第57話「たたかい、そのさきへ」

 あの戦いのあと、ラムちゃん達は任侠にんきょうネズミ達へ挨拶して別れた。

 メリッサの帰還を受けて、一度一番艦いちばんかんコスモフリートに戻ることになったのだ。この長い旅の中で、ラムちゃんが得たものは果てしない。そして、今まで信じ続けていた気持ちが確信になった。

 失ったものはもう、戻らない。

 それでも、取り戻せるものがある。

 失っていないものに気付くこともあるのだ。

 そんなことを思いながら、メリッサ達と皇都スメラギミヤコの部屋へ戻る。まだ、メリッサのマスターである彼女は集中治療室から戻ってはいない。


「何か、久しぶり……でも、ついこの間出発したような気がします」

「ラムちゃん、私もだよ」


 メリッサの隣で、ラムちゃんも改めて部屋を見渡す。

 薄暗い中で、姉達が皆で出迎えてくれた。


「おお、姉上! 流石さすがです姉上 流石としか言いようがないくらい、流石です! メリッサ姉上!」

「まーた、同志どうしブレイねーちゃんの『さすあね』が始まった。でも……ハラショー! やったぜ、メリッサねーちゃん!」

「長い旅だったのう……おかえり、我が姉メリッサ。そして、ようこそ。新しい妹達」


 残留組も元気そうだが、やはり細かな傷が増えている。

 それでも、初めてこの部屋を訪れるラムちゃんの妹達を、誰もが笑顔で出迎えた。

 そして、奥からは初めて合う妹を連れてアルジェントもやってくる。


「ラム姉様、皆様も。お疲れ様です。さ、ラティ」

「は、はい! アルジェント姉様! あ、え、えと、私、ラティです! よろしくお願いしまびゅ!」


 んだ。

 白い翼を持つ竜騎士りゅうきしは、ひたいが地面につかんばかりにお辞儀で頭を下げる。

 クスクスと笑みが包む中、気恥ずかしそうに彼女は顔をあげた。

 名は、ラティ。

 有名なウェブコミック『攻城大陸こうじょうたいりく』とのコラボモデルだ。皆が挨拶あいあつを済ませ、ラムちゃんも固く握手を交わす。

 だが、様子が変だ。


「……あ、あれ? あの、ラティちゃん。その……」

「はいっ! ラム姉様! 何なりと私に申し付けてください!」

「う、うん。その、でも、無理しないでね? あと……手が」

「ラム姉様の手は、温かいです。でも、傷だらけ……どれだけ激しい戦いをくぐり抜けて来たのでしょう。他の姉様方もです。でも……ラム姉様は、凄いです!」


 グイグイとラティが前に出てくる。

 顔が近い。

 握った手を、放してくれない。

 見かねたうみちゃんが、肩をすくめつつ苦笑した。


「ラムちゃんや、ラティは少し、その……いや、ワシが話を聞かせてやってたら」

「私、うみ姉様から聞きました! エンジェロイド・デバイス第二弾の末妹ながら、誰よりも危険な戦いへおもむいた勇者……それが獅子王ライオンハートラム姉様! 私、尊敬してます!」


 何だかこそばゆい。

 だが、その時不満そうな声が突き刺さった。


「ねーねー、それはいいからさあ! メリッサも戻ったんだしー、やることあるじゃん?」


 皆が振り向くと、そこには少女がほおうくらませている。

 あのピー子と似てことなる容姿、そして掲げるは女神ヴィーナスではなく悪魔像ガーゴイル……どういう訳かメリッサになついてしまい、カーバンクルから離反してきたウォー子だ。

