第67話「さいごのばんさん」
それは、とても悲しい出来事だった。
だが、泣いて沈んでばかりもいられない。メリッサ達エンジェロイド・デバイスは、命を
誰にも知られぬ驚異を、誰もが知らぬうちに排除する。
そのためにも今、涙を拭いて進む時……その決意を、姉妹の誰もが新たにしていた。
「ハイハイ~、
そして、彼女達の並ぶテーブルには、
これはケイちゃんやアルカちゃん、そしてリリが魔力で作った
メリッサも、大いに飲んで食べて騒ぐ妹達を見渡した。
それでいいんだと、去っていった者達が
「これは……これも、これも!
「これこれ、ブレイ。落ち着いて食べぬか、なくなりゃせんからゆっくりとなあ」
「ケイちゃんもアルカちゃんも、料理上手ー! リリ様も凄い……あ、ほらほら飲んで」
「ラム姉様! 私がお料理をお取りします! 大事なのは、バランスです。バランスよく、肉と、肉と、そして肉と!
「ね、ねえラティ……野菜もわたし、食べたいかなあって……ふふふ」
それにしても皆、よく食う。
うみちゃんやアノイさんが、ここぞとばかりにお酒を飲んでいる。
人間のように食べて飲むだけでも、妹達はいつも以上にきらびやかな表情を見せてくれる。そして、それを眺めるメリッサもほんのりと酒精を招いてほろ酔いだった。
だが、
その正体は、ケイオスハウルを補佐するチクタクマンの分身である。
「メリッサ、最後の
「ありがとう、ケイちゃん。みんな、喜んでる」
「悲しいことがあり過ぎた……そして、皆に立ち止まることは許されない。
「わかってる。ケイちゃん達のおかげで、カーバンクルの最後の目的が明らかになりつつある……明日から奴は動く。そうだね?」
ケイちゃんは
「
「太古の船乗りの祝祭だね。でも、それはカーバンクルにチャンスを与えてしまう」
「
勿論だと、メリッサは頷く。
リジャスト・グリッターズの全軍で、赤道祭による休息の一日が始まる。
その日に、全ての決着をつける。
先日まで決戦を挑みつ着けながら、その都度失敗してきたメリッサ達。そして、失ってしまったものはあまりにも大きい。
だが、犠牲の痛みに立ち止まれば、さらなる出血を強いられるのは人間達だ。
人間の世界を守るリジャスト・グリッターズを守れるのは、メリッサ達だけなのだ。
「ケイちゃん、アルス達は?」
「彼女は独自に動きているが、心配はない。
「ホント!? なら、助けなきゃだね」
「だが、さらなる情報の収集が必要だ。そのフォローは、私やアルカちゃん、リリに任せてもらおう。独自に魔力や霊力を持つ我々の方が、動きやすいからな」
カーバンクルの根城は、
そして、そのことを知らなかったばかりにエンジェロイド・デバイスは後手に回り続けた。先日の戦いも、サンダー・チャイルドに殴り込む前に足止めされてしまったのだ。
だが、赤道祭の乱痴気騒ぎの中でなら、動きやすい。
リジャスト・グリッターズのメンバー達が浮かれて騒ぎ、普段の疲れを癒やす中で……秘密裏にカーバンクルを、闇へと葬る。決して人間達に知られずに。
「いい知らせもあるぞ、メリッサ。ディスティニー、そしてフォーチュン……そんな言葉を信じたくなるラッキーだ」
「この際、神でも悪魔でも頼りたい気分だけどね。
「その意気だ、メリッサ。先日、アルスの報告で全てのエンジェロイド・デバイスが仲間になったとわかった。第三段の十種も、ついに最後の一人が我々の仲間になってくれた」
「最後の妹、か……どんな子だろう。本当は、戦ってほしくないんだけどね」
「当然だ、君達は
「そゆこと」
ケイちゃんが笑って席を立った。
その瞬間、待ってましたとばかりに妹達が周囲を囲む。
皆、笑顔だ。
これからどんな戦いが待つのか、誰もが知っている。
だからこそ、最後のこの宴に最高の笑顔を並べてくれるのだ。
「流石です、メリッサ姉さん! ささ、寿司を食べてください! 寿司を!」
「炭水化物も大事です、姉様! スパゲティはナポリタンもミートソースも、カルボナーラもあります。このハバネロ百倍タバスコをかければ元気百倍!」
「同志メリッサ、熱いボルシチを食べるのが、それがハラショー! さあさあ、さあさあさあさあ!」
