第62話「はらんはつづくよ、どこまでも」

 一つの戦いが、終わった。

 そして、一人の少女が犠牲になった。

 それは、決して数で大小を数えてはいけない者……かけがえのない仲間だった。


「これから妹に、妹みたいにって……思ってたのに」


 メリッサは、ウォー子が飛び去った先を再度振り返る。

 ウォーバットのウォー子は、幻獣げんじゅうカーバンクルに造られた偽りの操り人形マリオネットだ。だが、彼女は戦うことが純粋に好きな、無邪気な女の子だった。メリッサが言って聞かせれば、理解も納得もしなかったが、ずっと懐いてついてきたのだ。

 そんな彼女は、マスター・ピース・プログラムに乗っ取られた。

 へと豹変してしまったのだ。


「メリッサ姉様……私、大変なことをしてしまいました。妹達に、何より姉様方になんておわびびしていいか……」


 ピー子は、ウォー子が捨てていった悪魔像を両手で抱いて、うつむいている。

 普段の優しげな表情、清楚せいそ可憐かれんな姿はそこにはない。

 だが、メリッサはそんな彼女をそっと抱き寄せた。


「おかえり、ピー子。何も謝ることなんかないよ……それに、つぐなうなら私も、みんなも一緒だよっ! ほら、見て……アイリスの双子も無事に帰ってきたんだから」


 メリッサは、ピー子を元気付けながら振り向かせる。

 その視線の先では、ようやく自由になったアイリスの双子が、妹達と再会していた。

 アイリはカムカちゃんの手に手をとって、互いに取り戻した空を見上げて笑う。


「カムカちゃん! 脚、治ったんだね……ししし、かっけーよ! うん!」

「前より推力もあがってますし、取り回しもそこまで悪くないです。私……また、姉様たちと飛べます」

「おうっ! アタシも飛ぶよ……みんなでカーバンクル、やっつけよー!」


 あきれ顔のリースも、今日はなんだか苦笑が優しげだ。

 そして、サバにゃんやラムちゃん、そしてラティやカドやんも集まり出した。皆、決戦のささやかな勝利に安堵している。同時に、ウォー子のことに胸を痛めてくれている。

 笑顔の妹達の、その心の奥がメリッサにはすぐに知れた。

 皆、素直ないい子なのだ。

 だからこそ、自らの手で終わらせなければいけない。

 マスター達のため、このふねのため……リジャスト・グリッターズのために、カーバンクルの野望を打ち砕かねばならない。例え、カーバンクルが討たれて魔力が消え、その余波で心と自我を得ているメリッサ達が消えても……決して後悔は、しない。


「ね、ピー子。ほら、涙を拭いて……君が戻ってきてくれて、みんなも嬉しいんだ。もちろん、私も」

「メリッサ姉様……でも」

「一緒にウォー子をとりもどそう? 今日の戦いで、マスター・ピース・プログラムのことも少しわかった。アレは、強力なクラック能力と同時に、恐ろしい力を持ってる」

「はい……マスター・ピース・プログラムの最も恐ろしい力、それはエゴ」

「うん。奴は強さを求め、自分のうつわ相応ふさわしい肉体をクラックして乗っ取る。確かに、ピー子よりはカーバンクルに造られたウォー子の方が、純粋な戦闘力は上だと思うから」


 ピー子は大きく頷いた。

 そして、ようやく彼女はぎこちなく笑う。

 額の女神像を失っても、メリッサの妹は全員がそうであるように、強い。心の強さが今、無理にでも彼女を微笑ませているのだ。

 だから、メリッサは改めて戦いを決意する。

 いつか、本当に心から笑うために。

 そうこうしていると、背後で声がする。


「メリッサ姉様、遅参御容赦ちさんごようしゃを……このトレア、遅くなったことを、ティアさんの分もお詫び申し上げます。ごめんなさい」

「ちょ、ちょっと! トレアさん? わたくしは自分で謝りますっ! メリッサ姉様、そして他の皆様も。合流が遅れたこと、ごめんあそばせ!」

「全部ティアさんのせいなんです」

「そう、わたくしの……って、トレアさん!? 何を」

「嘘です! 半分くらいは。確かにティアさんがアレコレ支度に手間取ったので、馳せ参じるのが遅くなりました。でも、なんとか間に合ったようで、よかった」


 もの凄いマイペースっぷりだ。

 どこか、フランベルジュの三姉妹、特にフランをメリッサは思い出す。

 トレアは、典雅てんが微笑ほほえみを浮かべているが、確固たる意志の強さを感じさせる知的な顔立ちだ。そして、頑固者がんこものを無言で語る太い眉毛まゆげ

 対して、縦巻きロールのティアは先程から振り回されっぱなしだ。


「ありがとう、トレア。そして、ティアも。遅かったけど、遅過ぎはしなかったよ」

「はい。そして、これからはメリッサ姉様達と一緒に戦います」

「ええ! わたくしの力で、カーバンクルを排除して差し上げてよっ!」


 ちょっと心配だ。

 だが、二人はアイリスの双子と同様に、コンビネーション戦闘を重視して造られたエンジェロイド・デバイスである。そして、まだ秘密があるらしいが……今は、無事に合流できたことに安堵あんどの気持ちが込み上げる。

