第54話「しんじていたから、しんじれたから」

 夜の空気を震わせるのは、高周波こうしゅうはのように響くヴァイブロブレードの起動音。その刀身を振り回したシュンが、ニヤリと笑った。

 そして、ラムちゃんの背後にドサリと何かが落ちてくる。

 振り返れば、呆然ぼうぜんと天井をあおぐガンちゃんが倒れていた。

 大の字で動かない彼女は、フードが脱げてあらわになった顔に表情がまるでない。


「嘘……オレ、負けた? 今、何……? 何で」

「ガンちゃん!」


 思わず駆け寄れば、がらんどうのひとみがラムちゃんを見上げてくる。

 どうやらガンちゃんは、自分に起こったことがわからないようだ。無理もない、ラムちゃんにさせ剣筋けんすじは見えなかった。

 シュン……恐るべきカーバンクルの寵姫ちょうき

 カーバンクルが共に過ごした、ロキの人格と性格を再現した邪悪なる操り人形マリオネットだ。


「アハッ! ラムちゃん……背中が、ガラ空きっ!」


 気付けば、背後でシュンがヴァイブロブレードを振り上げている。

 自分が使っていた剣が、あるじへと無慈悲に叩きつけられようとしていた。

 咄嗟とっさにガンちゃんをかばって抱き寄せるラムちゃん。

 だが、激しい衝撃音と共にシュンの舌打したうちが響く。


「チィ! お前は……えっと、誰ちゃん? お前みたいなの、知らないんだけど」


 恐る恐る目を開けると、そこには姉の背があった。

 肩越しに振り返る姿は、バイザーの下の口元がとても姉に……メリッサに似てる。そう、メリッサの余剰よじょうパーツとジャンクでできた少女が、抜身の刃を構えていた。

 シュンも自分の斬撃を防いだ黒コートの少女にニヤリと笑う。


「ふふ、やるじゃん。その顔……気に入らないな。メリッサを思い出しちゃう。あいつ、嫌いなんだ……ボク以外に殺されるなんて。ねえ? 本当に……嫌いにっ、なっちゃうねえ!」


 ラムちゃんを救ってくれたのは、カドやんだった。

 乱戦の中、ウォーカーマフィアやネズミ達が混乱を極めている。ラグちゃんやアノイさんも、脱出してきたヘキサとジェネを守るので精一杯だ。

 レイカもガンちゃんの名を呼び続けているが、数に押されて苦戦していた。

 そして、シュンとカドやんが二合、三合と斬り結ぶたびに、危険なリズムを加速させてゆく。


「ははっ! 踊れるじゃないかあ……興奮しちゃうな。おい、メリッサもどき! 何とか言いなよ」

「…………」

「せめて名前は教えて欲しいなあ? あとっ、悲鳴だけは無様ぶざまに、高らかに、ねっ!」


 シュンの剣さばきは、獰猛どうもう野蛮やばんな荒々しさに満ちている。

 それを刀でいなすカドやんは、流麗なかたで紙一重の攻防だ。

 まさしく、濁流だくりゅう清流せいりゅう……二人が描く剣閃けんせんが、ぶつかり合うたびに火花を歌った。

 だが、徐々にカドやんが押され始める。

 無表情で戦う彼女の口元が、苦しげに歪められた。

 突然、なつかしい声が響いたのは、そんな時だった。


「見つけたッス! ラムちゃん、無事ッスか!? 新しいバックパック、持ってきたッスよぉ!」


 突然、外の窓を突き破る、疾風かぜ

 ガラスの破片をバラ撒きながら、何かが廃工場の高い天井を飛び回っていた。

 それは、メルキュール……ラムちゃんのバックパックを運ぶ翼だ。その背には今、姉のヴァルちゃんが乗っている。

 魔導書まどうしょらしきものを小脇に抱え、背には巨大過ぎる剣を背負っていた。

 旋回する中でこっちを見つけて、ヴァルちゃんが大声で叫ぶ。


「ラムちゃん、新しい顔よ! じゃない、新しいバックパック! 合体ッスよ!」

「ありがとうございます、ヴァル姉様!」


 だが、メルキュールがサフィールパックを切り離した瞬間……カドやんを斬り伏せてシュンが振り返る。彼女は突っ伏したカドやんを片足で踏みつけながら、背から見覚えのある武器を取り出した。

 あれは、ネイクリアスパックに装備されていた、ラムちゃんのレールガンだ。


「おっと、合体なんてさせないよん? 試射の相手にちょうどいいや、落ちろカトンボッ!」


 うなりを上げて砲身が弾丸を打ち出す。

 超電導ちょうでんどうで加速された弾体の射出と同時に、冷却で白いガスがしもを走らせた。

 だが、ヴァルちゃんはメルキュールの上から飛び降り叫ぶ。

 空中で開く書物は、魔生機甲設計書ビルモアだ。


「その手は見切ってるッス! あれこれ省略っ、いきなり構築ビルドっ!」


 迫る砲弾を前に、ヴァルちゃんの魔生機甲設計書から無数の光が飛び出した。

 それは、ヴァルちゃんの意志で自在に動く機械の下僕スレイヴ幾重いくえにも航跡を光らせ、あっという間に砲弾を切り裂いた。

 その爆発の中から、さらにシュン本体へと殺到する。

 死角へと回り込むフェザービットに、流石さすがにシュンも唇を噛んだ。


「ハッ! やるじゃないか、けどね……見え見えだよっ!」

「そうは問屋が……おろさないッス! 赤鷹ノ太刀あかたかのたちっ、抜刀! チェストォ!」


 ヴァルちゃんは背に、二振りの剣を背負っていた。

 愛用の赤い太刀と、もう一つ……あの重過ぎる巨刀、號装刃ごうそうじんバルムンクだ。

 ヴァルちゃんはフェザービットが乱舞する中、シュンと鍔迫つばぜり合いしながら着地した。だが、背の荷物が重過ぎた……思わずよろけたところを、簡単にシュンの剣先で転ばされる。