 何故なぜかウォー子は、せっせとヴァルちゃんにふででグレーの塗料を塗られている。


「んー、隠蔽率いんぺいりつは大丈夫みたいッスね! ほら、ウォー子! 手をげるッス。バンザーイするスよ」

「もぉー、塗り直さなきゃ駄目ぇ?」

「真っ黒だと敵と間違えるッスよ。これ、鹵獲機ろかくきや寝返ったロボのお約束ッス」

「ん、まあ……ヴァルちゃんが言うなら、そうする……けど」


 ペタペタとグレーに塗られながら、ウォー子はくちびるとがらせた。

 そして、彼女の言う通りだとばかりにメリッサが中心に歩み出る。妹達を見渡す皆の姉は、輪の中央でゆっくりと言葉を選んだ。


「まず、現状を整理しよう。リリを通じて、みんなのボーナスパーツは受け取ったよ。アルジェント、作業の進捗しんちょくはどう?」

「ズィルパーの組み上げ作業は、70%というところです。でも」

「トゥルーデやシンの、失われたパーツだね?」

「はい。右のひじから先がない状態です。ヴァル姉様が何とかしようとしてくれてますが」


 ――ズィルパー。

 それが、アルジェントの、そしてエンジェロイド・デバイス達の切り札。シリーズ通して第二弾と第三弾の妹達に持たされた、一人に一個のボーナスパーツ。それを組み合わせた時、大いなる巨神ギガンテスが蘇るのだ。

 だが、すでにシュンに破壊されたパーツが何個かある。

 それが作業をも遅らせ、完成前から未完成を宿命付けてしまった。

 だが、先程腕を治療したジェネがメリッサの横でゆっくりと喋る。


「大丈夫ですわ……ヴァルちゃんと、みんなを信じましょう。それに、きっと希望はまだありますの。ケイちゃんやアルカちゃんも、必死で奔走ほんそうしてくれてますもの。――で!」


 くるりとジェネがラムちゃんに振り返った。

 正確には、ラムちゃんの腕に抱きついて離れない、ラティにだ。


「ちょっと、ラティ? いけませんの! いかに姉とはいえ、そうベタベタしてはラムちゃんが迷惑ですわ。妹として分をわきまえ、つつましく支えなければ」


 皆が真顔になった。

 全員で『』というフラットな表情になってしまう。

 だが、同じ状態のメリッサにジェネは抱きついた。


「メリッサ姉様もそう思いますわよね? 妹たるもの、決して姉様の邪魔になっては……ええ、でもいいんですの。わたくし、メリッサ姉様になら邪魔と思われても、この命をささげてくしますわ。ええもう、それはもう健気に律儀に、そして常に、永遠とわに」

「あ、うん……あ、ありがと。でもジェネ、ちょっと離れてね」

「は、はいぃ……そ、そういう訳ですの! ラティ、めぇ! ですわ!」


 流石のラティも「あ、はい」と真顔になっている。

 だが、ジェネはちょっとヤンデレなメリッサラブラブ乙女なだけの姉ではない。彼女は思い出したように、情報を整理して皆へと共有を図る。

 こういう時、うみちゃんと並ぶ参謀役、情報処理の専門家が以前はいた。

 その姉は今、闇の中で双子星を率いて戦っている。

 戦うために戦い、敵も味方もなく殲滅せんめつを続けているのだ。


「まず、わたくし達は全員でそろって戦力を整え直し、二番艦サンダー・チャイルドのカーバンクルを倒します……そのためにも、行方不明の姉妹、まだ合流前の姉妹と連絡を取らねばなりませんわ」


 ジェネの言うことに、誰もが頷いた。

 まず、両手両足を失いネズミの隠れ里に保護されてる、ひょーちゃん。

 次に、カーバンクルの国からメリッサを脱出させた、フランベルジュの三姉妹とレイ。

 そして、マスター・ピース・プログラムに乗っ取られたピー子と、精神をクラックされて下僕しもべと化したアイリスの双子。

 指折り数えていたシャルが、難しい顔で声をあげた。


「あと、ラムちゃんの連れてきた妹、心強いぞ! でも、ちょっと足りないぞ! ちょっとだけ、凄く足りないぞ!」

「ギンさんとはぐれてしまいました。他には、一緒だったアルタの行方も……無事だといいんですけど」


 他にも、まだ合流していない妹達がいる。

 アルスは独自に行動しており、高い単騎継戦能力たんきけいせんのうりょく故に一人でサンダー・チャイルドにも出入りしているようだ。

 他には、四人……内一人は、二人で一つのキットなので、残るエンジェロイド・デバイスは三体だ。そのことを話していたら、相変わらずラムちゃんにべったりなラティが声をあげた。


