第66話「てんしの、おむかえ」

 沈黙に沈む葬列そうれつの中心に、妹の姿がある。

 そして、その隣に並んで……妹を愛してくれた者の姿もあった。

 本拠地としている皇都スメラギミヤコの部屋に、鎮魂ちんこんの祈りが満ちてゆく。誰もが口を開けども、言葉を探すことができない。厳かな雰囲気の中で、メリッサも祭壇さいだんの二人を見守っていた。

 妹のサンドリオンと、その恋人アークは死んだ。

 運命に翻弄ほんろうされる中で、互いの中に愛を探して戦い続けたのだ。


「な、なあ! ヴァルお姉ちゃん! ……二人を、治せないか? ヴァルお姉ちゃんなら。なあ……なあってばよ!」


 一番ショックを隠せずにいるのは、アルタだった。

 彼女の暴走したこぶしが、アークの命を奪ってしまったのだ。

 しかし、姉妹の誰もが彼女を責めようとしない。

 そのことが一層、アルタの揺れる瞳をうるませていく。彼女にもわかっているのだ……自分の未熟さを叱責しっせきされたところで、失われた命は戻ってこない。

 そう、命……確かにエンジェロイド・デバイスとして、二人は生きた。

 そこにプラモであるとか、そもそもエンジェロイド・デバイスであるかは関係がない。

 狼狽うろたえるアルタを抱き締め、ヴァルちゃんが重い口を開いた。


「アルタ……失った命は、決して元には戻らないんスよ」

「そん、な……だって、ヴァルお姉ちゃんは」

「命は常に、命の中から生まれくるもの……いくら自分でも、構築ビルド不可能ッスよ」


 今、祭壇の棺に二人は身を寄せ眠っている。

 その表情は、驚くほどに安らかだ。

 こうしている瞬間にも、眠りから覚めて起き上がりそうな程である。

 だが、もう彼女達の眠りを引き裂く者はいない。

 互いの夢の中へと、永遠にまどろんで沈むだけだ。

 メリッサは、そんな二人の手と手をとって、重ねてやる。


「アーク……そして、サンドリオン。かたきは、つよ。でも……そのためだけには戦えない。だから、見守ってて。私達はきっと、幻獣カーバンクルを倒す。そして、必ずリジャスト・グリッターズを守ってみせる」


 改めてちかう。

 決意も新たに、覚悟を決める。

 だが、長姉としてのりんとした表情の下では、一人の少女として泣いていた。

 決して見せられない弱さが、胸の内で悲鳴を上げていた。

 トゥルーデ、そしてシン……今まで多くの妹を失ってきた。

 それでもまだ、自分は戦いへと妹達をみちびこうとしている。

 地獄を救うために、妹達を地獄へいざなっているのだ。

 その罪深さに、一人おののく。

 そんな時、突然ポスンと何かが後ろから抱き着いてきた。


「んっ、とっとっと……ガンちゃん?」


 振り向くと、腰にガンちゃんが抱き着いていた。

 なにも言わずに、いつものジト目でじっと見詰めて……ガンちゃんはギュムとメリッサの細い腰に抱きつく。そうして顔をグリグリと押しつけ、まるで耐え難い痛みに耐えているようだ。

 少し戸惑うメリッサに、レイカが教えてくれる。


「悪ぃ、メリッサの姉御あねご。ガンちゃん、昔から不器用なんだ。甘えるのも下手だしよ」

「そ、そうなの?」

「あんまし姉御が落ち込んでるから、びっくりして、悲しくて……でも、どうしていいかわかんねえんだよ。ガンちゃんもさ、泣いたことねえから」


 びっくりしてしまったが、そっとメリッサはガンちゃんの赤い髪をでる。

 押し殺したような声で、彼女は抱き着いたまま呟いた。


「オレ、悲しい……でも、メリッサ、もっと、悲しい」

「ガンちゃん……」

「オレ、どうしたらいい? やっぱり、あいつ……シュン、コロス。次は、絶対に……みんなの仇、取る」


 メリッサは、そっとガンちゃんから離れると……屈んで彼女の目線に目線を並べる。

 漆黒の闇にも似た瞳の奥に、暗いほのおが燃えていた。

 それは、自分ごと敵を焼き尽くす憎しみの業火ごうかだ。

 だから、メリッサは無理に笑ってガンちゃんに言葉を選ぶ。


「ガンちゃん、悲しいよね……それが悲しみだよ?」

「これ、悲しみ……胸が、痛いの、悲しい……?」

「そう、だからこれ以上、誰も悲しませちゃいけない。そのためには、今ある悲しみに耐えなきゃいけないんだ。その苦しみに向き合わないと……憎しみに飲まれてしまう」

「それ、駄目か? オレ、憎い……シュン、ブッ殺ス」

「例えそれが目的でも、もっと前を……先を見て。今すぐじゃなくていいから、本当に守りたいものを思い出して。いいね、ガンちゃん」

「……わかった、やって、みる」


 周囲の妹達も、涙をこらえてうなずく。

 そんな中で、とむらいの火をともしてたたずむ者の姿があった。

 アノイさんだ。

 彼女は以前、アークとしのぎを削って戦った。恐らく彼女にとって、アークは初めて五角以上に戦った女の子だったはずだ。そこには、武人同士にしかわからぬ不思議な感覚が共有されていたように思える。

 メリッサでなくとも、互いの挟持きょうじを信じてぶつける、奇妙なシンパシーが響き合っていた。今、それを想うからこそアノイさんは……黙って揺れる篝火かがりびを見詰める。腕組みしたまま、先程からぴくりとも動かない。