 迷ったが、ラムちゃんはサフィールパックとの合体を選んだ。


「ヴァル姉様、今行きます! ドッキングセンサー!」


 レーザーが同調して、軸線に乗る。

 合体と同時に、再びラムちゃんは空へと舞い上がった。

 高い天井スレスレを飛びながら、ガトリング砲でまずネズミ達を掃射する。妹達を手こずらせるウォーカーマフィアも、あっという間に散り散りになった。

 走る火線がミシン目のように、混乱の戦場をげてゆく。


「次はシュンを……あっ!」


 高度を落としたラムちゃんは、見た。

 奮戦むなしく、ヴァルちゃんはひっくり返され剣を突きつけられている。ガンちゃんは茫然自失ぼうぜんじしつで、カドやんも立ち上がるのが精一杯……絶体絶命だ。

 だが、シュンはヴァルちゃんの髪を鷲掴わしづかみにして笑う。


「おやあ? 何それ……いい武器持ってるじゃないか」

「こ、これは……駄目ッス。これは」

「いいからちょっと貸してみなよ。ほら」

「駄目なんス! これは絶対に! 絶対に渡さないッス!」

「……笑えないんだけど? なあ!」


 シュンがヴァルちゃんを蹴飛けとばした。

 吹き飛ぶヴァルちゃんが、悲鳴と共にコンテナにめり込み崩れ落ちる。それでも、彼女は背の剣をかばうように立ち上がった。

 シュンがますます、不快感に鼻を鳴らして眉根まゆねを釣り上げる。


「はぁ? なんなの、ねえ! ねえって、さあ! それ……凄い欲しくなってきちゃった」

「ハァ、ハァ……自分、お姉ちゃんスから。ラムちゃん達の、お姉ちゃんなんスから……絶対に、絶っ、対っ、に! 負けないッス! ――ガッ!? ハ……」

「あ、ごめん。撃ったら当たっちゃった、アハハ! これ作ったの、君だろ? いいレールガンだねえ。次はこっち、ヴァイブロブレードも試してみよっか? 君自身で!」


 ラムちゃんは頭が真っ白になった。

 絶叫と共に、急降下でシュンへと加速する。

 逆落さかおとしに突撃するラムちゃんを見上げ、狂気に満ちた笑みでシュンは迎え撃った。


「シュンッ! これ以上はやらせませんっ! 私の、私達の姉様を!」

「っるさいな、ブンブン飛んでさ。邪魔だっての!」


 お互いの繰り出した切っ先が金切り声を張り上げる。

 ラムちゃんのヴァイブロウォーブランドが、鋭い光の弧を描いた。

 不協和音ふきょうわおんきざみながら斬り合う中、ラムちゃんが冷静さを失ってゆく。一撃を繰り出すたびに、怒りが全身を熱く燃やしてゆく。

 どの武器も、ヴァルちゃんが一生懸命作ってくれたものだ。そして、あの重いバルムンクは、恐らく……本当に大事な、大切な姉のための剣だ。

 絶対に渡してはならない。

 だが、あせる気持ちの高ぶりが、ラムちゃんを危険な領域で破綻はたんへと導く。

 余裕の笑みでシュンは、斬り上げでラムちゃんを天井高く叩き付けた。

 少ない照明が割れて、さらなる薄闇の中でラムちゃんは天井に埋まった。


「グッ! こんなことで……」

「そこで高みの見物でもしとくんだね! さぁて、ヴァルちゃーん? そのオモチャ、貸してくれるよねえ? でないと……ミリ単位で刻んじゃうよ? それとも、全身の3mm穴をガバガバにしちゃおっか? ふふ、ふはははっ! たぎる! みなぎるよ!」


 ゆっくりとシュンが、ヴァルちゃんの前に立った。

 震えながら立とうとするヴァルちゃんの、そのにらむような視線へ哄笑こうしょうを浴びせる。そして、彼女の背からシュンは無情にも大剣を取り上げた。

 瞬間、あのシュンがよろける。

 それほどまでにバルムンクは重いのだ。


「な、何だこれ……とっとっと。おいおい、ヴァルちゃん? こんなん使えないよ。失敗作?」

「違う、ッス……使えない、のは……シュンが……原因」

「またまたぁ、殺すよ? ボクに使えないってことは、つまりゴミってことさ。なーんだ……つまんないの」


 ズルズル引きずるようにして再度持ち上げ、シュンは「せーのっ」とバルムンクを投げ捨てる。

 風切る巨大な刃が、廃工場の隅で何かのタンクに突き刺さった。

 白い煙が勢い良く吹き出し、その中へとバルムンクは消えていった。

 ラムちゃんは天井にめり込んだまま、周囲の鉄骨や瓦礫がれきの中で藻掻もがく。


「くっ、こうなったら私が……シュンッ! 私が相手です!」

「そうなの? なら、早く降りといで。ははっ!」


 絶望の中へと今、ラムちゃんと姉妹達が沈みかける。

 だが、りんとした声が走ったのは、そんな瞬間の出来事だった。


「シュン……私の妹達を、いじめてくれたね。私は今……凄く、怒ってる!」


 その声に誰もが振り向いた。

 その姿を探して求め、ずっと旅をしてきた。

 諦めずに信じ、信じるからこそ待った。

 今、その願いと祈りが形になったのだ。

 吹き出す白い闇の中に、人影が浮かぶ。長い髪をひるがえして、その少女はタンクに突き刺さったバルムンクを軽々と引き抜いた。

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