第55話「あらたなよろいと、ししおう」

 吹き出す白煙はくえんの奥から、なつかしい声が響く。

 そして、初めて見るその表情は怒りに満ちていた。

 眼帯で片目を覆った、黒髪の少女。

 優しく凛々りりしい、どこか少年のようなあの笑顔……それは今、激昂げきこうに燃えていた。それでいて、妹達の全てを守らんとする決意と覚悟が、以前以上に強く感じられる。

 そう、その人はお姉さん。

 みんなの長姉……始まりのエンジェロイド・デバイス、その名はメリッサ。

 メリッサは片手で軽々と號装刃ごうそうじんバルムンクを肩にかついだ。


「へえ? 生きてたんだ……嬉しいよっ、メリッサァ!」

「……シュン、今すぐ消えて。お前の相手なんかしてられないんだ。ヴァルちゃんを……妹達を助けなきゃ」


 無防備に歩み出るメリッサの、その姿が薄闇うすやみの中であらわになる。

 天井に埋まったまま、ラムちゃんもはっきりと目撃した。

 そして、シュンの哄笑こうしょうがことさら耳障みみざわりに響く。


「あははっ、メリッサ! 裸だねえ……アーマーパーツは? そうだよねえ、僕達にくだかれちゃったんだよね。ふふ」

「そうだよ。でも、私は妹のためならいつでも戦える。どんな姿でも、どんな相手とも」


 無茶だ。

 あのメリッサでも、無理だとラムちゃんは思った。それほどまでにシュンは強い。周囲のネズミ達は去ってしまったが、この場の全員でたばになっても勝利は難しい。

 いびつなパーツの寄せ集め、かんさわる干渉音を響かせシュンが笑う。

 しかし、メリッサのひとみに燃える光は、微塵みじんも揺らがない。


「もう一度言うよ、シュン。去れば追わない。私は、私を探してくれた、見つけてくれた妹達と……帰らなきゃ。マスターのいる、あの部屋に。そして、守らなきゃいけないんだ。リジャスト・グリッターズのみんなの、帰るべき場所を」

「うるさいなあ! 戦ってあげるって、言ってるんだよ? それともメリッサ、僕が怖いの?」

「……私は、怖い。怖いんだ」


 ケラケラとシュンが笑う中、ラムちゃんは見た。

 他の妹達も、目を丸くして言葉を失う。

 そして、次の瞬間……この抜身の刃のような少女が、間違いなく自分達の姉だと察する。

 メリッサは帰ってきた。

 皆の帰る場所のため、姉妹達の待つ戦場に帰ってきたのだ。


「今、自分の怒りに押しつぶされそうだよ。シュン……私は、自分が怖い」

「裸で? その出来損できそこないのダンビラしかなくて? 面白いなあ、メリッサッ!」


 どうにか間に割って入ろうとして、ラムちゃんは藻掻もがく。

 だが、天井の鉄骨がひしゃげた中へと、足掻あがく程にめり込んでゆく。

 その間にも、ゆっくり無防備にメリッサはシュンの前に立った。その姿は傷だらけで、アーマーパーツが全く装着されていない。

 だが、不思議と凛冽りんれつたる覇気がみなぎっている。

 その美しさは凍れる刃にも似て、恐ろしいほどに綺麗だった。

 そして、ヴァルちゃんの苦しげな声が響く。


「メリッサ、剣、ッス……その、剣を……バル、ムンクを…………今、なんス、よ」


 消え入るような弱い声を、駆け出すシュンが消し飛ばした。

 ラムちゃんのものであるヴァイブロブレードを、大きく振りかぶる。

 だが、その時……メリッサは軽々と振り回すバルムンクを両手で構えた。

 瞬間……巨大な竜殺りゅうごろしの蛮刀ばんとうに、無数の光が走る。

 埒外らちがいに大きな刀身が、細かく分割されて飛び散った。


「なっ……何をした、メリッサ!」

「……ありがとう、ヴァルちゃん。これで私は、戦える! 號装イクイップ、モード・グラムッ!」


 分解したバルムンクが、全て変形しながらメリッサをおおってゆく。

 あの巨大過ぎる無骨な剣は、

 眼帯をしたメリッサは、そのまま光と共に新たな鎧に身を包んだ。

 その手に、つかだけになった剣が握られている。


「そんな……くっ、面白くしてくれるじゃないかっ! メリッサァ!」

「シュン……その顔は、もう見飽みあきた。妹をいじめる奴は……私がっ、許さない!」


 金切り声を歌うヴァイブロブレードを、メリッサが腕の装甲で受け止める。振動する刀身の衝撃に、アーマーの強度が全く負けていない。むなしく表面をひっかくだけで、ヴァイブロブレードはまるで泣いているようだ。