「フッ、
「メリッサ、オレのパンも、食べる……バターもマーガリンも、沢山、ある」
「ガンちゃんよせ! そりゃバターじゃねえ! 焼肉用のラードだ!」
あっという間に御馳走攻めにあい、飲んでも飲んでも次々と誰かが杯を満たしてくる。メリッサの回りに、二十人以上の姉妹が集結していた。
その笑顔に笑みを返して、ふと振り返ると……そこには酒瓶を持ったピー子がいた。
彼女を見た妹達の誰もが、驚きの声をあげる。
「ありゃ? ピーコ姉ぇ、その頭……」
「えっ? それって」
「うん、ウォー子のやつだ」
ピー子の額には今、いつもの女神像の代わりに、悪魔像が飾られている。彼女の本来の女神像は、ウォージオンのウォー子に成り果て、マスター・ピース・プログラムにクラッキングされた妹が持ち去ってしまったのだ。
そう、妹も同然だと思っていた。
カーバンクルに生み出されながら、メリッサに
「メリッサ姉様、これは私の決意。ウォー子が残した悪魔を今、あえて
白亜の装甲を身に
だが、彼女はいつもの穏やかな笑みで、妹達に力強く頷いてくれた。
すかさず妹達は、我先にとピー子に殺到した。
「うおおおおっ! 流石です姉上! 流石としか!」
「もーっ、ピー子姉ぇ、気負い過ぎ! ちょっと、いい? グラン姉様!」
「わかってます、メディ子。みんなでピー子姉様を、決戦の地へ!」
「二人の戦いは、あたし達が誰にも邪魔させない! もーっ、大船に乗った気でいてよー、わははははは!」
「アイリ……また調子に乗ってる。うう、双子の妹として恥ずかしい……」
賑やかな宴の中で、笑いが笑いを連鎖させてゆく。
明日にはもう、この笑顔を胸にしまって戦わなければならない。
そう思っていると、おずおずとアルジェントが隣にやってきた。
「ん、どしたの? アルジェントも、飲む?」
「あ、いえ……私はお酒は。それより」
「どうしたの、アルジェント」
アルジェントは背後を、その先の闇を見上げる。
そこには、全高1mを超える巨大な影が
それは、エンジェロイド・デバイスの第二弾、第三段に付属するボーナスパーツを組み上げた、アルジェントの本当の姿……彼女の最強にして最大の力だ。
その名は、ズィルバー。
あのサンダー・チャイルドのそのままダウンサイジングしたような、その威容と迫力だけはそのままの巨大なプラモデルだ。だが、その右手は肩から下が大きく欠けている。
シュン達の妨害にあって、永遠に失われたパーツが数多くあるのだ。
最後の切り札とも言える決戦兵器は、未完の最終兵器となってしまった。
だが、メリッサは不安そうなアルジェントの頭を撫でる。
「大丈夫だよ、アルジェント。思い出してご覧……私達が守るリジャスト・グリッターズのパイロット達は、いつも不利な条件の中で戦い、勝利してきた」
「メリッサ姉様……」
ズィルバーには欠けたパーツがあって、それは右腕に集中している。完成すれば驚異的な装甲、そして火力と突破力を得る鋼の歩行戦艦……アルジェントが操縦するそれは、まさしく小さなサンダー・チャイルドだ。
だが、その完全な姿はもう得られなくなってしまった。
トゥルーデやシンといった、妹達の散り際をメリッサは忘れない。
彼女達と共に、シュンに破壊されたボーナスパーツは戻ってはこない。ヴァルちゃんの構築の力とて、万能ではないのだ。
「大丈夫だよ、アルジェント。君のズィルバーは私達の切り札、それは変わらないさ」
「でも、メリッサ姉様」
「私達はさ、ボーナスパーツを守りたかったんじゃない……それを持たされた、妹達を守りたかったんだ。でも、全員を救えなかった。助けられなかった」
この場にいない妹達は皆、胸の奥に去ってしまった。永遠に思い出になってしまったのだ。そして、巨悪を打ち倒したあとは……メリッサもそこへと消えてゆく運命である。
だが、ここに改めて誓って、メリッサは杯を乾かす。
カーバンクルの野望を打ち砕くまで、絶対に負けたままでは終わらないと。
そんなメリッサに、妹達は我先にと酒のボトルを向けてくるのだった。
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