第53話「わざわいのかみ、ふたたび」

 小島市こじましの外れに位置する、廃工場。

 誰もが眠る深夜、丑三うしみつ時……人知れず明かりのともった屋内に、二つの勢力がにらみ合っていた。

 片方は巨大な体躯たいくでひしめき合う、ウォーカーマフィア。

 そしてもう片方は、鎧で身を固めたカーバンクルの手下達だ。

 ラムちゃん達は息をひそめて、暗がりの中から建物の中を見詰める。


「む……我が姉ラムちゃんよ。あそこにいる一回り大きなネズミは」

「え? えっと……あっ! あれは、この間の港町で一悶着ひともんちゃくあった」

無双丸むそうまる、でしたっけか。そう、自称怪力ネズミの無双丸ですよ!」


 見知った顔がいた。

 それは、いかつい巨漢きょかいのネズミだ。

 しかし、ウォーカーマフィアを前にすると、大人と子供である。それでも、カーバンクル側の代表者なのか、彼は一番前で巨大な未来のネズミを見上げていた。

 そう、未来……ウォーカーマフィアは地球が廃惑星はいわくせいと呼ばれる時代のネズミである。

 その話し声は聴き取れないが、どうやら決裂する雰囲気はない。

 じっと見守っていると、遅れてきたレイカとガンちゃんが合流する。二人はラムちゃんに並んで中を見て、すぐに事情を察した。


「へえ、ウォーカーマフィアと話そうってのか」

「レイカ、どうする? ……オレが、殺る?」

「まあ待て、ガンちゃん。奴等、どうやって話を……ウォーカーマフィアは食欲と闘争本能だけのバケモノだぜ? 何を――」


 その答は、シンプルだった。

 あまりに単純過ぎて、ラムちゃんも妹達も言葉を失う。

 それはまさしく、

 唯一にして無二の、それは簡単過ぎる解決法だった。


「……何か、渡してるね。無双丸」

「ええ……受け取ったウォーカーマフィア達は……」

「食べて、ますね」

「ん、あれ……チョコレート。オレの鼻は凄くいいよ」


 ガンちゃんが鼻をヒクヒクさせる。

 ラムちゃんも周囲の妹達も、唖然あぜんとしてしまった。

 単に、食べ物で釣った。

 食欲の権化ごんげに、菓子を与えたのだ。

 ただそれだけのことで、思わず気が抜けてしまう。

 だが、見返りにウォーカーマフィア達は、奥からボロ布に包まれた人影を連れ出してきた。粗雑そざつで乱暴な巨大ネズミ達に、引きずられるようにして物のようにあつかわれる人物。

 顔はボロ布で覆われて見えない。

 マントのように全身をおおっているが……縛られた鎖で引かれる片手が見えた。

 白い、手だ。

 そして、そこには……以前、ラムちゃんが巻いてあげたお守りが結ばれている。ひょーちゃんのアンチビーム用クロークを千切ちぎってむすんだ、再会と団結をちかったお守りだ。

 それを見た瞬間、確信と共にラムちゃんは飛び出していた。


「あれは……ジェネ姉様っ! 今、お助けしますっ!」


 武器は、ビームライフルとビームサーベルしかない。

 迂闊うかつで早まったかもしれない。

 そして、勝算はない。

 ないことだらけの中で、窓ガラスをブチ破ってラムちゃんは走った。突然のことに、ネズミ達は振り返るなり声をあげる。だが、気勢を叫んで武器を抜く兵隊達の奥では、まるで猛獣のような咆哮ほうこうを響かせるウォーカーマフィア。

 だが、ひるまずすくまず、むしろ己の逸る気持ちのままにラムちゃんは加速した。

 そして、背後では驚きの声と同時に、妹達が走り出す。


「っしゃあ、行けガンちゃん! 片っ端から喰っちまえ!」

「わかった、オレ、る……もう、誰もらせない」

「ラグナス、私に力を! 共に戦いましょう」

承知しょうちした、我が主よ……いざ、真の力を!」

「では、くか。カドやん、我と共に嵐とならん! 今宵こよい紅蓮ぐれんと燃えて全てを……焼滅しょうめつさせる!」


 あっという間に妹達が武器を展開する。周囲にあふれるアノイさんの炎が、室内を煌々こうこうと照らした。そして、砲弾のように赤い影が飛び出してくる。

 目深にフードを被った、それはガンちゃんだ。

 まるで放たれた狂犬のように、素手と尻尾でネズミ達を蹴散けちらしてゆく。

 真っ先に武器を向けてきた無双丸に対峙たいじし、彼女は肩越しに振り返った。


「ラムちゃん、行け。オレ、ここで戦う」

「ガンちゃん!」

「行け、急いで……ラムちゃんは、オレの……オレ達の、ねえちゃん、だから」

「はいっ!」


 ビームライフルから牽制の光をバラきながら、ラムちゃんはウォーカーマフィア達の群れへと飛び込んだ。そして、乱戦の中でビームライフルを敵へ放る。

 同時に、抜刀……二本同時に、ビームサーベル。

 雌雄一対しゆういっついの光刃で、中空のビームライフルを両断した。

 あっという間に爆発が周囲の空気を沸騰ふっとうさせる。

 それを目くらましに、一気にラムちゃんは跳んだ。

 ウォーカーマフィアの動きが止まった、一瞬の間隙かんげきへと己を押し出す。


「ジェネ姉様、助けに来ましたっ! ジェネ姉様っ!」


 だが、その瞬間……ラムちゃんは反射的に立ち止まった。

 その、わずかな一瞬が明暗を分けた。

 ラムちゃんの脚を止めたのは、やはり妹の声だった。


「ネーチャン! そいつ、違う……気をつけて、ネーチャン!」


 それは、

 肩越しに振り返って、ラムちゃんは見た。

 破損状態で、右腕の欠けたジェネを背負せおっている。

 では、目の前のボロ布の人物は?

