第51話「にんきょう、むねにおとこぎ」

 おどろくべき敵、その名はウォーカーマフィア。

 二番艦にばんかんサンダー・チャイルド、そして四番艦よんばんかんピークォドの二体は、この時代の兵器ではない。はるか未来、地球が廃惑星はいわくせいとなった時代に現存したウォーカーという巨大歩行戦艦きょだいほこうせんかんなのだ。

 船にネズミはつきものである。

 そして、ウォーカーが発掘されて使われる時代……地球はすでに滅び終えていた。

 大規模な環境汚染や、汚染物質にまみれた土地、そして半減期を過ぎぬままに放置された放射性物質。あらゆる害意が、自然の動物さえも変貌させてしまったのだ。


「なるほど、それがウォーカーマフィアのネズミ達なんですね」


 レイカから説明を受けながら、ラムちゃんは歩く。

 先生の家まで戻ってくると、意外な人物が待っていた。


「おや先生、珍しいことで……ご無沙汰ぶさたしとりますう」


 着流しを着た一匹のネズミが、玄関の前で待っていた。

 ネズミ達の文明は爛熟期らんじゅくきを迎えているのか、通りには黒塗りの車が止まっている。頬に傷のある若いネズミ達が、周囲へと眼光鋭く注意を払っていた。

 ラムちゃんの目にも、この年老いたネズミが只者ただものではないと知れる。

 その表情は穏やかだが、瞳の奥には強い光が宿っている。

 目が合うと、向こうは目礼もくれいで迎えてくれた。

 礼をもって挨拶を返すと、となりからレイカちゃんが飛び出す。


三ツ矢ミツヤのおっちゃん! もう傷はいいのかよ。アタシ、結構心配したんだー」

「ハハッ、せてもれてもこの三ツ矢、そう簡単にはくたばりまへん。……このままったら、あの世で伍田ごだのに笑われちまわあ」


 ラムちゃんがアノイさんと一緒に、二人を見守る。

 後ろでぼーっと立っていたガンちゃんが、ボソボソと小声で教えてくれた。


「あの人、小島市こじましのおっちゃん。この辺の浮浪児ストリートチルドレン、時々世話になる。真宿しんじゅくのちょっと先、小島市。そこ、ゴタゴタ色々あった」

「ガンちゃん、ネズミさんと知り合いなんですか?」

「うん。おっちゃん、商売上手。頭も、いい。なんか、学者? とかっての。それで、ゴミ拾いとか、屑鉄くずてつ集めとか、金にするの面倒みてくれる」


 ラムちゃんは再度、レイカちゃんと話し込むネズミを見やる。

 油断ならない気配だが、同時に今は敵意を感じない。

 この街では恐らく、こうして多くのネズミが組織単位でナワバリ争いをしているのかもしれない。ならば、彼等にとってもウォーカーマフィアのネズミ達は敵の筈だ。

 言ってみれば、言葉の通じぬ第三勢力……もしくは、ずばり外来種がいらいしゅだ。

 そんなラムちゃんの思考を読み取るかのように、三ツ矢はニヤリと笑う。


「そっちのあねさんが、あれかい? レイカとガンちゃんの」

「あ、はい。えっと、私がラムちゃんで、こっちは妹のアノイさんです」


 ラムちゃんはペコリと頭を下げる。

 うんうんとうなずいて、三ツ矢はふところから煙草を取り出した。こうしていると優しげな壮年の紳士だが……やはり、油断ならない気配が漂ってくる。

 それは、死線をくぐり抜けた男の持つ覚悟かくごだった。

 それを察したのか、アノイさんも「ふむ」とうなった。


「しかし、姐さん達も大変だねえ。どうだい、先生は結局……メリッサだったのかい? 今、カーバンクルの手下共が血眼ちまなこになって探してる、エンジェロイド・デバイスの大姐おおあねさんだ」

「それは……えと、一部のパーツはそうなんですけど、メリッサ姉様ではないみたいで」

「そうかい、そりゃ残念だ。まあ、先生は先生さなあ」


 煙草をくわえた三ツ矢が、今度は火の元を探してガサゴソと懐をまさぐる。だが、それより速くアノイさんが、パチン! と指を鳴らした。

 シュボン! と小さな火花が散って、三ツ矢の煙草が紫煙しえんくゆらし始める。


「こりゃ、えろうすまへんなあ」

「……随分と鉄火場をくぐり抜けてきた顔を。姉者、この御仁ごじんは只者ではない。我にはそれがわかる」

「こりゃ、こっちの姐さんはおっかないや。へへ」


 そして、三ツ矢が周囲を一度見渡し、ゆっくりと言葉をつむぐ。

 それは、ラムちゃんにとっては天佑てんゆうとも言える知らせだった。


「なんや、昨夜ちょいと妙な二人組を拾いましてなあ。ありゃ、片方はエンジェロイド・デバイス……修道女シスターみたいな格好をしてましてなあ。もう片方は、何や幽霊のようにふわふわ浮いとるだけで」