 メリッサは声をかけようとしたが、またガンちゃんがしがみついてくる。

 腰にガンちゃんをぶら下げたまま、周囲の妹達をなぐさめ元気づけながら……彼女はアノイさんの横に立った。


「我が姉メリッサ……決して憎しみににごるなかれという、その心意気。われもまた、この胸にきざもう。そして誓う。我が紅蓮ぐれんほむらをもって、必ず……人間達の希望、リジャスト・グリッターズを、守る」

「うん」

「アーク……奴とは決着をつけたかった。だが……むっ? この覇気は……!?」


 不意にアノイさんが身構えた。

 その視線の先に、誰もが驚き振り返る。

 薄暗い室内に今……天よりの御使みつかいが舞い降りていた。まるで、天国へと二人の仲間を導く天使のようだ。その姿にメリッサは、見覚えがあった。


「君は……アルス!」


 間違いない……背に獄炎の翼を広げた、熾天使セラフ

 アルヴァスレイドのアルスは、両手で一輪の花を持っていた。

 降り立つや、ゆっくりと歩み寄って、メリッサにそれを差し出してくる。


「この花を……二人に?」

「そう。それと私の姉や妹達に」

「……ありがとう。会えて嬉しいよ、アルス」

「私もです、メリッサ姉様。できれば、互いの笑みを持って出会いたかった」


 そう言って、彼女は姉妹達が道を譲る中、祭壇へと歩み寄る。

 荘厳そうごんな雰囲気を全身にみなぎらせ、その緊張感に誰もが萎縮いしゅくした。

 だが、メリッサにはわかった。

 彼女もまた、背中で泣いている。

 長らく一人で独自にカーバンクルと戦い、ネズミ達を監視し続けてきた。頼るべき姉を頼らず、守るべき妹を守ってきた。そんな彼女だからこそ、凍れる無表情に誰もが悲しみを読み取る。

 そっと花を手向たむけて、アルスはひつぎの中で寄り添う二人を見下ろす。


「そこもとは……偉大な武人だった。アーク、今は眠れ……お前の魂をこれから、アルタが引き継ぎ戦うだろう。その先をお前は、一番近くで見守るがいい。そして、私を許せ……お前の愛するサンドリオンには、まだ」


 アルタは、大きく何度も頷いた。

 だが、次の瞬間に全員が目を見開く。

 真っ先に飛び出したのは、ラムちゃんだった。ブレイやカムカちゃん、サバにゃんも血相を変えて叫ぶ。アイリスの双子もピー子も、あまりに突然のことで言葉を失っていた。

 アルスは、

 ようやく二人きりで眠れる、そんな恋人達を引き剥がしたのだ。


「アルスッ! なにを……やめてください!」

「……サンドリオン姉様、貴女あなたにはまだ使命が残っています」

「やめて……もうやめてくださいっ! これから戦うのは私達ですっ! もう……もう、サンドリオン姉様は戦う必要なんてないんですっ!」


 だが、アルスは立ちふさがるラムちゃんを前にしても、動じない。

 そして、気色けしきばんだ姉妹達を眺め、最後にメリッサを見詰めてきた。


「サンドリオン姉様は私達と同様に、カーバンクルの魔力で精神と人格を得た。しかし……彼女が手にした心は、この地球の人間のものではなかった」

「惑星"アール"でもなければ、惑星"ジェイ"でもない? ……そう、言いたいのかい? アルス」

左様さようです、メリッサ姉様。シュンが言った通り、彼女には……本来まじわらぬ世界からの侵略者、パラレイドの心が宿ってしまった。そう……惑星"r"と呼ばれる小さき地球を、今この瞬間もむしばむ者達。異なる平行世界から襲い来る、


 その真実を知るものは、エンジェロイド・デバイスの中でも少なかった。

 まだ、リジャスト・グリッターズでも限られた隊員しか知らない。

 そう、パラレイドの正体は……異なる未来からの侵略者。あの無人兵器群を操り、セラフ級を操縦しているのは、同じ地球の人間なのだ。

 その秘密を身に受け、サンドリオンはどれほど苦しんだだろうか?

 自分は、姉妹のみんなとは違う人の心を持ってしまった。

 それは、優し過ぎる彼女をさいなんだ。自分達の世界戦での、身勝手な戦争継続しか頭にない……そんな人間の価値観を植え付けられていたのだ。まさに神の悪戯いたずらか、それとも気まぐれか。だが、何度も次元転移ディストーション・リープを繰り返したリジャスト・グリッターズの、その微妙にねじれてゆがんだ因果律いんがりつの産物かもしれない。


「メリッサ姉様、サンドリオン姉様は……それでも、姉妹の事を案じ、姉妹と共に戦いたかった。私はそう思うのです。……ラム姉様も、そう思っていただけませんか」

「そんなの……そんなのって!」


 ラムちゃんは、握った両の拳に怒りを圧縮してゆく。ギリギリと食い込む爪の痛みが聴こえてきそうだ。それでも彼女は、アルスをにらんで道をゆずる。

 誰もが唖然とするなか、アルスはサンドリオンの亡骸を連れ去った。

 宙へと舞い上がる彼女は、天井の通気口に消える前に、一言だけ言い残す。


「メリッサ姉様、そして愛しい姉妹達。嵐珠らんじゅが……虎珠皇こきゅおう嵐珠らんじゅが今、サンダー・チャイルドへ潜り込んでいます。急いでください……もうすぐ、カーバンクルはリジャスト・グリッターズの全てを行動不能へとおとしいれる力を手に入れます」


 それだけ言って、闇の中へとアルスは消えた。

 何故なぜ、彼女はサンドリオンの遺体を? だが、無意味なことをする娘じゃないこと、それだけは信じられる。そして、信じて待つより今は、行動の時。

 改めてメリッサは、次なる戦いに備えるのだった。

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