「あのっ、私……この間、こっちに来る前にドリル姉様に会いました」

「ドリル……虎珠皇こじゅおう嵐珠らんじゅだね?」

「はい、メリッサ姉様。ドリル姉様は、自分でアストレアの二人を連れてくると言ってました。だから、皆様に伝言を預かってます!」


 そう言って、ゴホン! とラティが咳払せきばらい。

 そして、真面目に作った顔で彼女は声を真似た。


「おう、姐御あねご! アタシがあの二人を探しておくからよ……サンダー・チャイルドで会おうぜ! ……以上です!」

「う、うん……えと、んー……に、似てた? と、思うよ。うん、似てたっぽい気がする」

「本当ですか!? ラム姉様、嬉しいですっ!」


 わたたとしてしまうが、ラムちゃんを見守るメリッサ達の視線は温かい。

 そして、軽い作戦会議でうみちゃんが今後の方針を決め、皆でそれを確認し合う。そしてようやく、皆が待ち遠しかった時間が訪れた。

 少し休憩して、再会を祝ううたげが始まったのだ。

 マスター不在の冷蔵庫から、ちょっとだけ飲み物やお菓子が拝借はいしゃくされる。

 ちょっぴりドリンクを各種もらって、あとはチーズをひとかけら。おやつが好きだったこの部屋のあるじは、たなにいろんなお菓子を溜め込んでいた。それも少し頂戴ちょうだいする。

 あっという間にメリッサの前に人だかりができた。

 皆、本当にメリッサを待っていたのだ。


「わ、姉様達凄い……ってか、あのアノイさんが緊張してる。ふふ、やっぱりメリッサ姉様って凄い」

「勿論です! メリッサ姉様はみんなの姉様! でも……ラム姉様だって凄いです! 一億兆万倍いちおくちょうまんばい凄いときもあります! ……みんな、凄いです。強くて、優しくて」


 何だか張り切ってるラティをぶら下げながら、にぎわいから少しだけラムちゃんは離れた。久々に訪れる部屋の暗がりも、今日は姉妹達の弾んだ声に満ちている。

 だが、その輪に加わろうとしない少女達がいた。


「あれ、ガンちゃん……レイカちゃんも」

「あ、ラムの姐御! ほら、ガンちゃん。みんなと一緒に行こうぜ? な? なぁ」


 レイカが肩を抱いてやってるのは、ガンちゃんだ。

 シュンへの敗北がよほどこたえたのか、あれから元気がない。

 ラムちゃんはちょっとラティから離れて、そっとガンちゃんの顔を覗き込む。両膝に手を当てかがめば、赤いパーカーのフードを被って、その奥からジロリと大きな目がのぞいた。


「オレは、弱い……シンのかたき、討てない」

「そうだね……今のままじゃ、そうかもしれない。でも、ガンちゃん。メリッサ姉様も言ったよ? 弱さを知って強くなれ、って。負けたまま、終わる? もう、終わりにする? ……それでも、いいよ。戦えなくても、ガンちゃんは私達の妹だから」

「ラム、ちゃん……」

「戦えない人のためにこそ、戦う。それが本当の戦いだから。だから、ガンちゃんがもう戦えなくても、大丈夫。それに、知ってるから……ガンちゃんは、強い子」

「……ラム、ちゃん。ラム……ラム、ねえ、ちゃん」


 突然、ボロボロとガンちゃんが泣き出した。

 おどろいてしまったが、すぐにラティがその涙をぬぐってやる。

 レイカもそんなガンちゃんの頭をポンポンでて、鼻の下を指でった。


「やれるよな、ガンちゃん! 強くなろうぜ……誰よりも強く!」

「ん、そうする……オレ、強くなる。レイカの敵を、姉妹の敵を……やっつける」

「だ、そうだ。サンキュな、ラムの姐御。本当に、ありがとう。これからもよろしくな! っと、おいおいラティ。何だよお前はー、もー」

「レイカ姉様、ラム姉様にくっつき過ぎです! でも、ガン姉様……私もお手伝いします。みんなで強くなりましょう! 心も、技も、力も!」


 ラムちゃんも頷く。

 あのを、極限の集中力から生まれる力を、制御しなければならない。そして、メリッサの元に皆で力を合わせて、今度こそカーバンクルの野望を打ち破るのだ。

 今、エンジェロイド・デバイス達の新たな戦いが始まろうとしていた。

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