第50話「いなごと、みつかいと」

 ラムちゃんが走る先で、悲鳴と絶叫が木霊こだまする。

 街のネズミ達が、蜘蛛くもの子を散らすようにして逃げ回っていた。

 そして、その騒ぎの中心に広がる光景を見て、ラムちゃんは絶句する。


「なっ……こ、これは!? このネズミさんは、いったいっ!」


 そこには、暴徒と化して暴れまわるネズミの姿がある。だが、それは今まで戦ってきたネズミではない……見た目からして全然違ったし、その巨体から放たれる殺気は尋常ではなかった。

 そう、巨体……普通のネズミ達の二倍以上も大きい。

 赤錆あかさびた色の体毛も硬そうな光を反射しており、雄叫びはまるで猛獣のようだ。


「あのネズミさんは……はっ、ガンちゃん! ガンちゃん、無事ですか!」


 暴れまわる巨大ネズミ達の中へと、逃げる者達の流れに逆らいながらラムちゃんは走った。妹のガンちゃんが飛び出してしまったのを思い出したのだ。

 だが、妹を案ずる気持ちが杞憂きゆうで終わる。

 異形のネズミ達の中に、暴虐的ぼうぎゃくてき真紅しんくの光が走った。

 それは、パーカーを被ったガンちゃんが、暗がりの中で輝かせる瞳の光だった。


「うざいよ、もう……オレが、潰す」


 華奢きゃしゃ矮躯わいくが、ネズミの爪を受け止める。

 そして、無造作に振りかぶられたオーバーハンドな拳が炸裂した。

 全身を砲弾にするようにして、ガンちゃんは戦う。

 群れなす巨大ネズミ達の中で、まるで荒れ狂う緋色ひいろの竜巻だ。

 急いでラムちゃんは、その背に背を合わせてフォローする。


「ガンちゃん、無茶しないで下さい!」

「無茶? オレ、いつもこう。いつも通り……問題、ない」


 ガンちゃんの攻撃は苛烈かれつ、そして問答無用だ。

 見る者全てを魅了する、危うい攻撃性と闘争心。

 何より、全く守りの概念がない。それは、防御を捨てたゆえの圧倒的な暴力だった。素手で次々とネズミ達を蹴散らし、体格差も気にせず尻尾の一撃を叩き込む。

 ラムちゃんでさえ、この乱戦の中ではついていくのがやっとだった。

 しかし、そんなガンちゃんに白い影が寄り添う。


「よう、ガンちゃん。やってるな?」

「レイカ……遅い」

「何、先生とちょっとな。じゃあ……片付けちまうか?」

「うん」


 すさケダモノのようなガンちゃんの横に、白い痩身そうしんが並び立つ。

 色違いのパーカーを着て、レイカも尻尾を闘気で震わせていた。

 紅白の暴虐竜ドラゴンは、互いにはじかれるように逆側へと飛び出した。

 慌ててラムちゃんは、倍に増えた仕事量の中で二人を援護する。今はバックパックがないため、手持ちの武器はビームライフルとビームサーベルしかない。

 それでも二人が掻き乱してつなつむ戦闘導線バトルラインを維持し、行き来する中で銃爪トリガーを引く。


「へへっ、ラムの姉御あねご! やるな、流石はアタシ達の姉御だ」

「レイカちゃん、ガンちゃんは!」

「ありゃ、いいんだ! 好きに暴れさせてやってくれ。そらっ、こっちも行くよっ!」


 大型のネズミは、今まで戦ってきたネズミより何倍も強い。

 ビームライフルを撃ち込んでも、二発や三発では幻獣げんじゅうカーバンクルの洗脳をいてやれない。そればかりか、ビームサーベルの一撃を爪で受け止められれば、圧倒的なパワーに押し負けそうになる。

 鍔迫つばぜいをいなして避けると、ラムちゃんはふところへと飛び込む。

 屈んだ頭上を、必殺の一撃が通り過ぎた。

 ブォン! と、当たれば破損は免れない剛爪スラッシュが風を切る。

 危険な距離へと肉薄して、ラムちゃんは巨大ネズミに銃口を押し当てた。そして、ゼロ距離での射撃を、連続で叩き込む。そのまま動かなくなったネズミの奥から、更に次の巨体が迫った。


「ラムちゃん、どいて。オレ、やる」

「ガンちゃん!」


 両手を振り上げた巨大ネズミの、その真っ赤な体毛が逆立っている。

 だが、より黒々としたくれないの色が走って、閃光のような一撃が炸裂した。

 圧倒的なパワー、そしてスピード。

 ガンちゃんのじ伏せるような戦いが続く。

 呆気あっけにとられていると、あとからアノイさんや先生が追いついてくる。一気に形勢が逆転したと見るや、荒々しい巨大ネズミの男達は逃げていった。

 ようやく夜の街に静けさが戻る。

 初めて遭遇した新たな敵に、ラムちゃんは身震いが止まらなかった。

 それでも、ホッと一息ついたその時だった。

 アノイさんと先生が同時に身構え、緊張感を漲らせた。アノイさんの覇気が見えないほむらとなって広がり、先生も白木鞘しらきざやの刀を居合いあいに構えて殺気を研ぎ澄ます。

