第60話「はいいろの、まよい」
暗い通風口の中を、
先へと急ぐメリッサは、闇の中で目を凝らす。
先導してくれるメディ子の背は、もう見えない。以前よりもさらに、彼女の機動力は上がっているようだ。メディ子だけではない、あとに続くラムちゃん達も、以前よりずっと強く感じる。
自分がいない間の成長が、彼女達を強くしたのだ。
「みんな、頑張ってくれたんだ。私も期待に応えなきゃ」
自然と気合が入る。
そして、突然広大な空間へとメリッサは飛び出した。
通風口を降りた先に、無数の光が
どうやらこの場所は、一番艦コスモフリートの洗濯室だ。
無数のドラム型洗濯機は、どれも密閉式で宇宙地上を問わず使用可能である。だが、セットの大きな乾燥機と一緒に、今は沈黙している。
昼も夜もない戦闘艦だが、今は生活班の姿はなかった。
「メリッサお姉ちゃん! こっち! さあ、行くわよっ!」
メディ子が光の尾を引き馳せる。
天井狭しと加速する彼女の行く先に……不気味な影が浮かんでいた。
以前の優しげな笑顔が、見る影もないその姿に驚く。
思わずメリッサは叫んだ。
「ピー子! 私だよ、メリッサだよ……帰ってきたから、君も帰っておいで!」
だが、返事の代わりに銃弾が叩きつけられる。
ピー子の
後続のラムちゃんやラティ、そしてカドやんやウォー子も警戒しながら身構える。
そして、妹達は苦戦しながらもピー子をまずは無力化しようとしていた。
「
「ええ、では……こちらも本気で行きましょう!」
サバにゃんとカムカちゃんが、陸と空とから火線を集中させる。
しかし、分厚い弾幕の中をピー子はゆらゆらと
ピー子だけではない……死を呼ぶ
アサルトライフルを構えながら、思わずメリッサは叫ぶ。
「アイリ! リースも! やめるんだ……マスター・ピース・プログラムに負けちゃ、駄目だよっ!」
姉の声は今、妹達に届かない。
ピー子を乗っ取ったマスター・ピース・プログラムは、
もともと空中からのコンビネーション戦闘に特化した、アイリスの双子。
息のピッタリ合った攻撃は、まるで今は精密機械のようだ。そして、冷たい殺意がビームとなって迸る。
「メリッサ姉様、私が突っ込みます! ……双子の姉様に、空を取り戻させたいんです!」
「待って、カムカちゃん! くっ」
「メリッサ姉様、私がフォローを……来てっ、アルマースパック!」
ラムちゃんが洗濯機の上へと駆け上がる。
同時に、カムカちゃんが両脚の変わりにつけたブースターを輝かせた。爆発的な加速で、
一度は空を、両脚と共に失ったカムカちゃん。
そのことが、アイリの心をも折ってしまった。
だが、戦いの恐怖に負けたアイリは、負けたままで終わる妹じゃなかった。そして、それを信じて待ったリースと共に、ラムちゃんを助けたという。
メリッサにとって、皆が誇れる妹達だ。
もう、誰一人として死なせない……その想いがレッグスライダーを加速させる。
「メルキュールさんっ、こっちです! ラティ、援護してもらえますか?」
「あいっ! ラム姉様はこのラティがお守りします!」
通風口から飛来したメルキュールから、バックパックが分離する。長い銃身の狙撃銃、ビームスナイパーライフルだ。
姿を隠して射撃位置へと移動するラムちゃん。
注意を引くように、ラティもソードブレーカーを抜き放つ。
「みんなのためにも……ラム姉様のためにもっ! あの三人を、止めます!」
見上げて走るメリッサは、心ばかりが焦れてゆく。
傍らを走るカドやんだけが、無言で
だが、数で優勢な
「こいつで看板だ! メディ子、弾ぁ持って来い! 弾ぁ!」
「もうっ、サバにゃんお姉ちゃん? こっちも忙し――ッ!? う、うそ、このスピード!?」
