第59話「まよわず、すすむさきへ」

 メリッサ達の最後の戦いが始まる。

 それは、姉妹の誰にとっても不可避の別れと同じだ。

 幻獣カーバンクルが倒される時、エンジェロイド・デバイス達に宿った心も人格も消えてしまう。

 だが、それでいい。

 それだけのことで、平和が訪れるならば構わない。

 消え行く先にさえ、自分達をかわいがってくれた人達のためなら進めるのだ。


「我が姉メリッサよ、全ての展開が完了しておる……ワシに全て任せませい」


 今、メリッサの隣にはうみちゃんが笑っている。

 不敵ふてきな笑みだ。

 すぐ下の妹は、前髪で見えない瞳に強い輝きを灯している。それは、姉妹で一番の策略家、戦略家の顔だ。そして、メリッサが戻った今……彼女は再び前線に戻ってきた。

 留守を預かり、後方で指揮をる時期が終わったのだ。


「上手くいきそう? うみちゃん」

「お任せじゃよ。皆が皆、自慢の妹じゃからのう。……来たのう」


 今、メリッサとうみちゃんは、コスモフリートの艦内をくまなく走る通風口の中にいる。複雑に入り組んだ迷宮ダンジョンの奥から、光を引きずり妹が飛んできた。

 グランはメリッサ達の目の前に舞い降りると、息を弾ませ報告してくれる。


「メリッサ姉さん! 別働隊、戦闘を開始しました。陽動、上手くいきそうです」

「ん、ありがと。無理はしないでって、みんなに伝えてくれる?」

「はいっ! ……でも、みんな言うこと聞かないかも。派手に暴れれば暴れるほど、注意をこっちに引き付けれるから」

「あぶないよ、それ!」

「ですよね……でも、メリッサ姉さん達のためなら、平気です。みんなそう思ってますから」


 続いて、別方向からはメディ子が飛んできた。

 振り向くグランが手を伸ばすと、その手を握ってふわりと着地する。

 メディ子は、さらに危険な任務を引き受けた姉妹達の報告を持ってきた。


「メリッサお姉ちゃんっ! こっちはエンカウントしたわ。ピー子お姉ちゃん、発見……今、カムカちゃん達で抑えてるけど」

「うん。……私も、行くよ」

「だっ、駄目よ! お姉ちゃんは、本命なんだから! あたし達でここは――」

「いや、今のピー子はマスター・ピース・プログラムによって乗っ取られてる。そして、アイリスの双子さえもスレイブ状態にしてしまった。危険度は、カーバンクルと同等だよ」


 すぐにうみちゃんが、グランにテキパキと指示を出す。

 グランはメディ子と挨拶を交わして、再びふねの奥へと飛び立った。陽動部隊の指揮は、ブレイが取ってくれている。

 正直、心配だ。

 ブレイは勇者、誰よりも戦闘に立って戦う戦士なのだ。

 心配なのは、彼女の性格である。彼女は任された戦いのため、並み居る妹達のために戦い続ける。決して退かず、無敵の防御力で皆のたてになる、そんななのだ。


「……ブレイ、大丈夫かな」

流石さすがです流石です、そう言って頑張っておるじゃろうな。どれ……ワシが見てくるゆえ、安心しませい? 我が姉メリッサ、そっちはまずピー子を」

「う、うん。……ま、まさかうみちゃんっ!」

「もう、後でふんぞり返っていられる状況でもあるまい? ワシもまた、戦おう。ワシの頭脳とブレイのタフネス、そして妹達の力が合わされば無敵じゃよ」


 グランを追って、どれどれとうみちゃんが歩き出した。

 その背は、一度だけ立ち止まったメリッサを振り返る。


「次はまた、皇都スメラギミヤコ様の……マスターの部屋で、会いたいのう」

「うん。マスターもきっと、怪我が治るよ。その時に、また」

「じゃな! ではでは、またのう」


 うみちゃんは行ってしまった。

 とぼとぼと歩く姿が、通風口の向こうへと消えてゆく。

 それを見送るメリッサもまた、妹達の声に振り向いた。


「メリッサ姉様! 準備できました。少数精鋭、ですね」

「大丈夫ですっ! ラム姉様にはこのラティがついてます! 私、頑張ります!」

「守りはわたくしにお任せですわ……我が結界の力、どこまでもメリッサ姉様を守護しますの。そして、戦いの中でメリッサ姉様は、ああ、もう……いけない、いけませんの」


 相変わらずジェネは、妄想を一人で加速されながらくねくねしている。だが、彼女の結界の力は、無敵の防御力を誇る。単体で圧倒的な守備を誇るブレイと違って、複数の仲間を同時に守ることが可能だ。

 そして、たくましく成長したラムちゃんと、彼女に懐いてしまったラティ。

 無言のカドやんに、メリッサから離れようとしないウォー子だ。


「よし……じゃあみんな、行こう! メディ子、先導を頼める?」

「あっ、当たり前でしょっ! 露払つゆはらいは任されるんだからっ」


 この編成は、あらゆる事態に即応できる妹達だ。

 同時に、ある一つの共通点がある。

 ジェネとウォー子は、とても自分をしたってくれている。彼女達が本当に全力で戦える、それ以上の力を発揮できるのは、自分がそばにいる時だ。同時に、彼女達の危うさをメリッサ自身が、側で支えたいと思っていた。