「ルナリアとラグナス! ラグちゃんの二人ですね。それがどうして」

「小島市ゆうても、小さい町ですわ。何や、妙な機械を守ってましてなあ。こう、ちょうど背負う形で翼がついてて、なんや大砲とダンビラが一緒にありましたわ」

「ネイクリアスパック……じゃ、じゃあ二人は!」

「えろう疲れてるみたいで、うちの組で預からせてもろてます」


 サンドリオンの次元転移ディストーション・リープによって、バラバラにされたラムちゃんの姉妹達。

 だが、行方不明のネイクリアスパックも嬉しかったが、それを探して守ってくれた妹達に胸が熱くなる。どうやら無事で、今は箕輪組みのわぐみ傘下さんかに入った三ツ矢の芦刈組あしかりぐみで養生しているらしい。

 これであとは、行方不明はジェネとアルタだけだ。

 ジェネは守りの防壁の使い手で、うらないや予知といった力にも長けている。

 アルタもまだまだ未熟だが、その力の伸びしろは未知数だ……ただ、ライバルとも言えるアークを前に、果たして無事かどうか。


「あのっ! とりあえず、ルナリアとラグナスに会いに行ってもいいですか?」

「そりゃ、かまいまへん。まあ……信用せえ言うんは、ちょっと難しい思いますけど。そこはうちらも、以前は先生にえろう世話になりまして。ただ……ただなあ、姐さん」


 不意に三ツ矢の目元がけわしくなった。

 途端に、るような眼差まなざしが刃の鋭さを帯びる。

 ラムちゃんの背筋を、寒気が瞬時に駆け上がった。


「姐さん……あのウォーカーマフィアの連中、うちらも手ぇ焼いてましてなあ。せやけど、カーバンクルの兵隊さんも、その周りで甘い汁吸うてる奴等も、いい顔しまへん」

「つまり……誰にとってもウォーカーマフィアのネズミさんは、敵」

「さいです。んで……敵の敵は味方ちゅう、そういうことは考えませんのやろか?」


 三ツ矢の目は本気だ。

 そして、自分はためされているとラムちゃんはすぐにわかった。

 だが、考えるまでもない。

 感じるままに、ただ当然のことを判断して、それを知ってもらう。共有できるのなら、それは信頼関係の構築に成功したと思ってもいいだろう。


「敵の敵は味方……しかし、三ツ矢さんにとってもウォーカーマフィアのネズミさんは」

「勿論、目の上のたんこぶですわ。デカいガタイでうちのシマぁ、荒しよる。あいつら、女子供も見境ないし……あればあるだけ食っちまう。あとに残るのは、ゴーストタウンと化した廃墟はいきょだけや」

「私は、妹の恩人に害をなす者達とは手を結べません」

「ほう……?」

「敵の敵が味方ならば、共通の敵を倒してしまうと……そのきずなは失われてしまいます。何かを敵として団結しても、それは一緒に戦う仲間として相手を見ている訳ではありません」


 そこに、戦略的な有利不利、損得という概念がいねんはなかった。

 ただ、ラムちゃんの気持ちは極めてシンプルだ。

 ――メリッサ姉様なら、どうするか。

 だが、答は決まっている。

 皆の敬愛する長姉ちょうしなら、こうしている間にも妹の待つ場所へとスッ飛んで行ってる筈だ。メリッサはそういう人で、だから皆にしたわれ信頼されているのだ。

 三ツ矢はニイイと口元をゆがめ、愉快そうにのどの奥を鳴らした。


「小気味いい話でんなあ、姐さん。真っ直ぐで清廉潔白せいれんけっぱく……せやけど、綺麗過ぎる」

「そんなことはありません。私の手は、汚れています。本来は人間達の娯楽として遊んでもらう、玩具おもちゃなのに……自我を得て今、戦っています。それは例え、どういった大義があっても……私はもう、ただの玩具ではいられません。何もしたくはないんです」

「ええでしょう。もともと会ってもうらつもりでしたしい、それに……少々興味が湧いてきましたわ。姐さん、苦労しますやろ? ほんにもぉ、難儀なやっちゃ」


 それだけ言うと、三ツ矢はクイとあごで車の方をしゃくった。

 若いネズミ達が、そそくさと後部座席のドアを開く。

 レイカはガンちゃんと一緒に、互いに向き合い頷いた。


「ラムの姉御あねご! とりあえず、アタシ達は一度家に戻る。他のガキ共も心配だしな」

「ご飯、みんなに、くばる。今日は、けっこー、配れそう」

「だな。先生から金も借りれたし」

「ん」


 そこで、一度二人と分かれてラムちゃんは芦刈組の屋敷におもむくことになった。

 無論、アノイさんと先生が一緒だ。

 彼女が肩の炎を揺らして近付くと、流石さすがに若いネズミ連中に緊張が走る。だが、格の違いがはっきりわかるのか、彼等は萎縮いしゅくしてあっさりと引き下がった。

 こうしてラムちゃんは、三ツ矢達と一緒に小島市へと向かうのだった。

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