第68話「やみのなか、うみがきこえる」

 深夜、もうすぐ日付が変わる。

 あるじが不在な部屋の暗闇で、息を殺してメリッサは身をひそめていた。近くにはラムちゃんや妹達も一緒だ。

 ここは、いつもお馴染なじみの皇都スメラギミヤコの個室である。

 彼女は重傷を負って、今は集中治療室だ。だが、エンジェロイド・デバイスの誰もが、回復を信じて揺るがない。そして、彼女が目覚めた時にまた、この部屋に戻ってきてほしいのだ。

 メリッサにとっては、それがリジャスト・グリッターズを守る本当の理由かもしれない。


「少し冷えるのう、我が姉メリッサ」


 すぐ隣に、気付けばうみちゃんが立っていた。

 メリッサにとって、すぐ下の妹で、他の皆にとってはメリッサと同じく姉だ。それも、偉大なる智将、賢者の風格を持つやり手のキレモノおねーちゃんである。普段は飄々ひょうひょうとして掴みどころがないが、誰もが慕って知を強請ねだる。

 うみちゃんは誰にでも、へだてなく助言し力を貸す女の子だった。

 メリッサが大胆に動けるのも、背後に彼女が控えてくれているからである。

 だが、うみちゃんが言う以上に薄ら寒い空気がメリッサを震わせた。


「……人がいないってだけで、こんなにも寒く感じるんだね」

「そうじゃな。空調のスイッチを入れるものもなく、人の出入りも途絶えて久しい。じゃが、ここには戻ってくるべき主がいる。それはワシらが待つマスターじゃよ」


 都は必ず帰ってくる。

 いつものゆるい笑みで、なにごともなかったかのように怪我から復帰する。

 そう信じて疑わないから、メリッサは妹達と戦えるのだ。

 今宵こよい、リジャスト・グリッターズの艦隊は赤道を超える……最終決戦は近い。激闘を前に、明日から赤道祭が始まるのだ。これが最後の晩餐ばんさんとなるか、勝利への前祝いとなるか、それは誰にもわからない。

 だが、メリッサは人間達が知らず気付かない驚異……カーバンクルの悪意をくじくために戦っていた。


「ん……むにゃにゃ……ひょー姉さま、食べ過ぎ、です……あと、また、女の子がしてはいけない、顔、に」


 ふと見れば、背後で待機するラムちゃんがうたた寝にまどろんでいた。

 無理もない……皆、疲れている。メリッサ達も先程、決起集会で士気を高めて決戦の覚悟を誓った。だが、プラモデルのエンジェロイド・デバイスとはいえ、人格と感情があれば疲労が蓄積するものである。

 本来、ICアイシーチップに登録されたデータを元に、人間達が遊ぶことを目的としたホビー……それがエンジェロイド・デバイスだ。だが、今は人形の肉体に意思をともしたメリッサ達だけが、恐るべき魔の手と戦えるのだ。


「やれやれ、ラムちゃんも長い旅で大きく成長したが……まだまだ子供じゃなあ」


 どこか嬉しそうに笑う、うみちゃん。その横顔が、いつになく優しげだ。彼女は、ボロボロに擦り切れたマントにくるまるラムちゃんを、肩越しに振り返る。

 この場に集まった数人の姉妹達も、静かに頬をほころばせた。

 今、エンジェロイド・デバイスの半数は別行動だ。

 ここには、大事な役目を担う最精鋭、選抜されたメンバーだけが残っている。


「……ふむ、諸君。招かれざる客というやつのご到着だ。さあ……レッツ・パーリィといこうか」


 ケイちゃんの声に、誰もが武器を構えた。

 ヘキサに起こされたラムちゃんも、眠そうにまぶたをこすりながら武器を手に取る。

 天井の通風孔をふさぐフェンスが、音もなく外された瞬間の出来事だった。

 無言でメリッサは妹達を振り返り、力強いうなずきを拾う。

 全ては闇の中……これより刃を交えるは、影と影。

 それは敵もわかっているようで、敢えて部屋の電気をすぐに点けたりはしない。だが、目視できずともメリッサは感じていた。いつものように統制の取れた動きで展開し始めた、ステーギア……その中に、ビリビリと響いてくるような強力な殺気の持ち主がいる。

 恐らく、この部屋を襲ってきた闇討ち部隊の指揮官だ。


「さて、どう戦うかのう」

「またまた、そんなこと言っちゃってさ。うみちゃん、もう策は考えてあるんでしょ?」

「いや? 策とは常に、考えを巡らせ準備した時点で完成しておるものじゃ。今みたいにの。考えてはおらぬ、既に仕込み終えて、あとは結果を出すだけよのう」


 不敵な笑みを見せるうみちゃんの声を、りんとした叫びが遮った。

 なにも見えぬ常闇の中に、敵軍の将が高らかに声を張り上げる。


「聴こえているか! エンジェロイド・デバイスの一党よ!」


 はいはい聴こえてますよ、と出ていく訳にはいかない。メリッサ達から相手は見えないが、それは逆もしかり……いつも都がニッパーやデザインナイフでプラモを創っていた机の上に、今は息を殺して敵の出方をうかがう。

 だが、こうも堂々と叫ばれては、居場所を教えているようなものだ。

 それだけ敵の隊長格は、自信があるのかもしれない。


「戦士メリッサと、気高き姉妹達よ。お前達の奮戦に敬意を表する……だが、カーバンクル様に逆らう者は、これを全てちゅうする! この、常闇とこやみのフェンリル三姉妹が一人、アインドが!」