 そして、彼女達二人から事情が語られた。

 他の妹達も、集まって話を聞く。


「私達は、妹の嵐珠らんじゅと共に地下に潜っていました。文字通り、ドリルで」

「嵐珠……虎珠皇こじゅおうのNo.029、嵐珠だね」


 サバにゃんがメリッサの言葉に、指を折り始める。

 すかさず、ラムちゃんの腕に抱きつくラティが「私がNo.030です!」とハキハキ喋った。もうすぐ、第三弾の十人も出揃いそうである。

 総勢三十人、これがメリッサと姉妹達の全てだ。

 二度と帰らぬ者、今持って行方不明の者……そして、まだ見ぬ妹達。

 全ての力を束ねて紡ぎ、悪を討つのだ。


「ん? どしたの、カドやん」


 不意に、メリッサの肩をちょんちょんとカドやんが指で突いた。彼女はバイザーを少し上げて、ん、とあごで向こうをしゃくる。

 見れば、ヴァルちゃんが大急ぎで走ってくるのが見えた。

 彼女は皆の前まで来て、まるで人間のように両膝へ手を突いた。

 そうして空気をむさぼり呼吸を落ち着けると……ニヘラと笑って顔をあげた。


「ハァ、ハァ……ピー子姉さん、戻ってきたスね! んで、そっちはトレアとティア、略してトレティアコンビ」

「ちょっと! ヴァル姉様? どうしてではなく、なんでして? おかしいですわ!」

「ごきげんよう、ヴァル姉様。いつもティアさんがすみません」


 グヌヌ、となるティアに、自然と皆が笑顔になった。

 やはりトレアは、どてらい根性をしているようだ。

 だが、ヴァルちゃんは気持ちを落ち着かせると、皆に衝撃の事実を語る。


「ごめんッス! ブレイ姉さんの方がやばいんスよ!」

「ッ!? ブレイ達が? 確か、今あっちは」

「うみ姉さんが指揮を取って、ネズミ達と戦ってるッス。でも……アークが今、暴れてるんスよ」

「アークが? なら、話せばわかるはず! アークは……あの人は敵じゃない。何か事情があるんだ。それに、アルタの行方を知ってるかもしれない」


 Gアークを下に造られた、真道歩駆シンドウアルクのためのエンジェロイド・デバイス……正確には、エンジェロイド・デバイスと全く同じ規格で造られた、圧倒的スペックを誇るハイエンドモデルのプラモである。

 織田竜花オダリュウカが作ったもので、渋々歩駆は部屋に置いているようだ。

 そのアークは、カーバンクルの下で戦っている。

 何か理由があると思いたい。

 そして、それはメリッサの妹であるサンドリオンと関係があるらしいのだ。


「よしっ、みんなでうみちゃん達を助けにいこう!」


 メリッサの言葉に、誰もが頷く。

 だが、数で勝るカーバンクルの軍勢は、既にメリッサ達にも迫っていた。

 突如として、暗く透き通った声が響き渡る。


「その必要はない……メリッサ、そしてエンジェロイド・デバイス達よ。お前達にはここでこのまま、死んでもらう」


 不意に周囲に気配なき殺意が満ちていった。

 黒き傀儡くぐつの兵士、ステーギアの大軍である。

 そして、その中から黒き乙女が歩み出た。


「私はブラフマ……一つ、お手合わせ願いたい。無様を見せれば、我が剣のつゆと消えてもらう」

「くっ、こんな時に!」


 だが、腰の剣を抜こうとしたブラフマは、不意に飛び退き身構える。

 彼女が今まで立っていた場所に、着弾の煙が衝撃音と共に舞い上がった。

 狙撃用のライフルを撃ったのは、ラムちゃんだ。


「メリッサ姉様! 行ってください!」

「でも、この数……それにブラフマは只者ただものじゃない」

「……あれを、使います。ゾーンの力を使いこなせば」

「ラムちゃん!」


 問答している余裕はない。

 すでにステーギアは、一糸乱れぬ統制で包囲しつつある。

 だが、ラムちゃんは不思議と静かな闘志をそよがせ笑った。


「大丈夫です。もう、一人じゃないですから……ね、ラティ? 私が暴走しかけたら、フォローしてください。二人でメリッサ姉様の道を切り開きます!」

「は、はいっ! 嬉しい……ラム姉様! 私、頑張りまぴゅ!」


 またんだ。

 だが、ラティはソードブレイカーを抜き放つや、翼を広げて舞い上がる。黒い津波の中へと、純白の飛竜が飛び立った。

 そして、ラムちゃんも迷彩用のマントを脱いで疾走る。

 彼女がたなびかせるボロ布は、ビームを打ち消すひょーちゃんのアンチビーム用クロークだ。

 意を決して、メリッサは逆方向へと駆け出した。

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