「クッ、速い……今の私でも追いつけないなんて」
「姉様方! 私が牽制します、その
ピー子はただただ、冷たい瞳で皆を見下ろしている。
そして、アイリとリースの精密な攻撃が、メリッサ達に反撃の余裕を与えない。圧倒的スピードで攻撃を続ける一人と一人は、足して十人、二十人以上の力を見せつけてきた。
マスター・ピース・プログラムによって完全に制御されているため、不気味なほどに噛み合った緻密な連携攻撃が続く。そして、ゆっくりとピー子がメリッサへと語りかけてきた。
「コマンド、
「ピー子っ! 待ってて……いつもの優しい君にしてあげるから。私は絶対に諦めない!」
姿を隠したラムちゃんからの、援護の狙撃が突き抜ける。
闇を切り裂くビームの光に、ゆらゆらと揺れながらピー子は完全な回避を見せた。もともとピー子は情報処理能力や状況把握能力が高く、それは今はマスター・ピース・プログラムによって極限まで強化されている。
ここは彼女が
だが、唯一のイレギュラーが絶叫を張り上げる。
「メリッサー、手こずってる? ねえねえ、あたしが……手伝って! あげっ! る!」
ウォー子だ。
彼女は、エンジェロイド・デバイスではない。
その手に巨大な光の剣を引き絞って、灰色に塗り替えられたウォー子が飛んだ。
あっという間に、アイリとリースの攻撃をかいくぐる。
すかさずアイリが、抜き放ったカーボンの剣にパナセア粒子の刃を
「んぎぎぎ……なによ、もうっ! あんたメリッサの妹なんでしょ!」
「殲滅……コマンド、殲滅。ネズミ駆除ノ障害ハ、コレヲ排除スル……」
「あーもぉ、ごめん! あやまったからね、ごめん! せー、のぉ!」
ウォー子はパワーでアイリを押し切る。
そうして、リースが放った射撃を速度で振り切ると……真っ直ぐピー子へと突っ込んだ。その背を援護するように、ラムちゃんの狙撃が冴え渡る。
意表を突いた突破力で、ウォー子が戦場をかき乱す。
本来いないはずの戦力、ピー子の中にデータのない存在が、綿密な計算の上に成り立つ戦場を壊していった。
「ピー子とかってのぉ、あたしも怒ってんだからね! そんなに、メリッサに、かわいがられて……ずるーいっ!
「クッ……コノ反応。カーバンクルノ存在ニ似テイル……排除!」
「あーもぉ、うっさーい! あたしもう、帰らない! メリッサの方が優しいし、メリッサの妹達はみんな頑張ってるもん!」
初めてウォー子が、得意のインレンジに飛び込んだ。
ウォー子は無表情のまま、弾丸を浴びせつつ大きく回避する。
今まで余裕だったのが、全力機動で
そして、メリッサも妹達も、その瞬間を見逃さなかった。
「同志カムカ姉ちゃん! あの
「承知しました……みんなで火力を集中して!」
最後の弾薬が火を吹いた。
真っ暗な部屋が眩い光に包まれる。
そして、メリッサは見た……ウォー子がE・クレイモアーを振りかぶって、一瞬
彼女は、手加減をしようとした。
したことがないのに、手加減を考えたのだ。
そして、その意味がわかってしまうからメリッサは叫ぶ。
「ウォー子、危ないっ!」
だが、遅かった。
僅か一秒にも満たぬ、一瞬の
メリッサとその妹達のために、全力でピー子を攻撃するのを彼女は
そして……その
「……
「あっ! 避けたっ!? んにゃろぉ! やっつけてメリッサに
「データ圧縮、移行……開始!」
「ひぎっ! あ、あがが……!?」
ウォー子の細い首を、ガシリと片手でピー子が
そして、信じられない光景にメリッサは言葉を失うのだった。
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