 そして、ラムちゃんとラティの関係もこれに近い。

 カドやんの剣術も、一撃必殺のアタッカーとしてとても頼りになる。


「それと……ラムちゃん」

「は、はいっ! ……メリッサ姉様?」

「よく聞いてね。私に何かあったら、ラムちゃん……君がみんなと協力して全ての艦を守って欲しいんだ。いい、かな?」


 かわいい子には旅をさせろとは、よく言ったものだ。

 ラムちゃんはメリッサを探すために旅立ち、過酷な戦いの中で立派に成長した。もしかしたらもう、純粋な戦闘力だけなら自分を上回るかもしれない。

 そう、妹達は全員、個々に突出した素晴らしい力を持っている。

 そして、その力を正しく使うために、性根の真っ直ぐな心を宿してくれた。

 だから、決して負けてはいけない戦いの中でも、メリッサは全力で戦える。


「姉様……それは駄目ですっ! そんな事態には、絶対に私がさせません。お守りします……絶対にです!」

「ん、まあ、その、一応というか。万が一に備えてというか」


 だが、ラムちゃんは不安そうにオロオロしてしまった。

 優しい子なのだ。

 そして、その優しさが慕われる。

 それは、彼女の腕にぶら下がってるラティを見ても明らかだ。


「ラム姉様! 大丈夫です。メリッサ姉様は絶対に負けません。だから、メリッサ姉様が安心して戦うためにも、ラム姉様はもしもの時に備えるだけでいいんです!」

「ラティ……」

「ラム姉様がそうするように、このラティがラム姉様を守ります! 仲間を守ってこそ騎士、お姉様達のために、何より艦のために……私、頑張りまぴゅ!」


 んだ。

 キリッ! と決めたその言葉を噛んで、固まったラティが真っ赤になってしまう。

 だが、彼女の一途さが徐々に、ラムちゃんに余裕を思い出させる。


「……わかりました。もしメリッサ姉様に何かあっても……私が必ず、全てを引き継ぎます。でも、やっぱりメリッサ姉様には元気でいてほしいから」

「ん、大丈夫だよ? 死ぬつもりはないんだ……ふふ、おかしいよね。プラモデルだから命はないんだけど……でも、みんなで生き残りたいなあ」


 その先に待つのは、自我の消失。

 メリッサ達の勝利は、自身の消滅を意味しているのだ。

 改めてそのことを確認しても、何も怖くない。メリッサには妹達がいてくれる。その確かな強さが、自分と全ての艦のために戦ってくれる。

 優しく気高い、勇敢な妹達。

 そしてそれは、同じエンジェロイド・デバイスに生まれていなくても同じだ。


「ねー、まだぁ? あたし、待ち疲れたあ! はーやーくぅー!」


 ウォー子はさっきから、待ちきれないようだ。

 変になつかれてしまったが、彼女はあまりにも無垢むく無邪気過むじゃきすぎる。母親と慕うカーバンクルに言われるままに、戦いだけを喜びとして生み出されたのだ。

 だが、メリッサはそんな彼女に教えてやりたい。

 戦いは目的ではなく、手段。

 それも、かなしい手段だ。

 何のために戦うかを、心に秘めて常に問い続けなければ、メリッサ達エンジェロイド・デバイスも戦うだけの人形になってしまう。それでも、守りたいものがあるなら……その全てを守るために、戦うことを躊躇ためらわない。

 戦うために戦うウォー子に、そのことを知ってほしかった。


「ウォー子、こっちおいで。もー、何で君はいつも少し離れてるかな」

「だーってぇ……あたし、エンジェロイド・デバイスじゃないもん」

「あれ、気にしてるの?」

「べっ、べーつにぃー?」


 クスクスと笑って、ジェネが優しい顔になる。ラムちゃんもラティも、とっくにウォー子のことは仲間、そして姉妹の一人だと思ってくれていた。

 闇のような漆黒の姿を捨て、ウォー子は今灰色に塗り直されている。

 塗料の隠蔽率いんぺいりつの関係で、ちょっと暗めのグレーだ。

 だが、本人は少し気に入っているらしい。口ではやだやだ言う割には、ヴァルちゃん達が塗装してあげると素直に塗られていたのだ。

 そんなウォー子を、無言でカドやんはでる。


「ちょっとおー! また子供扱いするし! あたし、強いんだかんね!」

「はは、カドやんも君がかわいいみたいだよ? さ、行こうか……まずは、ピー子達を救う。妹を救えないような私じゃ、きっと……カーバンクルは倒せない。絶対に救い出してみせる!」


 新たなアーマーパーツを輝かせ、腰にはカドやんがゆずってくれたヴァイブレード。そして、ヴァルちゃんに新しくアサルトライフル等も作ってもらった。レッグスライダーが接地する脚部には、ミサイルポッドも増設されている。

 今、万全の体制でメリッサは最後の戦いへと出撃するのだった。

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