An Unsuitable Genre for Me
卯月
-私には向かないジャンル-
200X年某日。
東京駅から長野新幹線(当時は北陸延伸前である)の
あるいは、新宿駅から特急「あずさ」に乗り、小淵沢駅まで約2時間。小海線に乗り換えて30分。乗り継ぎのための待ち時間を考えに入れると所要時間はトントン、若干前者が早いのだが、新幹線に乗る分料金が高い。
旅費に余裕がないため後者を選択した彼女は、JRで日本一標高が高い駅(1,345メートル)、
駅前には1台だけ観光タクシーが停まっていたが、旅費に余裕がないため、徒歩を選択する。地図によれば、駅を出て土産物屋の角を左に曲がり、直進して踏切を横断。さらに直進すれば、40分程度で目的地に着く筈だ。
……筈なのだが、歩いても歩いても右側はレタス畑、左側は信州大学の演習農場。車は時折通過していくものの、自分以外の歩行者の姿は全く見かけない。本当にこの先に目的地があるのだろうか、とだんだん不安になってくる。清里から野辺山へ向かう列車の窓から、それらしきものが一瞬見えたので、進む方向は間違っていないと思うのだが……。
疑心を抱えつつ歩き続けると、やがて左手の林が切れ、その先に「野辺山宇宙電波観測所 野辺山太陽電波観測所」と書かれた看板が見えた。
ここが、目的地だ。この観測所を、某事件の容疑者が事件発生日に見学していたと証言したので、刑事である彼女はその裏付け捜査に訪れたのだ。
看板で左に曲がり、ベジタボール・ウィズという観光施設を右手に見ながら、大型バスも停まれる広々とした駐車場の脇を道なりに歩いていくと、観測所の守衛所が現れた。
見学者は駐車場に車を停め、ここからは徒歩。守衛所で氏名を記入し、パンフレットを受け取ることになっている。守衛に警察手帳を示して身分を明かし、事件発生日の分を見せてもらうと、確かに手書きで容疑者の名前があった。ただ、同行者がまとめて記入したと言っていたので、これだけでは容疑者本人が当日来た証拠にはならない。
観測所構内へ入る。入った瞬間から、直径45メートルの真っ白な巨大パラボラアンテナが、遠くにそびえ立っているのが見える。宇宙電波観測所には、この45メートルのアンテナが1台と、直径10メートルのパラボラアンテナが6台。太陽電波観測所には、直径80センチのパラボラアンテナが84台もある。ここは国立天文台の研究施設であり、これらのアンテナは全て「電波望遠鏡」で、太陽や星や銀河から届く電波を観測しているのだ。
容疑者は、直径45メートルの巨大アンテナが自分の後ろに入るよう写真を撮っていたので、彼女もまずそのアンテナを目指した。直径10メートルのアンテナの間を抜け、レールに沿ったまっすぐな道を歩いていくと、どんどんアンテナが大きくなってくる。写真の中のアンテナは斜め45度に傾いているが、今は真上を向いていた。
アンテナのすぐ横に建っている観測棟から、作業着を着てヘルメットを被った、観測所員と思われる男性が出てきた。アンテナを囲むフェンスの鍵を開け、中に入ろうとするその男性を呼びとめて身分を明かし、写真を見せる。
「○月○日の火曜日にですね、この男性が見学に来たそうなんですが」
「……これは、その日に撮った?」
写真を見た所員が、少し首を傾げる。
「――何か、おかしな点が?」
「いえね。毎週火曜日は、このアンテナの定期メンテナンスで、日中は基本的に
◇
「……ていうミステリを、昔、書こうとして断念した」
と友人に語ると、友人は呆れ顔で言った。
「誰得よ、そのミステリ」
「どんな事件なのか、とか全然思いつかなくってさぁ。ミステリ書く人って凄いね! 頭の作りが違うね!」
私は、心の底から感心する。
「ミステリ云々以前に、あんた、観測所に到着した時点で力尽きたでしょ」
「ほんと、あそこは歩いていっちゃダメ。途中で、心が折れそうになった……」
「いや、そういう意味じゃなく」
「春休みにせっかく見学に行ったのに、アンテナがずっと真上向いててさー。パンフに載ってるような、ちょっと傾いたカッコいい写真を撮りたかったら、メンテナンスの日は危険だね! 今でも同じ曜日かは知らないけど!」
「十年も前の話を、しつこく根に持ってるワケね……」
友人がため息をつく。そのとき、私はふと思いついた。
「ところでさ。45メートルや10メートルは、そのときの観測対象によってアンテナがあっちこっち向く筈なんだけど。
80センチは太陽専用の観測装置だから、毎日太陽を追尾してるよね。もしかしたら、アンテナの傾きで、何時頃に撮った写真かわかるんじゃないかな?」
「だから、誰得なのよそのミステリ」
とりあえず、もう一度野辺山に行きたい。
An Unsuitable Genre for Me 卯月 @auduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます