Act.03 ドールズ・レコンキスタ

第58話「さいごの、たびだち」

 それは、とてもさわやかな朝だった。

 昨夜、久々に再会した妹達と、メリッサは夢のような時間を過ごした。皆、傷付き疲弊ひへいしてゆく中で、自分を信じて戦い抜いた。そして、姉妹を信じて支え合ったのだ。

 そして、防戦一方の日々に終わりを告げる時が来た。

 メリッサが戻ったからにはもう、誰一人として犠牲にさせない。


「ん、んーっ! ……ふぅ。ちょっと寝過ぎた、かなあ」


 どこから持ち込まれたのか、皇都スメラギミヤコの自室にはドール用のベッドがいくつも並んでいた。部屋のあるじが集中治療室なのをいいことに、エンジェロイド・デバイス達は割りと好き勝手自由に暮らしていた。

 人間達も、この部屋が一種おもちゃ箱みたいになってる現状を知らないだろう。

 ベッドを飛び起きたメリッサは、あどけない寝言に振り返った。


「エヘヘ、やっぱり……メリッサ、あたしがいないと駄目じゃんよー、アヘヘ……いいのいいの、メリッサならいいの」

「メリッサ姉様……嗚呼ああ、もう……その凛々りりしいお姿、玉のような肌に綺麗なお御髪みぐし……ああもうっ、メリッサ姉様」


 何か、昨夜勝手にベッドに潜り込んだウォー子とジェネがニヘニヘ笑っている。二人共眠りこけたまま抱き合い、互いに相手がメリッサだと思ってニヤニヤしているのだ。

 やれやれと思ったが、二人に毛布をかけなおしてあげる。

 すでに部屋のあちこちで、妹達は働き出していた。

 少し歩くと、不意に空から爆音が降ってくる。


「メリッサ姉様! すみません、起こしてしまったでしょうか……新しい脚部の調子がよくて、つい」


 見上げるとそこには、ジェットの轟音を吹かしたカムカちゃんが降りてきた。

 両足を破壊され、一時期は戦線を離脱していたカムカちゃん。その両足は今、ブースターを増設されて復活していた。というよりは、

 そっと腕を伸ばして、メリッサがカムカちゃんの手を取る。


「調子よさそう、みたいだね。カムカちゃん」

「はい。ヴァルちゃんが苦心して作ってくれました。以前より機動力と運動性が上がって、空中戦ならばもう負ける気がしません。ただ……」

「ただ?」

「あの、非常にお恥ずかしい話なんですが……秘密にしていただけますか? メリッサ姉様」


 周囲をキョロキョロと見渡し、ストンと器用にブースターでカムカちゃんは床に立つ。そして、メリッサに気恥ずかしそうに小さくつぶやいた。


「メリッサ姉様……その、私の……私の、足……? 以前より」

「えっ、あ、いやあ……えっと」


 太い。

 ブースターそのものがジャッキリと生えてるのだから、太ましい。

 太くないですか? と聞かれれば……凄く太いです。

 でも、そんなことを気にしてほおを赤らめる妹が、メリッサは不思議と可愛く思えた。妹達は皆、戦いに明け暮れる中でもちゃんと女の子なのだ。


「大丈夫だよ、カムカちゃん。落ち着いたらちゃんと、生活用の素体仕様で別の足、作ってもらおう。それに」

「そ、それに?」

「ちょっとくらいむっちりしてる方が、人気出たりするよ? 安心して」

「そ、そうなのですか! 流石さすがです、メリッサ姉様。知りませんでした……」

「ほらほら、ブレイの口癖くちぐせ感染うつってるよ」


 それから少し話して、再びカムカちゃんはテスト飛行に戻っていった。

 恐らく、彼女なりに責任を感じているのだろう。

 飛べなくなった彼女を、アイリスの双子が世話していたのだ。そして、そんな二人をさらなる戦いの空へ追いやった、その挙句あげくにマスター・ピース・プログラムに飲み込まれた……全て、自分の責任だとカムカちゃんは思っている。

 だから、彼女は再び翼を得て空を目指す。

 人の姿を捨て、脚線美きゃくせんびと引き換えた鋼鉄の足で天へ駆け上がる。


「あんまし気負っちゃ駄目だよ、カムカちゃん。っと、あっちも朝からにぎやかだね」


 すれ違う姉妹達と挨拶を交わしていると、部屋の隅で悲鳴があがる。

 そこでは、大の字に伸びてしまったレイカと、黙々と腕立て伏せをするガンちゃんがいた。紅白色違いの二人だが、とにかく腕っ節にものを言わせて戦うだけなら、ガンちゃんは飛び抜けて強い。

 だが、力の使い方が少な過ぎるのだ。

 だから、特訓しているのだろう。

 頭脳で戦うタイプのレイカちゃんは、ガンちゃんのために付き合ってるのだ。


「オラオラァ! 同志どうしレイカ、もぉへばったか? シベリア送りにされたいか!」

「まって、ちょ、まじで……駄目、サバにゃんの姉御あねご、ちょっと、タイム」

「同志ガンちゃんを見ろぉ! さあ、つべこべ言う前に身体を動かせ!」

「ひいーっ! くそぉ……マジかよ……」


 二人を叱咤激励しているのは、あのサバにゃんだ。軍隊仕込みの本格的な特訓、地獄のしごきである。だが、楽しそうに笑っているサバにゃんの目は本気だ。

 強くなりたい妹がいる。

 そして、鍛える姉がいる。

 いつも姉妹は、誰もが全員のために力を使える、そんな少女達の集まりだった。


「ガンちゃん、頑張ってるなあ」

「これこれ、我が姉メリッサ……頑張ってるなあ、ではないぞ?」


 振り向くとそこには、うみちゃんが笑っていた。

 彼女も気苦労が絶えないのか、最後に会った時よりやつれて見える。

 エンジェロイド・デバイスは皆、プラモデルだ。

 人間と違って体重や容姿が変わることはない。

 だが、確かにメリッサにはすぐ下の妹に疲れを見て取ることができたのだ。それでも、エンジェロイド・デバイス随一の頭脳を誇るうみちゃんは、姉妹の誰にとっても必要な存在だ。

 そのうみちゃんが、一振りの剣を渡してくる。


號装刃ごうそうじんバルムンクの、余った剣のつかにカドやんの刃をつけた」

「ありがと。これもヴァルちゃんが?」

「うむ。じゃが、これは一種の妖刀ぞ?」

「カドやんも言ってた……敵を『る』こともできるし、想いや願い、祈りや思念を『る』こともできるって」

「メリッサ・グラムのヴァイブレードと同じ仕様に改良したからのう……さらに斬れ味は増しておる。まさに、この戦いの切り札たる一振りじゃあ」


 メリッサも無言で頷く。

 その剣は、まるで手に吸い付くような感触だ。握れば、自然と刃の持つ緊張感に身が引き締まる。アーマーパーツで構成された號装刃バルムンクと違って、振れば実にかろやかだ。


「我が姉メリッサよ……早く戦いは終わらせたいものじゃな」

「うん」


 うみちゃんと並んで、メリッサは妹達を見渡す。

 ラムちゃんは今日も、ラティに追いかけられながら一生懸命働いている。アルジェントを手伝って、皆でズィルバーを組み立てているのだ。ボーナスパーツがかなり集まったため、徐々に巨人の姿が姿を現している。

 アルカちゃんやケイちゃん、リリといった面々も真剣に準備を進めている。

 もうすぐ、最後の戦いが始まる。

 行方不明の妹、まだ見ぬ妹と合流し、幻獣げんじゅうカーバンクルを討つ。

 今こそ、反撃の狼煙のろしをあげて決起する時だ。


「おお、姉上! もう起床きしょうを、流石です! 早起きは三文の徳、流石過ぎます姉上!」

「ふっ、われも先程グランと一汗かいたとこ……ここでは皆の、熱い炎のたかぶりを感じる」

「アノイさんは模擬戦なのに、やり過ぎです……でもっ、凄くいい経験になりました」

「それはそうと、そろそろ出発しましょ? チーム分けして、行動開始よっ!」


 続々とメリッサの周囲に、妹達が集まってくる。

 皆、メリッサがいない間の戦いでボロボロだ。

 だが、誰一人として諦めてはいない。

 まだ瞳には力があって、強い輝きを灯している。

 その中から、ラムちゃんが歩み出る。彼女は、肌身離さず身につけている、あのひょーちゃんの対ビーム用クロークを小さく千切った。


「メリッサ姉様で最後です……これを、みんなに渡してきました」

「ありがと。むすんでくれる?」

「はい。これは……お守りです。みんなが結んでる、みんなを結ぶ、お守り」


 メリッサの右腕に、ラムちゃんが結んでくれた。

 すでに擦り切れボロボロになったマントを、今も彼女は身につけている。

 それが僅かに震えているのを、メリッサは見逃さなかった。


「私は……あの力を、もっと制御して使えるようになるでしょうか」

「ラムちゃん……」

「全てが把握できる、掌握できるような……でも、それはとても恐ろしい力。ともすれば、私自身もピー子姉様みたいに、力に飲み込まれてしまうかと思うと」


 メリッサはポンとラムちゃんの頭を撫でる。

 あの時、シュンをも凌駕する一瞬の力をラムちゃんは発揮した。

 それはあたかも、本物のオーラムに乗る御門晃ミカドアキラの力、ゾーンに似ていた。圧倒的な集中力、極限状況での研ぎ澄まされた感覚の解放……それは、どこまでも知覚が広がる中で洗練されてゆく。

 だが、ラムちゃんへの負担も大きいはずだ。

 あの時は、最後にはラムちゃんは気を失ってしまった。


「大丈夫だよ、ラムちゃん。力は力でしかない……それを律して自分で制御する、それが強さなんだ」

「私も、姉様みたいな強いエンジェロイド・デバイスになれるでしょうか」

「なれるよ、みんななれる。それに……その強さもいつか、必要なくなるから。矛盾してるけど、私達が強さも力もいらない、ただのプラモデルでいられる日まで……みんな! もう少しだけ力を貸して! 今こそ……カーバンクルを、討つ!」


 誰もがうなずく。

 その先に待つ真実を知ってて、なおも戦える。

 カーバンクルの魔力の副産物として、メリッサ達エンジェロイド・デバイスは自我と感情を得た。それはつまり、魔力の根源であるカーバンクルがいなくなれば、消えるということだ。

 メリッサ達もまた、本来はいてはならない存在。

 ゆえに、自分達もろとも消えようとも……リジャスト・グリッターズのふねを守る道を選ぶのだった。そして、最後の戦いが始まる……メリッサは、二度と戻らぬ覚悟で今日、都の部屋から旅立つのだった。

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