第56話「メリッサの、きかん」
ラムちゃんが目覚めた時、
最初は全てが夢のように思えて、それ以前に
メリッサの胸の中で、ラムちゃんは笑顔を見上げていた。
「おっ、気付いたね? ラムちゃん、平気?」
「あ……メリッサ姉様」
「無茶しちゃ駄目だよ? でも、私も助けられちゃったなあ」
「あっ、あの! シュンは」
「……逃げられた。というか、逃した。今はあいつより、妹達の方が大事だから」
メリッサは新たなアーマーパーツを身に
思わずポーッと
一番手酷くやられたのは、
「へへへ、自分の仕事は完璧ッス!」
「ありがとう、ヴァルちゃん。でも、無茶だよ……」
「いいんスよぉ、メリッサなら何とかしてくれると思ってたッスから。それより……」
チョイチョイと、ヴァルちゃんが後を指差す。
そこには、ラグちゃんやアノイさんに囲まれ、
その
「あの、メリッサ姉様……私、もう大丈夫です」
「ん、立てるかい?」
ラムちゃんは自分の脚で立つと、メリッサと一緒にガンちゃんに駆け寄る。
大の字になったガンちゃんは、ぼんやり
メリッサは微笑み、すぐに手を伸べる。
「
「はいっ! あ、分離しますね……ルナリアとラグナス、二人で一つのラグちゃんです」
「それと、アノイさん」
「フッ、ようやく会えたな……メリッサの
「みんな無事でよかった。ジェネの腕も、ヴァルちゃんがくっつけてくれるさ。んで、っと」
じっとガンちゃんはメリッサの手を見詰めている。
そっと優しく、メリッサは「ほら、ガンちゃん」とはにかむ。
メリッサの手と笑顔を交互に見て、ガンちゃんは小さく
「オレ、負けた……シュン、強い。オレ、歯が立たなかった……こんなの、初めて」
「そうだね。でもね、ガンちゃん。人は弱さを知って強くなるんだ。それはエンジェロイド・デバイスも一緒だよ? それに……」
「それ、に?」
「それに、負けたままじゃ終われないだろ? 負けることは恥でもなんでもないよ……負けたままで終わる時、本当に人は敗北する。敗北したままの自分に負けるんだ」
メリッサの言葉に、ようやくガンちゃんはおずおずと手を握る。
引っ張り起こされてからも、ガンちゃんはずっと
戦いが去って、ようやく姉妹の時間が
誰だって皆、メリッサに抱きつきたかったに違いない。
他ならぬラムちゃんがそうなのだから、きっと皆が一緒である。
突然背中にドスン! と衝撃を感じたのは、そんな時だった。
「あっ、あ、あれ? えと、あのぉ」
「ネーチャン! 駄目だぞ! オレ、怖かった……ネーチャン、あの力使う、駄目だぞ!」
「ヘキサ……」
ラムちゃんに抱き付いてきたのは、ヘキサだった。
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、グイグイと身を寄せてくる。
ジェネを助けるべく囚われの身から抜け出て、随分と怖い思いをしたのだろう。それなのに彼女は、自分よりもラムちゃんのことを心配してくれるのだ。
「ネーチャン、さっき、ブワーッってなた! あれ、怖かった! ネーチャン、とても強い。でも怖い……眠れる
「ヘキサ、ごめんなさい。さっきは私、自分を見失っていました。あれが恐らく、ゾーン……極限の集中力がもたらす力。ですが、それは余りにも危険なものかもしれません」
――ゾーン。
それは、パイロットが極限状態で集中力を研ぎ澄ました時、外界からの情報に対する処理能力が肥大化する現象だ。総じて、判断力が研ぎ澄まされ、鋭敏な感覚は直感レベルの説明できない
だが、その時のことをあまりラムちゃんは覚えていない。
完全にその力を使いこなせないばかりか、力に振り回されたのだ。
そんなラムちゃんにしがみついて、グシグシとヘキサは泣いた。
「そういえば……ヘキサ、ウォーカーマフィアに捕まってたんですか?」
「うん……ジェネのネーチャン、オレ、守ってくれた。ネーチャン、腕、かじられた。その腕、シュンに
「翼の人?」
ラムちゃんがメリッサと顔を見合わせていた、その時だった。
不意に、穴だらけになった屋根から悲鳴が降りてくる。
それは、天使のような紅い翼を広げたエンジェロイド・デバイス……アルヴァスレイドのアルスだ。その腕は、
ふわりと降り立った彼女は、不思議とメリッサを見て、そしてカドやんを見た。
恐らく、二人の実力がわかるのだろう……静かに目礼して、ポイと少女を放り出す。
黒い少女はすぐに飛び起き、メリッサに影にサササッと隠れた。
「もぉ、何よっ! メリッサが手伝ってあげてっていうから! あたし、こんなの聞いてないっ!」
プゥ! と
何故彼女がここに?
