第67話「さいごのばんさん」

 それは、とても悲しい出来事だった。

 だが、泣いて沈んでばかりもいられない。メリッサ達エンジェロイド・デバイスは、命をして戦わなければならないのだ。その歩みを止めた時、二つの地球を守るリジャスト・グリッターズに危機が訪れるだろう。

 誰にも知られぬ驚異を、誰もが知らぬうちに排除する。

 そのためにも今、涙を拭いて進む時……その決意を、姉妹の誰もが新たにしていた。


「ハイハイ~、餃子ギョーザ十人前ダヨー! 次、こっちが生ハムメロン十人前、あとはお寿司すし~」


 皇都スメラギミヤコが不在のこの部屋で、小さな明かりの下に多くの少女達が集っていた。皆、プラモデルのエンジェロイド・デバイスだ。

 そして、彼女達の並ぶテーブルには、所狭ところせましと料理が並ぶ。

 これはケイちゃんやアルカちゃん、そしてリリが魔力で作った御馳走ごちそうである。エンジェロイド・デバイスに飲食は全く意味がないが、決起集会の宴会えんかいは賑やかな方がいい。

 メリッサも、大いに飲んで食べて騒ぐ妹達を見渡した。

 それでいいんだと、去っていった者達がささやいた気がした。


「これは……これも、これも! 美味うまい……流石さすがです、リリ様! 流石、流石としか!」

「これこれ、ブレイ。落ち着いて食べぬか、なくなりゃせんからゆっくりとなあ」

「ケイちゃんもアルカちゃんも、料理上手ー! リリ様も凄い……あ、ほらほら飲んで」

「ラム姉様! 私がお料理をお取りします! 大事なのは、バランスです。バランスよく、肉と、肉と、そして肉と! とりぶたうしのバランスが大事なのです!」

「ね、ねえラティ……野菜もわたし、食べたいかなあって……ふふふ」


 それにしても皆、よく食う。

 すでにリリの周囲では、飲酒組が出来上がっているようだ。

 うみちゃんやアノイさんが、ここぞとばかりにお酒を飲んでいる。

 勿論もちろん、これもケイちゃん達が魔力で生み出したものだ。

 人間のように食べて飲むだけでも、妹達はいつも以上にきらびやかな表情を見せてくれる。そして、それを眺めるメリッサもほんのりと酒精を招いてほろ酔いだった。

 だが、厨房ちゅうぼうをアルカちゃんに任せて、ケイちゃんがやってきた。

 その正体は、ケイオスハウルを補佐するチクタクマンの分身である。


「メリッサ、最後の晩餐ばんさんというのは縁起が悪い……次は祝勝会にしてもらいたいね!」

「ありがとう、ケイちゃん。みんな、喜んでる」

「悲しいことがあり過ぎた……そして、皆に立ち止まることは許されない。かなしみに暮れて泣きじゃくることすらできないのだ」

「わかってる。ケイちゃん達のおかげで、カーバンクルの最後の目的が明らかになりつつある……明日から奴は動く。そうだね?」


 ケイちゃんは割烹着かっぽうぎ姿でうんうんとうなずく。

 何故なぜなら、明日はリジャスト・グリッターズにとって特別な日だからだ。


赤道祭せきどうさい……明日、惑星"アール"の赤道をリジャスト・グリッターズの艦隊が通過する。その一日だけ、半減休息で全艦での赤道祭実施が許されたようだ」

「太古の船乗りの祝祭だね。でも、それはカーバンクルにチャンスを与えてしまう」

左様さよう、であるが……我々もまたチャンス! 祭の騒ぎに乗じて、一気に奴を叩く……アーユーオーケー?」


 勿論だと、メリッサは頷く。

 リジャスト・グリッターズの全軍で、赤道祭による休息の一日が始まる。

 その日に、全ての決着をつける。

 先日まで決戦を挑みつ着けながら、その都度失敗してきたメリッサ達。そして、失ってしまったものはあまりにも大きい。

 だが、犠牲の痛みに立ち止まれば、さらなる出血を強いられるのは人間達だ。

 人間の世界を守るリジャスト・グリッターズを守れるのは、メリッサ達だけなのだ。


「ケイちゃん、アルス達は?」

「彼女は独自に動きているが、心配はない。嵐珠らんじゅと組んで、地下で行動している。そして、彼女の情報でフランベルジュの三姉妹や、レイの生存も明らかになった」

「ホント!? なら、助けなきゃだね」

「だが、さらなる情報の収集が必要だ。そのフォローは、私やアルカちゃん、リリに任せてもらおう。独自に魔力や霊力を持つ我々の方が、動きやすいからな」


 カーバンクルの根城は、二番艦にばんかんサンダー・チャイルドだ。

 そして、そのことを知らなかったばかりにエンジェロイド・デバイスは後手に回り続けた。先日の戦いも、サンダー・チャイルドに殴り込む前に足止めされてしまったのだ。

 だが、赤道祭の乱痴気騒ぎの中でなら、動きやすい。

 リジャスト・グリッターズのメンバー達が浮かれて騒ぎ、普段の疲れを癒やす中で……秘密裏にカーバンクルを、闇へと葬る。決して人間達に知られずに。


「いい知らせもあるぞ、メリッサ。ディスティニー、そしてフォーチュン……そんな言葉を信じたくなるラッキーだ」

「この際、神でも悪魔でも頼りたい気分だけどね。朗報ろうほうならなんでもいいよ、ケイちゃん」

「その意気だ、メリッサ。先日、アルスの報告で全てのエンジェロイド・デバイスが仲間になったとわかった。第三段の十種も、ついに最後の一人が我々の仲間になってくれた」

、か……どんな子だろう。本当は、戦ってほしくないんだけどね」

「当然だ、君達は玩具おもちゃ遊具ゆうぐなのだからな。だが、得られた力で守れるものがある」

