第63話「メリッサのいかり、たけるいし」

 新たな戦いへ向けて、メリッサは走る。

 マスター・ピース・プログラムから妹のピー子を取り戻したが、今度はうみちゃん達が苦戦中だ。しかも、その相手はあのアークである。

 事情があって、アークは幻獣カーバンクルに従っている。

 だが、サンドリオンと共にメリッサ達を助けてくれたのも事実だ。


「アーク……きっと君は、サンドリオンのことで!」


 レッグスライダーがうなりをあげて、真夜中の艦内を疾駆しっくする。

 急ぐメリッサと妹達を、黒い影が無数に追尾してきた。一糸乱れぬ統制は、まるで意思を持たぬ操り人形マリオネット……悪意と害意の糸でおどる、冷酷な殺戮マシーンだ。

 ステーギアの大軍に囲まれながらも、メリッサがヴァイブレードを振るう。

 先生ことカドやんも、必殺の居合いあいでヴァルちゃんを守っていた。

 だが、数が多い。

 満身創痍まんしんそういのピー子は、カムカちゃんとサバにゃんが守っているから安心だが……急げば急ぐ程に、漆黒の影はまとわりついて離れなかった。


「くっ、キリがない……突破口が開ければ……ッ!?」


 視界がどんどん、黒い闇に閉ざされてゆく。

 その中を、汚れなき純白の翼が突き抜けた。

 羽撃はばた飛竜りゅうの起こす風が、無数の乱撃を散りばめてゆく。真っ直ぐ、メリッサの向かう先へと闇を貫き、その光は振り返った。

 両手にソードブレイカーを構えた、ラティだ。


「メリッサ姉様! ここは私が! 行ってください!」

「ラティ!? ラムちゃんは」

「ラム姉様が、私にメリッサ姉様の道を切り開くよう、言ってくれました! ラム姉様は今、あのブラフマと戦ってます。私もすぐに……でも、それはメリッサ姉様を無事に送り出してから!」


 またたく間に、ステーギア達の標的がラティになった。

 無数の殺意を注がれて尚も、飛竜の魂を身に招いて彼女は飛ぶ。

 メリッサが脚を止め、腰のアサルトライフルを手にしたその時だった。すぐ隣でカドやんが、そっと手を銃身に当ててくる。無言の瞳は、首を小さく横に振っていた。


「カドやん……ラティを助けず、先に行けってこと?」


 カドやんは黙ってうなずいた。

 そして、白木鞘しらきざやの刀を手に背を向ける。

 背後にはもう、別のステーギア達が迫っていた。

 ヴァルちゃんも魔生機甲設計書ビルモアを開くと、その場に留まり肩越しに振り返った。


「メリッサ姉さん、行くッスよ! ラティが切り開いた道は、自分と先生が守るッス!」

「でも!」

「この展開は、今に始まったことじゃないスよ……自分達はメリッサ姉さんの妹だから、姉妹のためなら頑張れるッス! さあ、久々にデカいの構築ビルドするッスよぉ!」


 躊躇ためらい、戸惑とまどい、そして一瞬立ち止まる。

 それでもメリッサは、全てを吹っ切るように再度走り出した。

 妹達の奮戦と献身にむくいるには、自分が歩みを止めてはいけない。

 姉妹は姉のために戦い、妹を守る。

 誰もがそうして、リジャスト・グリッターズを守ると決めたのだ。


「ごめん、みんなっ!」


 包囲を突破したメリッサは、振り返らずに加速してゆく。

 後ろ髪を引かれる思いに、胸が締め付けられるようだ。

 だが、立ち止まれない……引き返せない。

 皆の想いをたくされたからには、メリッサは進むしかないのだ。


「こっちの近道を……!」


 廊下から壁へと垂直に駆け上がって、通風孔へと飛び込む。

 間一髪で、今までメリッサが走っていた通路に誰かがやってきた。


「そういや最近、ちょこちょこ艦内の物資や食料が消えるんだよな」

「あっ、ミスリル! お前もそう思うか?」

「僕は菓子や茶葉を中心に、細々とな。佐助サスケは?」

「よく文房具のたぐいが消えるよ。それと、やっぱり食べ物と、あとは」

「艦内の避難民達からも、同じ話が出てるみたいだ」


 あっという間に、少年達の声が遠ざかる。

 やはり、徐々にカーバンクルとネズミ達の勢力は広がっている。そして、残された時間は多くはない。誰にも知られず、エンジェロイド・デバイスしか知らない小さな侵略……その跳梁ちょうりょうを決して許してはおけないのだ。