 そして、戦慄と共に、衝撃。


「――っ! あ、ああ……っ! あ、貴女あなたは!」


 気付けば首を強力な力で締め上げられていた。

 そのままボロ布の中から伸びる手が、ラムちゃんをくびるように吊し上げてゆく。そして……持っていたジェネの右手を捨て、恐るべき敵が闇のヴェールを抜いだ。

 その姿を見て、ラムちゃんは無力をさらしながら絶叫する。


「ハハッ、無様だねえ? あれ、どしたの? ん? まあ……今すぐ死んだメリッサの元に送ってやるよ」

「あ、貴女は……シュンッ!」


 姉だと思った人物の正体は……姉の切り落とされた手を持つ、シュンだった。相変わらず寄せ集めのパーツで、きしむような異音をかなでてニヤニヤと笑う。

 とても冷たい、まるで永久凍土のような笑みだ。

 感情のも花も生えない、狂気にてついた少女……それが、シュン。

 ミシミシと自分の首がたわむ音を聴きながら、ラムちゃんは奥歯を食いしばる。


「さて……ヘキサ! よく一人で脱出できたねえ? その、背中のお荷物を見捨てれば、もっと楽だろうに」

「ッ! お前、ヤな奴! ジェネ、オレのネーチャン! 見捨てる、できない! ……したくない! 見捨てる、しない!」

「はいはい、わかった、わかりましたよ。っと……知能の低い奴は後回しにして――」


 徐々にラムちゃんの意識が朦朧もうろうとしてくる。

 片手一本で力任せにラムちゃんを吊るしながらも、まだシュンは余裕の笑みに表情をゆがめている。

 そして、そんな彼女に弾丸のようにぶつかる紅い影。


「見つけた……シュンッ! お前、見つけた!」

「ありゃ? こないだの、ええと……シン? そう、バカな黒パーカーの色違いだ。何? レアキャラゲット? みたいな?」


 シュンから解放され、地面に落ちてラムちゃんは呼吸をむさった。

 身を起こすが、すぐに大地へと崩れ落ちてしまう。

 涙でにじむ視界の中では、ガンちゃんがシュンと対峙していた。

 まるで、二人が発する殺気と殺意が見えるかのようだ。そして、あんなにぼーっとしていたガンちゃんが、感情も顕で牙を剥き出しにしている。


「お前、しってる。シュン、オレ達のねえちゃんを……シンを、殺したっ!」

「勝手に死んだんだけどなあ? いいパーツがあったら貰おうと思ったけど……こいつで消し飛んだんだよっ! アハ!」


 即座にシュンが光粒子砲こうりゅうしほうを展開する。それは、死んだトゥルーデから奪った陽電子砲ようでんしほうでもある。だが、即座にガンちゃんは踏み込んで肉薄にきはく、距離を潰した。

 まるで、戦うために生まれてきた狂戦士バーサーカーだ。

 その身に有り余る暴力を解放し、戦鬼せんきとなってガンちゃんは戦う。

 だが、ラムちゃんは見た。

 フードの奥からほおを濡らす、ガンちゃんのあかい涙を。


「オレは難しいこと、わからない……けど、感じる! 信じる! お前は……生かしておけない奴! オレの……オレ達のねえちゃんの、敵!」

「チィ、吶喊馬鹿とっかんばかか! なんて爆発力。フフッ、いいよ……おどってあげる」

「黙れよ……黙れ! でないと、黙らせる!」

「ふふ、そんな無軌道な力任せじゃ、ねっ!」


 二人の激闘が、周囲のネズミ達をも巻き込んでゆく。

 互いしか見えぬまま、危険な死の輪舞ロンドに踊るガンちゃんとシュン。

 他の妹達は、逃げ出してきたヘキサとジェネを守りながら、ウォーカーマフィアと戦っていた。だが、多勢に無勢で苦戦している。

 それでも、震える両膝に力を込めて立ち上がる。

 ってでも、ガンちゃんを止めに割って入る。

 手を伸ばすラムちゃんの濡れた目に、あの日のシンの姿が重なって見えた。

 メリッサを守るため、シュンと激闘の末に光の中へ消えた姉……シン。

 同じキットから修復され、改造されて生まれたガンちゃん。

 それはあたかも、異形を取り込み災禍さいかさえ力にする……あの雅神牙がしんがそのものだ。


「今、行くから……ガンちゃん、駄目……そういう戦い方をしては、いけない――」

「おっと、ラムちゃん? よーく見てるんだね。ふふ……じゃーん! こいつでっ!」


 不意にシュンが、背負った巨大な剣を抜くなり構えた。そして、一刀の元にガンちゃんを斬り伏せる。

 我流ゆえかたのないガンちゃんは、正しく荒れ狂う紅い竜巻。

 だが、その勢いをそのまま受けて切り替えした刃は……シュンの手に握られた、

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