第52話「さいかい、いもうとよ」

 芦刈組あしかりぐみ三ツ矢ミツヤが住んでいる屋敷は、小島市こじましの外れにぽつねんとあった。

 程々に大きいが、質素で飾り気のない日本家屋である。ここからは、真宿しんじゅく喧騒けんそうもどこか遠くの国のようだ。

 閑静かんせいな住宅街は、宵闇とこやみの中で静かにラムちゃん達を出迎えた。

 屋敷に入るとすぐ、出迎えにラグナスが現れる。


「無事であったか、ラムちゃん。アノイさんも。我があるじが奥で、ここのネズミ達に世話になっている」

「ラグナス! じゃあ、ルナリアは無事なんだね」

「我が主はな。それより……そちらの者は? エンジェロイド・デバイス……では、ないが」


 先生をチラリと見て、ふむとラグナスはうなる。

 その後も気になる言葉を残し、ふよふよと浮かぶラグナスが部屋の奥へ戻ってゆく。

 ラムちゃん達は三ツ矢とその手下に案内されながら、その背を追って続いた。そして、奥で布団の上のルナリアと再会する。

 あっちも驚いたようで、目を丸くして見開く。


「ラム姉様……! アノイさんも!」

「ルナリア、怪我はない? ……養生ようじょうしてるって聞いて」

「我が姉ラムちゃんよ、ルナリアもラグナスも大きなダメージはないようだ」


 腕組みうなずくアノイさんの言う通り、ルナリアは布団から起き上がって立とうとする。だが、少しよろけたのでラムちゃんがあわててて支えた。

 前より少し、せたような気がする。

 だが、微笑ほほえむその笑顔はいつものルナリアだった。


「すみません、ラム姉様……少し、せっていて。でも、もう大丈夫です!」

「無理しちゃ駄目だよ? とりあえず無事でよかった」

「私は無事だったんですが。ラグナス、あれを運んできて頂戴」


 そうルナリアが振り返った時には、ラグナスが奥から大きなパーツを持ってきた。

 よく見ればそれは、ラムちゃんのネイクリアスパックだ。

 ネイクリアスパックはところどころひび割れ、大きく破損している。何より、搭載されているシールドやレールガン、ヴァイブロブレードがない。

 この状態では、合体しても機能しないことは明らかだった。

 だが、ラムちゃんは大事そうに我が身の分身をでる。


「よかった……これなら、ヴァル姉様にお願いして直してもらえるかもしれません。お前も、それがいいよね? うん、そうしようね……それより」


 周囲を見渡し、妹達の頷きを拾ってラムちゃんは言葉を選ぶ。

 ネイクリアスパックは大事なパーツだが、それよりも姉や妹達の方がもっと大切だ。


「ルナリア、ラグナスも。ヘキサとジェネ姉様を知りませんか?」

「ふむ……我が主が意識を取り戻したのも、まだ昨日の話でな」

「ごめんなさい……あの時、シンデレラの次元転移ディストーション・リープの光に飲み込まれ、そこで……アルタも無事だといいんだけど。アークは特別、アルタを気にしてるみたいだったから」


 アルタがゴーアルターをイメージして作られたキットであるように、アークもまたGアークの姿を元に生み出されたキットである。両者は厳密には、エンジェロイド・デバイスではない。

 エンジェロイド・デバイスの規格に適合する、それを超えた存在だ。

 真道歩駆シンドウアルクという名の少年のため、ヤマダ博士や織田竜花オダリュウカが作ったものである。その力は、プラモデルであるラムちゃん達を凌駕りょうがする……しかし、どうやらアルタはまだ、力を出し切れていないようだった。

 それと、もう一つ……どうしてもラムちゃんは気になることがある。


「アークさんは、サンドリオン姉様とやはり……でも、どうして? サンドリオン姉様は何故なぜ、愛し愛される中で……あんなかなしい顔を」


 あの時、アークとサンドリオンの間にはきずなが感じられた。

 双方を行き交う想いがあった。

 しかし、アークはアルタとの戦いを選び、サンドリオンはラムちゃん達をこの三番艦愛鷹さんばんかんあしたかへと飛ばした。その時の切なげな顔が、れたひとみが今も忘れられない。

 もしやあれは、妹達を探すラムちゃんをわざと飛ばしてくれたのか?

 その答は、直接サンドリオンに聞くしかない。

 決意も新たに再会を祝っていると、三ツ矢が背後で手下達に囲まれていた。何やら報告を受けて、彼は物々しくうなずく。


「ちょいといいかい? 姉さん達。少しばかり面倒なことになってきやがったぜ」

「どうしたんですか? 三ツ矢さん」

「例のウォーカーマフィアの連中……カーバンクルの兵隊達と合流しそうなんでさあ」

「えっ!? そ、それは……どうして」


 ウォーカーマフィアとは、二番艦にばんかんサンダー・チャイルドや四番艦さんばんかんピークォドに住み着いた、言わば廃惑星時代はいわくせいじだいのネズミである。過酷な環境で汚染物質の中、特異な進化を遂げた巨大ネズミ……カーバンクルの魔力による洗脳すら弾き返す、獰猛どうもうな生存本能を持っている。