「そゆこと」


 ケイちゃんが笑って席を立った。

 その瞬間、待ってましたとばかりに妹達が周囲を囲む。

 皆、笑顔だ。

 これからどんな戦いが待つのか、誰もが知っている。

 だからこそ、最後のこの宴に最高の笑顔を並べてくれるのだ。


「流石です、メリッサ姉さん! ささ、寿司を食べてください! 寿司を!」

「炭水化物も大事です、姉様! スパゲティはナポリタンもミートソースも、カルボナーラもあります。このハバネロ百倍タバスコをかければ元気百倍!」

「同志メリッサ、熱いボルシチを食べるのが、それがハラショー! さあさあ、さあさあさあさあ!」

「フッ、われが酒を注いでやろう……勝利の美酒とならんことを願ってな」

「メリッサ、オレのパンも、食べる……バターもマーガリンも、沢山、ある」

「ガンちゃんよせ! そりゃバターじゃねえ! 焼肉用のラードだ!」


 あっという間に御馳走攻めにあい、飲んでも飲んでも次々と誰かが杯を満たしてくる。メリッサの回りに、二十人以上の姉妹が集結していた。

 その笑顔に笑みを返して、ふと振り返ると……そこには酒瓶を持ったピー子がいた。

 彼女を見た妹達の誰もが、驚きの声をあげる。


「ありゃ? ピーコ姉ぇ、その頭……」

「えっ? それって」

「うん、ウォー子のやつだ」


 ピー子の額には今、いつもの女神像の代わりに、悪魔像が飾られている。彼女の本来の女神像は、ウォージオンのウォー子に成り果て、マスター・ピース・プログラムにクラッキングされた妹が持ち去ってしまったのだ。

 そう、妹も同然だと思っていた。

 カーバンクルに生み出されながら、メリッサになついてくれた少女……ウォーバットのウォー子。その純真無垢で無邪気な心は今、完全にマスター・ピース・プログラムに乗っ取られてしまった。


「メリッサ姉様、これは私の決意。ウォー子が残した悪魔を今、あえてかかげて私は戦います。奪われた女神と一緒に、本当のウォー子を取り戻すために」


 白亜の装甲を身にまとう、ピージオンのピー子。その額に金色の輝きを放っていた女神像は、奪われた。代わって今は、漆黒の悪魔像が睨みを効かせている。

 だが、彼女はいつもの穏やかな笑みで、妹達に力強く頷いてくれた。

 すかさず妹達は、我先にとピー子に殺到した。


「うおおおおっ! 流石です姉上! 流石としか!」

「もーっ、ピー子姉ぇ、気負い過ぎ! ちょっと、いい? グラン姉様!」

「わかってます、メディ子。みんなでピー子姉様を、決戦の地へ!」

「二人の戦いは、あたし達が誰にも邪魔させない! もーっ、大船に乗った気でいてよー、わははははは!」

「アイリ……また調子に乗ってる。うう、双子の妹として恥ずかしい……」


 賑やかな宴の中で、笑いが笑いを連鎖させてゆく。

 明日にはもう、この笑顔を胸にしまって戦わなければならない。

 そう思っていると、おずおずとアルジェントが隣にやってきた。


「ん、どしたの? アルジェントも、飲む?」

「あ、いえ……私はお酒は。それより」

「どうしたの、アルジェント」


 アルジェントは背後を、その先の闇を見上げる。

 そこには、全高1mを超える巨大な影が屹立きつりつしていた。

 それは、エンジェロイド・デバイスの第二弾、第三段に付属するボーナスパーツを組み上げた、アルジェントの本当の姿……彼女の最強にして最大の力だ。

 その名は、

 あのサンダー・チャイルドのそのままダウンサイジングしたような、その威容と迫力だけはそのままの巨大なプラモデルだ。だが、その右手は肩から下が大きく欠けている。

 シュン達の妨害にあって、永遠に失われたパーツが数多くあるのだ。

 最後の切り札とも言える決戦兵器は、未完の最終兵器となってしまった。

 だが、メリッサは不安そうなアルジェントの頭を撫でる。


「大丈夫だよ、アルジェント。思い出してご覧……私達が守るリジャスト・グリッターズのパイロット達は、いつも不利な条件の中で戦い、勝利してきた」

「メリッサ姉様……」


 ズィルバーには欠けたパーツがあって、それは右腕に集中している。完成すれば驚異的な装甲、そして火力と突破力を得る鋼の歩行戦艦……アルジェントが操縦するそれは、まさしく小さなサンダー・チャイルドだ。

 だが、その完全な姿はもう得られなくなってしまった。

 トゥルーデやシンといった、妹達の散り際をメリッサは忘れない。

 彼女達と共に、シュンに破壊されたボーナスパーツは戻ってはこない。ヴァルちゃんの構築の力とて、万能ではないのだ。


「大丈夫だよ、アルジェント。君のズィルバーは私達の切り札、それは変わらないさ」

「でも、メリッサ姉様」

「私達はさ、ボーナスパーツを守りたかったんじゃない……それを持たされた、妹達を守りたかったんだ。でも、全員を救えなかった。助けられなかった」


 この場にいない妹達は皆、胸の奥に去ってしまった。永遠に思い出になってしまったのだ。そして、巨悪を打ち倒したあとは……メリッサもそこへと消えてゆく運命である。

 だが、ここに改めて誓って、メリッサは杯を乾かす。

 カーバンクルの野望を打ち砕くまで、絶対に負けたままでは終わらないと。

 そんなメリッサに、妹達は我先にと酒のボトルを向けてくるのだった。

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