第56話「メリッサの、きかん」

 ラムちゃんが目覚めた時、すでに全ては片付いていた。

 最初は全てが夢のように思えて、それ以前に夢見心地ゆめみごこちだった。だが、自分を抱き上げてくれてる姉の微笑ほほえみに、記憶が鮮明に蘇る。

 メリッサの胸の中で、ラムちゃんは笑顔を見上げていた。


「おっ、気付いたね? ラムちゃん、平気?」

「あ……メリッサ姉様」

「無茶しちゃ駄目だよ? でも、私も助けられちゃったなあ」

「あっ、あの! シュンは」

「……逃げられた。というか、逃した。今はあいつより、妹達の方が大事だから」


 メリッサは新たなアーマーパーツを身にまとい、両腕でラムちゃんを抱えている。まるで絵本の中の騎士とお姫様だ。

 思わずポーッと見惚みとれていると、メリッサは妹達の心配を始めた。

 一番手酷くやられたのは、號装刃ごうそうじんバルムンクをガンとして渡さなかったヴァルちゃんだ。彼女はヘキサやジェネに付き添われて、ようやく立ち上がる。ボロボロだが表情は明るく、新たな姿へと生まれ変わったメリッサを見て、親指を立てながら笑った。


「へへへ、自分の仕事は完璧ッス!」

「ありがとう、ヴァルちゃん。でも、無茶だよ……」

「いいんスよぉ、メリッサなら何とかしてくれると思ってたッスから。それより……」


 チョイチョイと、ヴァルちゃんが後を指差す。

 そこには、ラグちゃんやアノイさんに囲まれ、茫然自失ぼうぜんじしつの少女がひっくり返っていた。側のレイカがびっくりするくらい、ガンちゃんは普段のふてぶてしさが嘘のよう。

 その憔悴そゆすいしきったような、ものが落ちたような覇気の無さにラムちゃんも心配になった。


「あの、メリッサ姉様……私、もう大丈夫です」

「ん、立てるかい?」


 ラムちゃんは自分の脚で立つと、メリッサと一緒にガンちゃんに駆け寄る。

 大の字になったガンちゃんは、ぼんやりまばたきもせずうつろな目を向けてきた。

 メリッサは微笑み、すぐに手を伸べる。


雅神牙ガシンガのガンちゃん、だね? そっちは霊牙レイガのレイカちゃん。それと……新顔が増えたなあ、えっと、ラグちゃん」

「はいっ! あ、分離しますね……ルナリアとラグナス、二人で一つのラグちゃんです」

「それと、アノイさん」

「フッ、ようやく会えたな……メリッサの姉者あねじゃ

「みんな無事でよかった。ジェネの腕も、ヴァルちゃんがくっつけてくれるさ。んで、っと」


 じっとガンちゃんはメリッサの手を見詰めている。

 そっと優しく、メリッサは「ほら、ガンちゃん」とはにかむ。

 メリッサの手と笑顔を交互に見て、ガンちゃんは小さくつぶやいた。


「オレ、負けた……シュン、強い。オレ、歯が立たなかった……こんなの、初めて」

「そうだね。でもね、ガンちゃん。人は弱さを知って強くなるんだ。それはエンジェロイド・デバイスも一緒だよ? それに……」

「それ、に?」

「それに、負けたままじゃ終われないだろ? 負けることは恥でもなんでもないよ……負けたままで終わる時、本当に人は敗北する。敗北したままの自分に負けるんだ」


 メリッサの言葉に、ようやくガンちゃんはおずおずと手を握る。

 引っ張り起こされてからも、ガンちゃんはずっと上目遣うわめづかいにメリッサを見詰みつめていた。そんな彼女の頭を、笑顔でメリッサがワシワシとでる。

 戦いが去って、ようやく姉妹の時間がおとずれた。

 誰だって皆、メリッサに抱きつきたかったに違いない。

 他ならぬラムちゃんがそうなのだから、きっと皆が一緒である。

 突然背中にドスン! と衝撃を感じたのは、そんな時だった。


「あっ、あ、あれ? えと、あのぉ」

「ネーチャン! 駄目だぞ! オレ、怖かった……ネーチャン、あの力使う、駄目だぞ!」

「ヘキサ……」


 ラムちゃんに抱き付いてきたのは、ヘキサだった。

 彼女は今にも泣き出しそうな顔で、グイグイと身を寄せてくる。

 ジェネを助けるべく囚われの身から抜け出て、随分と怖い思いをしたのだろう。それなのに彼女は、自分よりもラムちゃんのことを心配してくれるのだ。


「ネーチャン、さっき、ブワーッってなた! あれ、怖かった! ネーチャン、とても強い。でも怖い……眠れる獅子ししの力、危険! オレ、怖い……やさしいネーチャンが、いい」

「ヘキサ、ごめんなさい。さっきは私、自分を見失っていました。あれが恐らく、……極限の集中力がもたらす力。ですが、それは余りにも危険なものかもしれません」


 ――ゾーン。

 それは、パイロットが極限状態で集中力を研ぎ澄ました時、外界からの情報に対する処理能力が肥大化する現象だ。総じて、判断力が研ぎ澄まされ、鋭敏な感覚は直感レベルの説明できないひらめきをもたらす。

 だが、その時のことをあまりラムちゃんは覚えていない。

 完全にその力を使いこなせないばかりか、力に振り回されたのだ。

 そんなラムちゃんにしがみついて、グシグシとヘキサは泣いた。


「そういえば……ヘキサ、ウォーカーマフィアに捕まってたんですか?」

「うん……ジェネのネーチャン、オレ、守ってくれた。ネーチャン、腕、かじられた。その腕、シュンにられた……翼の人、助けてくれなかったら、オレもネーチャンも」

「翼の人?」


 ラムちゃんがメリッサと顔を見合わせていた、その時だった。

 不意に、穴だらけになった屋根から悲鳴が降りてくる。

 それは、天使のような紅い翼を広げたエンジェロイド・デバイス……アルヴァスレイドのアルスだ。その腕は、小脇こわきにキンキンとわめくもう一人の少女をぶら下げている。

 ふわりと降り立った彼女は、不思議とメリッサを見て、そしてカドやんを見た。

 恐らく、二人の実力がわかるのだろう……静かに目礼して、ポイと少女を放り出す。

 黒い少女はすぐに飛び起き、メリッサに影にサササッと隠れた。


「もぉ、何よっ! メリッサが手伝ってあげてっていうから! あたし、こんなの聞いてないっ!」


 プゥ! とほおふくらませるのは、ウォー子だ。

 何故彼女がここに?