 そのウォーカーマフィアが、カーバンクルと手を組む。

 それは、ありえないとは言い切れないし、さらなる脅威に感じられる。

 そして、三ツ矢のさらなる言葉が戦慄せんりつを呼ぶ。


「その会談の場所で、どうやら捕らえられたエンジェロイド・デバイスが引き渡されるらしい。カーバンクル側で引き取って、そのあとは――」


 三ツ矢は敢えて言わなかった。

 だが、言葉にならないからこそ、事の大きさがよくわかる。

 今まで既に、メリッサとひょーちゃん、フランベルジュの三姉妹、そしてレイが行方不明になっている。皆、メリッサを救出するためにでかけて、メリッサごと消息も知れないのだ。

 この上でまた姉妹を失う訳にはいかない。

 その想いがラムちゃんの中で燃え上がる。


「三ツ矢さん、場所はわかりますか?」

「おいおい、ねえさんよう。そうはやっちゃあいけねえ……ねえ? 先生」


 気付けば、ラムちゃんの肩にそっと先生の手が乗る。バイザーの奥から、彼女は無言の視線を注いできた。

 まるでさとすような、いましめるような……優しくも厳しい目だ。


「……では、まずは情報を」

「手下達に見張らせやしょう。おう、手前てめ! ちょいといいとこ見せとくれよ? このシノギにゃあ、この町と愛鷹の全てがかかってるけえのう!」


 三ツ矢がかつを入れると、居並ぶネズミ達が一斉に動き出した。

 ラムちゃんは気が急いてしまって、どうにも落ち着かない。ただただ、戻ってきたネイクリアスパックを胸に抱き、両腕でギュッとする。

 そんな時、ルナリアとラグナスが左右からそっと語りかけてきた。


「あの、ラム姉様……あの方は、もしやメリッサ姉様では」

「あ、違うんだ。ルナリア、そしてラグナス。あの人は先生だよ。メリッサ姉様の余剰よじょうパーツで作られてるんだ」

「ふむ、どおりで……我が主から聞かされた面持ちや雰囲気そのままだった故な」


 だが、ルナリアはぴょこんと前に一歩踏み出て、先生の長身を覗き込む。


「あの、ありがとうございます。先生、でいいんですか?」


 静かに首を縦に振る先生へ、ルナリアは笑顔を咲かせた。

 もうすぐ戦いがあるかもしれないので、ラグナスが彼女の修道服シスターふくを用意し始める。だが、寝間着のままのルナリアは先生を見詰めていた。


「あの、その格好……もしかして、人間達の書物に出て来る登場人物ですか? 私、その……見たこと、あるんですけど」


 一瞬、先生は首を傾げて見せた。

 どうやら先生は、意図的に何かを真似た姿ではないらしい。

 だが、ルナリアの着替えを手伝うラグナスも、同じように言葉を続けた。ルナリアが脱ぎ出して、慌てて三ツ矢が他のネズミ達と部屋を出てゆく。


「我が主と共に以前、人間の書物を読んだことがある。あれはそう、確か……四番艦ピークォドで、惑星"ジェイ"のペーパーバックを読んでいた時だ」

「ああいうのは確か、天原旭アマハラアサヒさんという方がお好きでしたよね。あの方は持ち込んで、忘れていった物かもしれません」

「シーサイド・フェスティバルという作品の、カドモスというロボットに似ておるな」


 それは、地球に突如現れた脅威を、タイトル通り水際で撃退する人間達の物語だ。その中で、黒いコートを着たロボットが登場するという。

 話を聞いてみれば、確かに似てるとラムちゃんも思った。

 みんなでそう思ってた時、ずっと遠巻きに見ていたアノイさんがやってくる。彼女は先生の肩をポンポン叩いて、何故か自信満々で言い放った。


「よし、それではなんじはこれよりカドちゃん、いや……だ」

「ちょ、ちょっとアノイさん。先生に失礼じゃ……あ、あれ? 喜んでます、か?」

「我にはわかる……の者は激戦を潜り抜けてきた強者つわもの。そこに、エンジェロイド・デバイスかどうかは関係ない。……どうだろうか、カドやん。そ、それにだな、う、うむ」


 不意に口ごもり、照れたようにアノイさんは向こうを向いてしまった。

 だが、その耳が赤い。


「カドやんさえ、よければ……わっ、わわ、われの、妹にしてやっても、いい……うむ」


 思わずラムちゃんは、ラグナスと一緒に吹き出してしまった。

 同時に、ラグナスも器用に両肩をすくめて見せる。

 先生あらためカドやんは、気に入ったのか何度もアノイさんの頭をポンポンでていた。これではどっちが姉だかわからない。そして、覇者のオーラに満ち満ちたアノイさんは……時々妙に乙女チックで姉妹愛がみなぎり過ぎてしまうことがあった。


「よし、ではみんなで姉妹の仲間を救出しましょう。決してあせらず、慎重に」

「はい、ラム姉様」

「我もまた、全力を尽くそう。……ふむ、カドやんもやる気まんまんだな、フッ」


 頷くカドやんと共に、ラムちゃんは作戦を練り始める。

 四番艦愛鷹に、長い長い夜が訪れようとしていた。

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