その訳をメリッサとヘキサが話してくれる。
「ウォー子は何か、私に
「コイツ、使ってるオレとジェネ、助けてくれた。あと、アルスも助けてくれた。コイツ、そんなに悪くない奴! ちょっとしか悪くない奴!」
「と、いう訳なんだ。それと……ありがとう、アルス」
メリッサの言葉に、
「そこもとが皆の姉、そして私の姉……大勢の希望だからだ。私はただ、そのために力を振るったまで」
「……一緒に戦ってくれるかい?」
「我が姉メリッサよ、いずれ時が来れば。だが、今はまだ……その時ではない。だから、待つ。
それだけ言うと、再び翼のようにスラスターの光を広げて、紅い影となって飛び去る。アルスはあっという間に見えなくなった。
余りに突然、いろいろなことがありすぎた。
ラムちゃんも、混乱で何がなにやらわからない。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
メリッサは帰ってきた……やはり生きていたのだ。
皆が信じた通りに、生きていてくれたのだ。
そのメリッサだが、ブーたれるウォー子を
「ごめんね、本当はもっと早く合流したかったんだけど……少し、調べごとをしてたんだ。それと……もう聞いたよね? アルスの言う通り、カーバンクルの宮殿は二番艦サンダー・チャイルドにある」
「そんな場所に……どうりでみつからない訳です」
「あとは、妹達が何人か捕まってる。フラン達三姉妹に、レイ……そして、この場にいないギンさん。アルタは行方不明で、足取りが
「ひょー姉様は」
「一応安全なとこにいるけど……いや、今はアークとサンドリオンを信じるよ」
いつもの勝ち気な笑み、頼もしい姉のメリッサがそこにいた。
それだけでもう、皆は以前より何倍も心強い。
そして、ラムちゃんはやっぱり思った。自分ではメリッサの
誰かにとって自分もそうなら、ラムちゃんはそれが嬉しい。
カドやんが無言で剣をメリッサに差し出したのは、まさにそんな穏やかな空気の中でだった。
「え? この剣を私に?」
「メリッサの
嬉しそうなレイカの言葉に、まだ少し元気がないガンちゃんが
どうやら喋れないようだが、バイザーを脱いだカドやんは一振りの日本刀をメリッサへと手渡した。
「あ、あれっ!? 私と同じ顔……え、何で? どしたんだろ、えっと……カドやん?」
「先生はな、姐御。姐御の余った表情差分の顔パーツが使われてんだ」
「へえ、じゃあ……私の双子の妹みたいなもんかな。……これ、いいの?」
黙ってカドやんは大きく頷き、照れたのか再びバイザーをかぶってしまう。
どっちにしろ、號装刃バルムンクがアーマーパーツになった今、残った剣の
すぐにメリッサのための剣として
「えっと、じゃあ……ありがと、カドやん。ヴァルちゃんにお願いして、君の新しい剣も作らせてもらうね? よし、じゃあ……一度みんなで帰ろうか。
それは、ラムちゃんにとって夢見た時間の訪れだった。姉達のため、新しい妹を探しながら、メリッサの無事を確認する。その大いなる務めが果たされた瞬間だった。
だが、戦いはまだまだ続く……そして、まだ多くの姉妹達が行方知れずなのだ。
それでも、メリッサが戻ってきた今こそ、反撃の
「よし、じゃあ一度戻って体制を立て直すよ。
「え……あ、べっ、べーつにー! 行ってもいいけどぉ……あ、あれ? あ、あれ? あたし、どうしちゃったんだろ……あ、そっか! そっちの方がバンバン戦えるからかな!」
ラムちゃんを含め、誰もが新しい妹を祝福した。ちょっと危なっかしいが、これからはウォー子も同じ姉妹、仲間だろう。
そうだったらいいなと思って、ラムちゃんはメリッサのあとを追うのだった。
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