 そして、シュンの声がヒステリックに叫ばれる。


「こんなはずじゃ……でもっ、お前には武器がない!」

「そうだね。でも、これは返してもらう! これはっ、ラムちゃんのものだから!」


 真っ向からのパワー勝負だった。

 両手で剣を押し込むシュンを、メリッサは片手で跳ね返す。新たな姿となったメリッサは、まるでいかれるくろ独眼竜どくがんりゅう……凄みと共に闘志が彼女を覆っていた。

 あっという間にメリッサは、シュンの腕へ手刀を叩き込む。

 音を立てて、ヴァイブロブレードが転がり沈黙した。


「くっ、ならレールガンで!」

「それも返してっ! いや、奪い返すッ!」

「ははっ! メリッサ……お前の弱点は変わらない! 弱い妹という弱点を引きずる限りっ!」


 即座にレールガンをシュンは構える。

 その銃口は、メリッサに向けられてはいなかった。

 呆然ぼうぜんとしてしまったガンちゃんと、それをかばうように弱々しく立つカドやん。そして、ヴァルちゃんの元へ駆けつけた妹達。

 ラムちゃんは、見ているしかできなかった。

 咄嗟とっさにメリッサが、割って入る。

 新たなアーマーパーツの、その無敵の防御力を信じてたてになる。

 ゆっくりと、全てがゆっくりと見える。

 極限の緊張状態が、ラムちゃんの精神と意識に不思議な集中力を生み出していた。


(何? 待って、メリッサ姉様……みんなが、遅く見える。ああ、メリッサ姉様が)


 メリッサはシュンの銃口を前に身を広げる。

 ヴァルちゃんが作ったバルムンク、それを身にまといメリッサ・グラムとなった力は絶大だ。アーマーパーツはびくともしない。

 だが、わずかな露出のある太腿ふとももや二の腕、隻眼せきがんになった顔を弾丸が擦過さっかした。

 まるでなぶるように、レールガンが超伝導加速の弾体を浴びせる。

 自ら盾となって立ちはだかり、妹を死守するメリッサ。

 その全てが、ゆっくりと過ぎてゆく。


(これが、もしかして……ひょー姉様の言ってた、DUSTERダスター能力……とも、違う、のかな? ああ……手に取るようにわかる。掌握しょうあく、できてる。そうだ……助けに、行かなきゃ)


 瞬間、ラムちゃんの瞳からフッと光が消える。

 入れ替わるように、胸に刻んだ獅子が双眸そうぼうに怒りの炎を灯していた。

 それはまるで、純情な乙女の心が消え去り……獰猛どうもうなる百獣の王が目覚めたかのよう。

 ラムちゃんはすぐに、身動きできぬ中でビームサーベルを抜き放つ。それをなんと、背に装備したサフィールパックへと突き立てた。

 プラズマが散りばめられて、大爆発がラムちゃんを包む。

 だが、それを彼女は求めていた。

 バックパックを自爆させ、その爆発で天井から抜け出す。バックパックの残骸をパージしながら、彼女はシュンの背後に降り立った。


「ん? 何っ、自らバックパックを!?」

「ごめん、サフィールパック……シュン、私はあなたを許しません」

「この気迫、とも違う……怖くはない。こいつはボクより弱いはずだ。なのに、何故なぜ? どうして、ボクは震えているっ! ボクの身体が! 意思に反して!」


 レールガンがラムちゃんへと向けられる。

 だが、その時既にラムちゃんの意識は全てを俯瞰ふかんしていた。

 驚く妹達の顔、その中で何かを叫ぶメリッサの声。

 全てが凝縮され、何千倍にも引き伸ばして流れてゆく。

 ゆっくりと連なって、静かにたゆたっている。

 その中で今、ラムちゃんだけが普段通りに自分を動かしていた。


「な……何だっ! 何なんだっ! こんな奴にッ!」


 ラムちゃんの胸に今、熱く燃える獅子の眼光が光っていた。そして、まるでたてがみのように金色のオーラがあふれ出る。それはラムちゃんを包んで、獅子王ライオンハートごと威容いようを輝かせていた。


「メリッサ、ラムちゃんを……止める、ッスよ……あれは、違……あれは、駄目ッス」

「ラムちゃん! その領域ゾーンに脚を踏みれては!」


 だが、瞬時にラムちゃんは風になる。

 乱射されるレールガンは、全て彼女の影をむなしく切り裂いた。

 ラムちゃんは今、光の尾を引く金色の流星となって、一色線にシュンへと吸い込まれてゆく。

 そして、誰もが驚きに目を見張った。

 あのシュンが、恐怖に顔をゆがめているのだ。


「くっ、来るな! このぉ、ちろって言ってるのに!」

「シュン、許さない。私の武器で……姉様や妹達を」

「う、うわああっ! ラムちゃんっ、消えろっ! いなくなれぇ!」

「……消えるのは、あなたです」


 シュンがレールガンを持ち替え、それで打撃を繰り出してきた。

 それほどまでに肉薄にくはくした距離へと、ラムちゃんの光が広がってゆく。怒れる獅子王のたてがみは、荒れ狂う波のように二人を包み込んでいた。

 ラムちゃんは大ぶりな攻撃を避けて背後へ回る。

 そしてそのまま、羽交はがめにするようにして組み付いた。

 同時に、全身を包む黄金の光が輝きを増す。


「ぐっ、放せっ! 何を――」

「終わりです、シュン。メリッサ姉様が去れと、消えろといいました……だから、帰ってカーバンクルに伝えてください。私達は、負けません。私が全てを守りますから」


 夜を切り裂く流星となって、ラムちゃんは地を蹴った。

 天井を突き破って、真宿しんじゅくの夜空で月になる。

 拘束されたまま、シュンがビクリと身を震わす。そんな彼女の背中へと……零距離ぜろきょりの密着から、容赦なくラムちゃんは胸のビームファランクスを解き放つ。

 獅子の咆哮ほうこうにも似た光が、シュンを背から貫いた。

 そのままラムちゃんは、シュンを脳天から地面へと叩きつける。

 土煙の中から立ち上がると、不意に足元の感覚が失せてラムちゃんは倒れ込んだ。

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