 その訳をメリッサとヘキサが話してくれる。


「ウォー子は何か、私になついちゃって。それで、手伝ってもらってるんだ」

「コイツ、使ってるオレとジェネ、助けてくれた。あと、アルスも助けてくれた。コイツ、そんなに悪くない奴! ちょっとしか悪くない奴!」

「と、いう訳なんだ。それと……ありがとう、アルス」


 メリッサの言葉に、怜悧れいりな無表情でアルスは首を横に振る。


「そこもとが皆の姉、そして私の姉……大勢の希望だからだ。私はただ、そのために力を振るったまで」

「……一緒に戦ってくれるかい?」

「我が姉メリッサよ、いずれ時が来れば。だが、今はまだ……その時ではない。だから、待つ。二番艦にばんかんサンダー・チャイルド……決戦の地にて、皆を信じて待つ」


 それだけ言うと、再び翼のようにスラスターの光を広げて、紅い影となって飛び去る。アルスはあっという間に見えなくなった。

 余りに突然、いろいろなことがありすぎた。

 ラムちゃんも、混乱で何がなにやらわからない。

 だが、一つだけはっきりしていることがある。

 メリッサは帰ってきた……やはり生きていたのだ。

 皆が信じた通りに、生きていてくれたのだ。

 そのメリッサだが、ブーたれるウォー子をでながら笑う。


「ごめんね、本当はもっと早く合流したかったんだけど……少し、調べごとをしてたんだ。それと……もう聞いたよね? アルスの言う通り、カーバンクルの宮殿は二番艦サンダー・チャイルドにある」

「そんな場所に……どうりでみつからない訳です」

「あとは、妹達が何人か捕まってる。フラン達三姉妹に、レイ……そして、この場にいないギンさん。アルタは行方不明で、足取りがうかめなかった」

「ひょー姉様は」

「一応安全なとこにいるけど……いや、今はアークとサンドリオンを信じるよ」


 いつもの勝ち気な笑み、頼もしい姉のメリッサがそこにいた。

 それだけでもう、皆は以前より何倍も心強い。

 そして、ラムちゃんはやっぱり思った。自分ではメリッサのわりにはなれないと。そして、誰もが代わりのない者、かけがえのない姉妹だ。

 誰かにとって自分もそうなら、ラムちゃんはそれが嬉しい。

 カドやんが無言で剣をメリッサに差し出したのは、まさにそんな穏やかな空気の中でだった。


「え? この剣を私に?」

「メリッサの姐御あねご、そいつはすげえ妖刀なんだぜ! 先生はそいつで一回、カーバンクルの分身を撃退してんだ。なっ、先生!」


 嬉しそうなレイカの言葉に、まだ少し元気がないガンちゃんがうなずく。

 どうやら喋れないようだが、バイザーを脱いだカドやんは一振りの日本刀をメリッサへと手渡した。

 あらわになるカドやんの顔に、流石さすがのメリッサも驚く。


「あ、あれっ!? 私と同じ顔……え、何で? どしたんだろ、えっと……カドやん?」

「先生はな、姐御。姐御の余った表情差分の顔パーツが使われてんだ」

「へえ、じゃあ……私の双子の妹みたいなもんかな。……これ、いいの?」


 黙ってカドやんは大きく頷き、照れたのか再びバイザーをかぶってしまう。

 どっちにしろ、號装刃バルムンクがアーマーパーツになった今、残った剣のつかには刃が必要だ。そして、それはカドやんが長らく使ってきた妖刀こそがふさわしい。

 すぐにメリッサのための剣としてあつらえると、ヴァルちゃんも乗り気だった。


「えっと、じゃあ……ありがと、カドやん。ヴァルちゃんにお願いして、君の新しい剣も作らせてもらうね? よし、じゃあ……一度みんなで帰ろうか。一番艦いちばんかんコスモフリートの、あの部屋へ」


 それは、ラムちゃんにとって夢見た時間の訪れだった。姉達のため、新しい妹を探しながら、メリッサの無事を確認する。その大いなる務めが果たされた瞬間だった。

 だが、戦いはまだまだ続く……そして、まだ多くの姉妹達が行方知れずなのだ。

 それでも、メリッサが戻ってきた今こそ、反撃の狼煙はんげきを上げるときだ。


「よし、じゃあ一度戻って体制を立て直すよ。三番艦愛鷹さんばんかんあしたかからは、定期便の荷物にまぎれて内火艇ランチで帰れる。……ウォー子も、来るよね?」

「え……あ、べっ、べーつにー! 行ってもいいけどぉ……あ、あれ? あ、あれ? あたし、どうしちゃったんだろ……あ、そっか! そっちの方がバンバン戦えるからかな!」


 ラムちゃんを含め、誰もが新しい妹を祝福した。ちょっと危なっかしいが、これからはウォー子も同じ姉妹、仲間だろう。

 そうだったらいいなと思って、ラムちゃんはメリッサのあとを追うのだった。

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