 ――常闇のフェンリル三姉妹。

 それは、惑星"ジェイ"のエークスとゲルバニアンの戦災に暗躍する、謎の武装組織から着想を得た三人だ。カーバンクルの魔力で造られた、まさに闇のエンジェロイド・デバイスとでも言うべき存在。

 メリッサのほおを、泡立たせるように殺気がでる。


「エンジェロイド・デバイス達よ! お前達は我々を相手によく戦った! 誇り高き戦士として、無様をさらすな。こちらの要求は二つだけだ!」


 一瞬で眠気を振り払われて、ラムちゃんが前に出ようとする。

 だが、それを片手で制してくれたのは、ブレイだった。


「一つ! お前達全員の武装解除と投降! 軍門に下るなら、悪いようにはしない。このアインドが、いくさおきてに従い誠意ある対応で迎えよう。それと、もう一つ!」


 来たな、とメリッサはくちびるむ。

 相手はすでに知っているのだ。

 シュンとその仲間達、カーバンクルの尖兵せんぺいが一番恐れたものが、この部屋にある。

 否……あったと言うべきか。


「お前達の姉妹が一人、アルジェントが持つ力! エンジェロイド・デバイスの一部が持つ、ボーナスパーツを組み合わせた最強の力……ズィルバーを引き渡してもらおうか!」


 この場にはもう、アルジェントはいない。

 ズィルバーと共に逃した……否、逃げたのではない。

 

 敵を迎撃し、殲滅せんめつ、一掃するために。

 それだけの力が、アルジェントをコアとするズィルバーには秘められている。それはあたかも、彼女のモチーフとなったサンダー・チャイルドにも似た破壊の権化ごんげのよう。


「やっぱり、アルジェントとズィルバーを……でも、メリッサ姉さま。確かボーナスパーツのいくつかは」

「大丈夫だよ、ラムちゃん。そこらへんは、ヴァルちゃんとアルカちゃんが対応してくれた。そして、確信したね……みんなも、いい? 連中はズィルバーを驚異と感じてくれている」


 エンジェロイド・デバイスとして商品化された、プラモデルのラインナップ……その第二弾、№11のカムカちゃん以降は、全てキットにボーナスパーツが同梱されている。それを全て集めて組み立てると……大型キットのズィルバーが完成するのだ。

 だが、その完全な姿はもう、組み立て始める前から失われていた。

 同時に、メリッサはかけがえのない妹達を亡くしてきたのだ。

 トゥルーデやシンにはもう、二度と会えない。

 そして、力及ばず破壊されたボーナスパーツもあるのだ。


「聴こえている筈だ、メリッサ! 要求に応じないならば……!」


 気配が動いた。

 まるでむしの群体、一糸乱れぬ作戦行動だ。

 アインドの連れてきた大量のステーギアが、瞬時に壁を駆け上がる。

 この部屋の照明をつけて、全てを光の元に暴くつもりだ。

 そうすれば、敵は知るだろう。

 この部屋にズィルバーがもうない……搬出されたあとだと。

 瞬時にうみちゃんが、静かに手を上げ、振り下ろす。

 そして、ラムちゃんを始めとする狙撃班が、一斉に構えた武器に銃火を歌わせた。

 響く銃声、闇を切り裂く鉛弾なまりだま粒子フォトン


「チィ! 電気のスイッチへ群がるところを狙われたか! だが、その発砲で位置が丸見えだな!」


 次々とステーギアが撃ち落とされた。

 その時にはもう、うみちゃんはメリッサの横にはいなかった。

 そして、すぐさま弾道をさかのぼっての応射が襲い来る。

 狙撃犯のラムちゃんやサバにゃんが一発撃つ間に、敵の大群は百発を返してきた。

 だが、この部屋を満たした闇は保たれている。

 明かりを灯していい者は、メリッサ達の中には一人しかいない。

 必ず都が帰ってきて、部屋の電気をつけてくれると信じて疑わない。


「ラムちゃん! もっと口径を絞りな! 目で見て狙うんじゃない、うみちゃんの送ってくるデータをなぞるように……そう、ひたいの奥の目をイメージして撃てっ!」

「はいっ、サバ姉さま!」

「サバにゃんでいいさ、姉さまってガラじゃねえからな。あーくそっ、乱射してえ……全弾発射してえええええっ!」

「わわ、サバにゃんがいつもの発作を! ハッピートリガーになる前に、早く!」


 無数の銃撃が襲い来る。

 その全てを、メリッサは手にした剣で薙ぎ払った。

 見えない弾丸すら切り払い、聴こえてすらいない銃声を叩き落とす。

 カドやんにゆずられ、ヴァイブレードへと生まれ変わった刃が斬撃を歌った。


「そこか、メリッサ! ならば……このアインド、直接の対決を望む! いざっ!」


 ステーギアを指揮するだけでは、らちが明かないと思ったのだろう。

 ひときわ強い敵意が、部屋の闇を覆ってゆく。まるで、満たされた空気を奪ってゆく真空にも似た戦慄だ。瞬時に一変した雰囲気に、メリッサはプレッシャーからくる息苦しさを感じた。

 だが、たけるアインドの向こう……彼女の背後で声が響く。


「やれやれじゃなあ? ええ? ワシの愛しい唯一の姉に、一騎打ちじゃと? ……笑わせるでないぞ、カーバンクルの走狗そうくが」


 それは、誰もが聴いたことがない、想像だにしない冷たい声。

 視界ゼロの闇の中で、敵のド真ん中にうみちゃんの声が静かに木霊こだましていた。

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