第2話 通士虐と蝉の死骸

蝉はいい声で鳴く。ここに自分はいるぞと、証明するかのように鳴き、そして死んでいく。短い一生の中で、どれだけ自分を見せるか、それが彼らの人生なのかもしれない。

蝉の死骸は、そんな彼らが生き切った証だろう。ポツンとそこに落ちたそれを見るたびに、そんなことを思うのだ。


夏も終わりかけになると、蝉の死骸を見ることが多くなる。今日もまた、自分はそれを見つけた。その日は、もう汗を掻くほどの暑さではなかった。

気まぐれ、なのだろうか。自分はそれを拾って、手に取った。不思議と不快感はない。ただ、空っぽのように、軽かった。


そこに蝉はいない。

あるのは、蝉だった虚無。


何もなくなるまで、自分を生き通した、ということなのだろうか。あれだけ鳴いて、自分を示すと、こんなにも中身がなくなってしまうのだろうか。

それはそれで、悲しいものなのかもしれない。


だが、それも一つの生き方か。

誰しもが持つ生き方の、一つか。


悲しいと哀れんでは、生き方を侮辱するのと同じなのかもしれない。彼らはそうやって生きるのを受け入れて、そして生き切って、死んだ。

その生き方に、同情はいらない。

むしろーー


「お前の生き方は、自分には到底できねえよ」


気まぐれに、蝉の墓を建ててやった。ただ、土に埋めて、墓標がわりに立派、とは言い難い小石を立てただけの墓だ。それでも、これがこの死んでしまった蝉への、敬意の証。


安らかに眠れ。尊敬なるアブラゼミ。


そう手を合わせた、昼下がり。

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