「見えた、あの先……うみちゃん、みんな! 待ってて!」


 光の中へと飛び出す。

 すぐにネズミ達の槍衾やりぶすまが出迎えてくれた。

 無数の群れなすネズミは、皆が防具を身に着け武器を握っている。槍やおのを手にして、後方には弓や銃を持つ一団も見受けられた。

 そして……ネズミ達の包囲の中心に、妹達がいた。

 皆が傷付き、倒れ……最後の一人がくびりあげられている。

 片手で妹を吊るす戦鬼オーガが、メリッサの絶叫に振り返った。


「うみちゃん! みんなも!」

「来たか、メリッサ……幕を引くぞ。お前達姉妹との、終劇フィナーレの幕をな」


 ぐったりとしたうみちゃんを放り捨てたのは、アークだ。

 彼女は一人で、うみちゃん達を蹴散らした。その身は傷付き、アーマーパーツも無数にひび割れている。一目で妹達の奮戦が見て取れた。

 あのアークの本気を相手に、奮闘したのだ。

 そして、アークの周囲に散らばり倒れる妹達の戦いは、終わってはいない。


「勇者はっ、負けない! くじけないっ! ……あきらめ、ないっ!」


 剣を杖代わりに、よろけながらもブレイが立ち上がった。

 他の妹達も、身動きできぬ程のダメージの中でアークをにらんだ。誰もが今、唯一立ったブレイを視線で支えて、自分も起き上がろうと藻掻もが足掻あがく。

 そして、駆け寄るメリッサの前で決着が訪れた。

 アークは手にした長大な剣で、よたつきながらも走るブレイに向き直る。


「やめろ……よせっ、アーク! ブレイも、やめるんだ……これ以上はっ!」


 メリッサの悲痛な叫びが、強者と勇者を勝利と敗北へかつ。

 ブレイが剣を構えるのを待って、アークは無慈悲な一太刀を浴びせた。

 翡翠色みどりに輝くブレイのアーマーパーツが、木っ端微塵に砕け散る。そのまま彼女は、錐揉み吹き飛んだ。何度も地面にバウンドして、大きな轍を刻みながら動かなくなる。

 すかさず群がろうとするネズミを蹴散らし、メリッサは急いで駆け寄りブレイを抱き上げた。


「ブレイ! しっかりして、ブレイ!」

「……姉、上? お、おお……姉上、っ、があっ!」

「喋っちゃ駄目、ブレイ。今すぐヴァルちゃんのところへ」

「い、いえ……私、は……まだ、皆を……妹を、守ら、なけ、れば」

「わかってる……わかってるよ、ブレイ! 私も一緒だから。私も同じ気持ち、妹達を残らずみんな、必ず守るから!」

「……流石さすが、です……姉上」


 幸い、ブレイはまだ息がある。

 皮肉にも、それはカーバンクルの魔力の余波で宿った、偽りの命だ。

 だが、その息遣い、その鼓動……全てがメリッサの守るべきもの。

 そして、共にリジャスト・グリッターズを守るとちかった仲間の全てだ。


「……アーク。何があったの? ……いや、何かあった。そうだと、思う、けど」


 震える全身が熱い。

 たける怒りに燃え上がり、己を焼き尽くすかのような錯覚。

 ゆっくりブレイを横たえ、立ち上がるなりメリッサは振り返った。

 アークはただ、平然と言葉を返してくる。


「我が道は常に修羅の道……これでよかったのだ」

「これでよかった? 何が……何がいいっていうんだ、アークッ! 君にも大事な人がいた、そういう人ができた筈だ!」

「……フッ、知らんな。メリッサ、もしそうなら……それは我の弱さとなる!」

「アークゥゥゥゥッ!」


 ――抜刀。

 神速の抜き打ちが光となる。

 メリッサの斬撃に、ヴァイブレードが唸りをあげた。

 高速で振動する刃が金切り声を歌って、アークの太刀にぶつかり火花を上げる。

 怒りに燃えながらも、メリッサは冷静にアークを見詰める。

 自分の顔が移るアークもまた、メリッサの中に自分を見出していた。

 互いに相手だけを見て、離れては駆けて跳び、幾度も光の筋が交錯こうさくする。互いを食い合う地上の流星となって、二人は決まれば一瞬の戦いを続けた。


「また強くなったな、メリッサァ!」

「強さなんか……力なんかでは!」

「そう言えるのも、強さ! ならばオレは、それを超える強さを――」

「黙れ! その言葉をっ、飲み込めぇぇぇっ!」


 決然とした怒りに全身が発火したかのようだ。

 煮え滾るいきどおりに震えて、メリッサの全身が躍動する。

 激昂の中で尚も、冴え渡る剣には心が、魂が宿っていた。

 そして、それは静かに燃えるアークも同じ。

 激しく鍔迫つばぜり合う中、不意に哄笑こうしょうが響いた。

 その声は、メリッサとアークに上を見上げさせる。


「やってるなあ、アハハハッ! ……アーク、手ぬるいんじゃない? そんなんじゃ……メリッサは殺せない、壊せないよ? さあ……本気で戦えっ! でないと……フフフッ!」


 そこには、あのグラスヒールを肩に担いだシュンが見下ろしている。

 そのギラついた瞳には、狂気をはらんだ残虐な輝きがともっていた。

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