、あいつまだ動かないぜ!何考えてんだかなぁ、今の中坊はよぉ~」

 ナオトの不自然な動きは、おかしくて笑い出しそうになる。こいつなりに、気をつかってるんだろうな。

「な、な、何の話?さ、さ、さっきの子大丈夫かな」

 どもりっぱなしでツバサが、あせった顔で俺を見る。

「片付けたら、歩道橋の向こうの焼肉屋に行こうぜ!」

 俺は通りの向こう側を指差す。

「や、焼肉?ぼ、ぼく最近肉食べてないんだぁ~うれし~なぁ~」

「ツバサおめぇ~、肉食ってねぇの?ドラムなんて肉食わなきゃ叩けねぇぜ~。肉食になれよツバサ、いつまでも草食ってんじゃねぇぞぉ」

 ベースギターをケースカバーにしまいこんで肩にかけたナオトが、ツバサにけりを入れるまねをした。

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