 二人の視線の先を見上げて、ラムちゃんは驚きの声をあげた。


「あ、あれは……光の柱? その中に、誰かが」


 摩天楼のビル群が奪い合う闇夜の空から、光が降り注いでいた。

 それは、四番艦よんばんかんピークォドで見上げた月とは違う。

 めったに人の立ち入らぬメンテハッチの中、三番艦愛鷹さんばんかんあしたかの奥底に誰かが置き忘れた携帯端末だ。ひび割れ砕けた液晶画面は、傾きながら光芒こうぼうを屹立させている。漏電する中でぼんやり、ノイズ混じりに浮かんだ光条こうじょう

 その中に、天使にも似たあかいシルエットが影を落としていた。

 背のバーニアが広げる炎が、まるで翼のようだ。


「……そこもとが我が姉、ラムちゃんか。ここは呪われし背徳の街……そうそうに去れ。く、いて失せるがいい」


 少女の声は、それだけ言うと翼をひるがえす。

 凍てつく氷のような、鋭い声音だった。

 飛び去ろうとするその背中を、呼び止めながらラムちゃんは走った。


「待ってください! あなたももしや……私の妹、エンジェロイド・デバイスでは!」

「……いかにも」

「名を! わたし、ラムちゃんです。メリッサ姉様を探しながら、妹達を集めてカーバンクルと戦ってます。あの、あなたは」

「私は……アルス。アルヴァスレイドの、アルスだ」


 それだけ言うと、氷河のような表情の少女は闇夜に消えた。

 空を織りなす暗い天井の上で、携帯端末も電源が切れたように黙ってしまう。

 呆気にとられていると、隣でレイカが腕組み笑っていた。


「奴はアルス、正体不明で神出鬼没……まあ、世直しみたいなことをやってる。アタシ達とはつるまないけど、この街でさっきの連中と独自に戦ってんのさ」

「一人で、ですか?」

「ああ。でも、アタシ達と同じエンジェロイド・デバイスとはね……なるほど」


 ――アルス。

 彼女はその名だけを残して行ってしまった。

 そして、謎だけが残る。

 あの巨大で獰猛どうもうなネズミ達の正体は?

 それもレイカちゃんが教えてくれる。


「この街は以前、任侠にんきょうネズミ共の大規模な抗争があった。カーバンクルの支配するネズミ社会で、闇から闇へとシノギで荒稼ぎしていたネズミ達さ。そんなデカいくみと組との抗争が落ち着いた、そのあとに連中は現れやがった」

「あの、それは」

って呼ばれてる。見ただろ? デカいガタイに凶暴な闘争心で、この辺を荒らし回ってる。奴らには仁義じんぎ渡世とせいもねえよ……ただ、あればあるだけ奪って食い尽くす、そういうネズミの風上にも置けない連中さ」


 ウォーカーマフィアについて、さらにレイカは詳しく教えてくれた。

 その巨大な体躯たいくを持ったネズミは、この世界のネズミではない。正確には……。確かに地球のネズミなのだが、惑星"アール"と惑星"ジェイ"のどちらかのネズミなのだ。

 ただし、遙かなる遠未来……地球が廃惑星はいわくせいと呼ばれる時代のネズミである。

 過酷な環境と汚染物質で、半ばミュータントと化したネズミ達。奴等は最初は、二番艦サンダー・チャイルドと四番艦ピークォドに巣食すくっていた。だが、カーバンクルの魔力がリジャスト・グリッターズに蔓延まんえんする中でさらに凶暴化、知性よりも本能を進化させた凶悪な存在となったのだ。

 そして、連中はまるでイナゴの大群のように全てを食い潰す暴力として移動する。


「ラムの姉御、ピークォドから来たんだよな?」

「ええ。でも、そんな大型のネズミは」

「そりゃそうさ……連中はもう、。見ただろ? 延々と広がる砂の海を。ありゃ、最初はあそこまで広くなかったんだ。沿岸にアチコチ街もあった。でも……港町を含むごく一部以外、あのウォーカーマフィアに潰されたのさ」

「そ、そんな」

「そして、次はこの街だ。ここは愛鷹のネズミ達が集まる中心地……こうしてる今も、あの馬鹿デケェ図体の連中がむさぼさいなんでる。奴等は何でも食うからな」


 ラムちゃんはその日、新たな敵を知った。

 そして、新たな妹に出会った。

 アルスとウォーカーマフィアのネズミ達……今、仁義を忘れた街に吹き荒ぶ嵐がおとずれようとしていた。

 だが、安心させるように先生がポンとラムちゃんの肩に手を置く。

 長姉メリッサと同じ顔を隠したバイザーの奥で、ひとみが力強くうなずいていた。

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